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中国にも春画はあるのか?もちろんあります.この中野美代子著「中国春画論序説」のあとがきによれば,春画という言葉がそもそも中国由来だそうです.もとは春宮画と呼ばれていたのが,春画となったのですが,春宮とは東宮と同じで,皇太子の居場所を指す言葉です.中国において,天子の最大の仕事(少なくともそのひとつ)は男子の世継ぎを作る事でした.ですから皇太子の性教育には歴史的に力を入れており,そのひとつとしての秘儀図が春宮画と呼ばれ,さらに春画となったのだそうです.もとはといえば,由緒正しい言葉だったのですね.

では歴史のある中国の春画はエロいか?というのが,この本のテーマなのですが,結論を先に述べてしまえば,残念ながらさっぱりエロくありません.この本にもたくさんの挿絵が載っていますが,中野美代子風にいえば,顔は子どもでしかも無表情,身体は中年で,男女差がほとんど描かれていない男女が全裸で,主に庭園でセックスしている図は,どう見ても美しくもなければ,エロくもありません.日本の巨匠たち,歌麿,北斎,國貞らのすばらしい春画とは比較するのもはばかられるほどです.

それはなぜなのか?それを考察したのがこの300ページを越える本なのですから,ここに簡単に述べる事はむつかしいのですが,いくつかの要因を示す事はできると思います.

第一に,図柄としては,中国の春画はヨーロッパのそれと同じく,かなり体位にこだわっています.もともとの目的が皇太子の性教育のためであったという事ですから,仕方がないのかもしれませんが,そのために全裸で描く事にもこだわらざるを得なかったのでしょう.局所をアップにしながらも,豪華な衣装や室内の調度を細密に描いている日本の春画との大きな違いです.

次に感じられるのは,日本の春画と較べての事ですが,サービス精神の欠如です.日本の春画には,それを見てくれる人,買ってくれる人に対する涙ぐましいまでのサービス精神が感じられます.毛の一本,一本までを描き,彫り込む絵師,彫り師たちの執念ともいうべき徹底性,このあたりは国民性なのでしょうか.現在の両国のものつくり精神にまで,影響を与えているように思われます.

もうひとつは,絵の中に世界観を潜り込ませないと,満足できないという中国人の傾向でしょう.ただ単に行為を描くのではなく,そこに陰陽などの思想,風水などの世界観を忍びこませる事によって,はじめて作品が完成するという考え方から,われわれから見れば,余計なもの,不自然なものを描き込むという傾向があると,中野さんは指摘しています.またセックスそのものについても,還精補脳といった房中術の考え方で補強しないではいられない中国人の心情は,そんなものは無視して,快楽に没頭できる日本人のそれとはかなり異なっているように思われます.

この本の題名に釣られてエロさを求めるとがっかりするかもしれません.また中野さんらしい饒舌な語り口は,好みが分かれると思いますが,じつは日本と中国の精神風土の違いを考えるにも役立つ内容です.