一般の人にとって、開業医は一番身近なお医者さんだと思いますが、実はよくわからない存在というのが本音ではないでしょうか。近所であっても町内会の仲間というわけでもないし、お金持ちそうだけれどもどれくらいのお金持ちか分からないし、家業のようでもあるし、そうでもないみたいだし、月給じゃなさそうだから、ちゃんと税金を払っているのかどうかも分からない、等々。実は医師である僕も開業をしたことも目指した事もないので、その実態はよく知りませんでした。この度、僕の友人である松永正訓先生が「開業医の正体」という本を出したので、早速読んでみました。

内容は4部に分かれており、それぞれ1.クリニックはどうやって作られているか?2.医者と患者 この難しい距離感!3.医者の作り方、教えます4.医者は診察しながら何お考えているか?となっています。僕は自分が医者ですので、後半の3部に関しては知識もあり、日頃考えている事でもありますので、第1部をいちばん関心を持って読みました。以前から開業する先生方はその資金をどうやって準備するのだろうかと疑問に感じていたからです。そもそも勤務医の年俸はそれほど高くありませんし、若い時に退職するので、退職金も雀の涙のようなものです。大企業に定年まで勤め上げた人とは全く比べ物になりません。実際に松永先生が開業を決意した時にも、蓄えはほとんど無かったそうです。ではいったいどうやってその資金を工面したのか。

読んでみると、それは僕がとても思いつかない(松永先生さえも)方法だったのです。ビルの一室を借りてというのは誰でも思いつきますが、リース会社が提示したのはそうではなく建て貸しというシステムです。建て貸しとは医者が開業に適した土地を選んで、地主と交渉してそこにクリニックの建物を建ててもらいます。そしてそこで営業をして地主さんには家賃を払うというシステムです。これだと自己資金が少なくても開業が可能ですし、ビル開業とは違って、自分の希望するクリニックを作ることができます。地主との交渉はリース会社がやってくれるのです。松永先生はこうして十分な大きさと設備を持ち、駐車場スペースもある新しいクリニックを千葉市内に作ることができたのです。僕はなるほどとつくづく感心してしまいました。もちろん家賃と借金を返すためには、それなりに患者さんが集まらなければ駄目です。しかし大学病院、子ども病院、市中病院での経験豊富で患者さん、ご両親と真摯に対応する松永先生のクリニックには多くの患者さんが訪れるようになりました。借金を返済しただけではなく、診療後の時間を利用して何冊もの本を上梓したのですから大したものだと尊敬してしまいます。

一般の読者にとっては、医師にとってどのような患者さんが好ましい患者さんなのか、困った患者さんとはどんな患者さんなのか、セカンドオピニオンとはなんなのか、松永先生はなぜ風邪の患者さんに抗生剤を処方しないのか、といった項目が勉強になるのではないでしょうか。またクリニックを受診する患者さんの大多数は軽症の患者さんです。しかしその中に少数の重症の患者さん、これから重症になる可能性のある患者さんが混じっています。僕もクリニック受診時はそれほどでは無かったのに、その後急激に悪化して亡くなった患者さんの裁判に関わった経験があります。そうした患者さんを見逃さないために、惰性に流れずに感性を育て続けることの重要性も述べられています。

開業医が自分自身の仕事について書くことは、医療系雑誌を除くと実はとても少ないのです。その意味で多くの方にとってとても参考になるし、お医者さん選びのよすがにもなる本だと思います。