先日、久々に新宿中村屋の純印度式カリーを食しました。2014年10月の新社屋竣工時から味が変化しましたので、私が食した記憶を辿り味の変化を追ってみませう。
初めて食したのは1970年9月、母と弟と昼食に訪れた時でした。家庭料理のカレー(固形のインスタントや小麦粉とカレー粉の自家製)とは全く異なる「激辛であるが美味」が第一印象でした。水を飲み飲み食し、完食は無理でしたが強烈な印象を今でも鮮明に覚えています。現在とは大分異なる味で強烈に辛く、鶏肉もジャガイモも入念に煮込み、中までルーの色が染みていました。そして口直しに1階の売店で飲んだのが豆乳の「ラッピー」、これが現在の豆乳とは全く異なる実に不味で、「鼻を摘み」ながら薬と思い飲む程の強烈な味でした。
その後は暫く訪れませんでしたが、1974年にはレストランと同じ品を樹脂容器に詰めて1階にて販売しており、それを購入して自宅の鍋で温めて賞味しました。この樹脂容器の販売は比較的短期間で終了したのは何とも残念でしたが、味は1970年と殆ど変化が無く「激辛であるが美味」のままでした。
1981年4月にアルバイト先の女性と昼食に訪れた時には辛さが幾分か和らいでおり、調合が変化した事を実感しました。千葉出身の彼女は初めてで随分と辛いとの感想でした。
1980年代には年1回位の割合で訪れましたが、段階的に辛さが和らぎ乳脂肪系の増加で柔らかく濃厚な味への変化を感じました。そして、人気の上昇と共に更に辛さが和らぎ、鶏肉もジャガイモも別に調理した物を合わせる方式へ移行したのでルーの色が全く染みておらず、需要量を満たす為の大量生産を実感する様になりました。
その後は実態の確認や初めての人への紹介に訪れましたが、全く変化がありませんでした。旧社屋では2階が主レストランで、4階に昼食専用のブフェ式があり、2階の印度カリーを更に薄くしたカレーと他の種類のカレーは価格の割に美味で、空腹時には良く訪れては満腹になりましたが、旧社屋閉店時に終了したのは残念でした。
そして、2014年10月の新社屋竣工、経営形態を変えて貸しビル中心になり、純印度式カリーは地下2階となり、早速訪れました処が1970年代の味に復しており新社屋にての意気込みを感じ、何とも嬉しい限りでした。味に魅かれて当初は頻繁に訪れては往時を懐かしんだものでした。
先日の久々の再訪では1980年代半ば以降の味へと退行しており、客の好みに合わせての変化なのか、経営上の理由なのかは不明ですが、4年の間に変化した事は同行の家内も等しく認める処でした。
創業当初の味を遵守する事が至上なのか、時代に即応して変化して行くのが至上なのかは意見の分かれるところですが、私は初めて訪れた1970年の味が今でも至上であります。

音楽史研究家 郡修彦