Webコミュニケーションの功罪 ~それが内向きか?外向きか?によって大きくその性質は異なる~ | What happened is all good

Webコミュニケーションの功罪 ~それが内向きか?外向きか?によって大きくその性質は異なる~

 Web2.0がもたらした、シームレスなコミュニケーションは、時間や距離を越え人と人とが繋がることに大きく寄与し、これはマーケティングに留まることなく社会にも大きく寄与することとなった。

 しかし、バブル崩壊以降、敗戦からの復興という目標を達した後に、日本が国家的な先行きを見出せない混迷と困難に直面している中で、ひとつの危惧として上げられるのは、共通の”嗜好”や”思考”や”志向”を持つ人間とは特にリアルで関わることがなくても、ブラウザを開けばその向こうにいるのだからという勝手な妄想と勝手な安心である...。

 互いの共感を共有することというのは本当に素晴らしいことだと僕は思う。けれど、それが単にWeb上のコミュニケーションのみで完結してしまっていて、「ブラウザを開けば仲間がいるから...。」とか「インターネットにアクセスすれば、あの人とコミュニケーションが出来るから...。」などと、実生活や実社会で仮に満足が出来なくても、そっちに依存してしまうことは甚だ危険だと、僕は思う。

 例えば政権が変わったという今の状況というのは、これまでの価値が崩壊し、新たな日本への進化と変化が問われるフェーズを迎える。民主党は国民本位の政治を取り戻す!というけれど、何も手厚く国民生活を過護しようというものとは少し性格が異なると僕は思っている。

 官僚制度の打破や日米関係の見直しや様々な既得権益の排除を模索するということは社会システムそのものを大きく変えることに挑むわけだから、当然、われわれ国民一人一人も、考え方を変え、国際社会でアメリカの傘なく戦えるだけの本質的な成長と洗練が必要とされるということだと僕は思っている。

 間違いなく民主党政権は今はばら撒きというアメを提示しているが、彼らの臨む国家に日本を押し上げるためには、かなり厳しい鞭が飛んでくる予感がする。

 バラク・オバマへの共感というのは、「自身も変革に最大限の挑戦を行うけれど、国民一人一人もこの国誇りを取り戻し、再生を図るために変革を図ろう!」と呼びかけた点にある。

 しかし、鳩山は政権交代を図るために、まずはばら撒きを行い、財政の圧縮に臨もうとしているが、本当に鳩山が発するべきメッセージとはバラク・オバマ同様に、「明るく希望をもてる未来のためにあなた方自身も変革に挑戦してください!」というメッセージを放つべきだったと僕は思っている。

 ばら撒き、官僚制度の見直し、郵政民営化の見直し、ダム建設の中止などを一気に敢行すれば、その反動は必ず来る。しかし、その反動の影響を一番大きく受けるのは、我々一人一人であるという自覚と覚悟も背負わなければならない...。正直、日本の未来に対する我々一人一人のあるべき姿というのは、かなり厳しい状況を求められることになると僕は思う...。

 となると、内向きなコミュニケーションに依存するというのは、本当に危険なことである...。

 現実はますます厳しくなる。とすれば、今までに依存するのではなく、自ずと変化や進化を模索してゆかなければならなくなる...。そんな中で、Webでのコミュニケーションに”逃げ込む”ことが日常となれば、それは決してプラスになることは無いと僕は思う。

 しかし、このWebコミュニケーションを逃げ場とするわけではなく、様々な情報を取得できる場所、前向きな議論を重ねることの出来る場所、新しい価値に触れる場所、異なる視点から生まれる様々な可能性に触れる場所という認識に立ってコミュニケーションを重ねれば、Webコミュニケーションそのものが、本当に時代を生き抜くための、「健全な武器」になると予測が出来る...。

 つまり、Webはもうひとつのバーチャルな世界などという認識は捨てるべきだと僕は思う。

 Webはもはや自己の現実を大きく飛躍させるひとつのコミュニケーションツールである。

 内向きではなく外向きに...。逃げ場ではなく挑戦の場に...。

 そういうことがとても大切だったりすりのではないだろうか?