「日本縦断こころ旅」というNHKBSの番組があります.俳優の火野正平が読者からの投稿にしたがって,その人の「思い出のこころの風景」を自転車で訪ねるという番組です.妻がその前の朝ドラを見た後に,そのままこの番組へと移行するので,僕も何となく見ています.どうという事のない番組ですが,観光名所ではない地方の風景を見る事ができるし,番組の顔である火野正平らしい気取らない地元の人たちとの交流も番組の魅力となっているようです.

 

この番組を観ながら,はて自分の「思い出のこころの風景」があるだろうかと考えてしまいました.この番組の構成でいえば,今からある程度時間が経っていて,しかも現在でも当時の面影がある程度残っている所,ということになります.僕は物心が付いてから結婚するまで,千葉県船橋市に住んでいましたから,僕のこころの風景は,その当時の思い出と関連する場所という事になります.しかしこのあたりは東京の通勤圏内という事もあり,その変容ぶりは驚くほどです.僕が通っていた船橋市立葛飾小学校は1958年に移転して,跡地がJR西船橋駅となり,当時を思い出せるものはほとんどありません.通学路の脇にあり,僕が亀を捕まえた事もある千葉街道沿いの勝間田の池は埋め立てられて児童公園になっています.家の近くを流れていた小川は暗渠となり,人や自転車が通っています.もちろんかつて住んでいた家は跡形もありません.

 

あえて探せば,中山競馬場でしょうか.小学校に入学して最初の遠足が中山競馬場で,満開の桜の下で撮影した集合写真が残っています.その後にも散歩ついでに父やきょうだいと競馬開催中に何度か行った覚えがあります.今とは違ってのんびりしており,子どもは入場料が無料かせいぜい50円だったのではないでしょうか.父も馬券を買うわけではなく,ただの競馬見物です.そうするとレースとレースの間が空いてしまい,子どもたちは退屈してしまいます.おばさんたちが木の槌のような道具で荒れた走路を叩いて直すのを見ているしかないのです.そのため2レースくらいで退散するのが常でした.たしかに走路は当時と基本的には変わっていないと思いますが,スタンドは驚くほどきれいに近代化され,かつてののんびりした競馬場の面影はありません.これでは投書しても「こころの風景」として採用されそうにありません.

 

それよりも,宅地化でまったく消えてしまいましたが,ギンヤンマを追いかけた葱畑や,朝早くにカブトムシやクワガタを捕まえにいった雑木林,そして土手でヨモギを摘み,カワセミや蛍に感激した現在は暗渠となっている小川の方が,僕にとって本当のこころの風景であるような気がします.当時を思い出させるものがまったく残っていなくても,心の中にはその時の興奮と共に,風景がはっきりと刻まれています.それこそが本当のこころの風景なのかも知れません.数十年前のこころの風景がほぼそのまま残っている土地に住んでいる人を羨ましく思うと共に,完全に消えてしまったこころの風景をある種の甘美さと共に思い出す事の出来るのも,本当の意味での故郷を持たないデラシネの僕の特権かと思います.皆さんのこころの風景は何でしょうか.