疲労・うつ病・コロナ後遺症と書くと、落語の三題噺のようですが、この3つがじつは大いに関連があり、統一的に説明が可能だというのです。それを詳しく分かりやすく述べたのがこちらのブルーバックス・近藤一博著「疲労とは何か:すべてはウイルスが知っていた」講談社刊です。著者はウイルス学者で、慈恵医科大学ウイルス学講座教授です。この本は新書ですが情報量が多く、この本の内容を全て要約することは、ブログではちょっと難しいと思いますので、ポイントとなる点をかいつまんで説明してみたいと思います。

疲労は誰でもが経験する現象ですが、それだけにそれを科学の対象とするのはとても難しいのです。そもそも僕たちが感じる事のできるのは疲労感ですが、それは体に起こっている疲労と相関するのか。急性肝炎やこの本のテーマにもなっている慢性疲労症候群では、患者さんがこれまで体験した事のないような疲労感を感じると言いますが、それは一体どのような感覚なのか。疲労感のある時に体を動かすのは良いのか、悪いのか。分からない事だらけです。著者に言わせると、外国には疲労はマイナスのイメージしかなく、「心地よい疲れ」という言葉が使われたり、「お疲れさま」という挨拶が日常的に交わされる日本は大変珍しい国で、疲労の研究に関しても日本が世界をリードしているのだそうです。

さてこの本は疲労そのものよりも疲労感に多くのページが割かれていますが、それには理由があります。慢性疲労症候群やうつ病では、疲労よりも疲労感が重要で強い疲労感そのものが病気の本体ということができるからです。ではなぜ人間には疲労感があるのでしょうか。それは疲労感なしに活動を続ければ、その活動によるストレスで身体の組織そのものが破壊されてしまい、死に至る可能性があるからです。そのため、働きすぎによる疲労感のマスクという反応は過労死の原因になる可能性があり、非常に危険です。またエナジードリンクなどの疲労感を軽減させる製品に含まれる物質は、実験動物でも疲労感を軽減させるが、臓器のダメージを軽減させるわけではない事から、著者は警鐘を鳴らしています。では疲労感はどのようにして起こるのか。それは脳内の炎症によると考えられます。炎症には急性炎症と慢性炎症とがあり、僕たちに身近でわかりやすいのは急性炎症です。風邪による喉の炎症や虫歯による炎症のように、その場所が腫れて痛み、熱を持って赤くなります。その大元は細菌やウイルスです。しかし脳内の炎症はこれとはずいぶん様子が違います。

脳は人間にとって最も重要な臓器ですから、それを炎症から守る機構が動物には備わっています。それが血液・脳関門で、細菌、ウイルス、炎症性サイトカインも簡単に脳内に入ることができません。ところが鼻の奥にある嗅覚を司る嗅球という部分はいわば脳の出先機関で、こうした炎症の原因にさらされやすいのです。とくにヒトヘルペス6型ウイルス(HHV-6)が嗅球で活性化すると脳に炎症が起こり、さまざまな疾患の原因となることがわかってきたのです。HHV-6は乳幼児で突発性発疹を起こすウイルスですから、誰でも一度はこの病気にかかってこのウイルスを持っています。ですからこのウイルスそのものを排除することは難しく、治療法としてはそれによる脳内炎症をいかにして防ぐかがポイントになります。著者は脳内情報伝達物質であるアセチルコリンに脳内炎症を防ぐ働きがあることを見出し、うつ病、慢性疲労症候群、コロナ後遺症の治療の可能性を提示しています。特にうつ病は罹患者数が多く、自殺の大きな原因になっていますので、その新しい治療法の可能性が見つかるかも知れないのは大きな希望です。ある程度の医学知識がないと、なかなか完全に理解することが難しいかと思いますが、示唆に富む本だと思います。