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育成年代の股関節痛について

先日、オランダのプロサッカークラブのフィジオセラピストが作っている組織が主催するコングレスに参加してきました。

テーマは股関節痛、いわゆるグロインペインに関して。


フェイエノールド、FCユトレヒト、AZのクラブドクターやフィジオセラピスト、コンディショニングトレーナーなどがこのテーマについて様々な角度から話をされました。

いろいろと興味深い話が聞けましたが、個人的に興味深かった話は、CAM Impingementの話です。

CAM Impingementというのは、簡単にいうと大腿骨頭から頸部にかけて骨形成異常がおこり、股関節屈曲時に関節唇や関節軟骨と衝突を繰り返す事で痛みが出てしまうという障害です。

サッカー選手の股関節痛にもよくみられますが、骨の異常とは気づかずに長期間リハビリをしても結局治らず、ようやくレントゲンで確認し、最終的に手術をするということがあります。

フィジオセラピストとして大事なことは、もちろん痛みを無くしてまた選手が100%のパフォーマンスを発揮出来るようリハビリする事ではありますが、まず、リハビリによって回復するかどうかを見分ける事が大切です。

フィジオセラピストやトレーナーが自分の能力を過信してリハビリを続ける事は、この場合悪い結果しか生み出しません。

で、このCAM Impingement ですが、プロクラブに所属する育成(8~19歳)のサッカー選手を対象に調べたところ、CAMは13歳以降に発生し、成長期にハードなトレーニングをする事で悪化し、成長期が終わると骨形成異常は止まる、ということでした。

裏を返せば、CAMを早期に発見することができ、形成異常を最小限にとどめ、成長期にはトレーニング量や強度を調整し、成長期が終わってからトレーニングの強度を再びあげて行くという事をすれば、少なくともCAM によって股関節痛に苦しむことなく、能力を発揮することができるのではないか、ということです。

痛みに耐えてハードにトレーニングをすることが美談になりやすい環境にあると、ちょっとくらい股関節が痛いからということで休ませる事をせず、それを続ける事で最終的に一生サッカーが出来なくなってしまうかもしれません。

チームにドクターのいるクラブなどほとんどないわけですが、指導者が診断などしないまでも、少しでもこういった情報が入っていると、選手自身、そして指導者にとっても自分の選手が一生サッカーが出来なくなってしまうという悲劇を減らす事ができるのではないでしょうか。


全ては紹介出来ませんが、とにかく興味深い話を聞けて面白かったです。
あとは、もちろんAZ、アヤックス、フェイエノールド、PSV、スパルタロッテルダム、FCユトレヒト、オランダサッカー協会など、各方面で活躍している知り合いや元同僚と久々に話ができたのも自分にとって大きな刺激になりました。


自分も負けずに成長し続けられるようがんばります!

リハビリの目的

『どれだけ早く治すかに俺は重点を置いていたんだよ。全治3週間と言われたら、2週間で治そうとしていたもん。』http://number.bunshun.jp/articles/-/347827
これが日本トップクラスの選手の考だったのが衝撃的です。


肉離れに限らず、リハビリの目的は「いかに早く復帰するか」がファーストプライオリティではなく、「復帰後、選手のもつ最高のパフォーマンスを残りのシーズン、あるいは残りの選手生活の中でできるだけ多くの試合で発揮出来る事」がファーストプライオリティであるべきで、「早く復帰する」というのはその次の目的であるはずです。


内田選手がこういった意識であったのは、もちろんプロとして出来るだけはやく復帰して試合に出たいという、選手として当然の思いがあったのだと思いますが、記事に出ているようにこれまでの指導者の影響が少なからずあったはずだと思います。


痛みを押して復帰してくることで監督からの評価があがったり、怪我を怪我として扱われないような環境にいたことが、現在日本最高クラスのサイドバックの選手が今シーズンの3度の同じ箇所の肉離れを負うことにつながっただろう事は記事からも読み取れるように思います。


当然監督はいい選手はできるだけ早く復帰してほしくて、それを望むのは理解できることですが、こういったことはもう何十年も昔から繰り返されていて、例えばシーズン中に3度怪我をしたことで、ポジションが奪われ、試合にでられなくなり、パフォーマンスを維持することができず、選手としてのキャリアを奪われて行く、ということになるのはよく聞く話です。


僕が衝撃的だと思った事は、もちろん内田選手のこういった意識自体ではなく、このレベルの選手が今でもそういう指導を受けて来ている、ということです。


いいリハビリというのは、復帰までのスピードでだけではなく、復帰後のパフォーマンスとそのパフォーマンスを維持できるかどうかという部分で評価されるべきです。


復帰直後のパフォーマンスは、そのときの『リハビリやトレーニング』の効果としてすぐに評価出来る物だと思いますが、その後それを選手キャリアの中で維持できるかどうかは、リハビリ中のトレーニングとは別の『指導力』にあり、選手生命を左右する物だという事を、監督、トレーナーは意識すべきです。


たまたま先週、あるクラブの選手が、肉離れ後、開幕戦に間に合うように、テーピングを多めに巻いて『予定』よりもはやく練習に復帰したという記事がありました。


選手自信の早期復帰に向けた意欲が強く、それに応えてトレーナーが練習に参加出来るようにテープを巻き、監督がトレーニングに参加させたというような形だったように思えました。


誰のために、何のためにたてた『予定』だったんでしょうか?


もしも選手の「意志、意欲」のみによりトレーニングに早く復帰したのであれば、僕は『指導力』の欠如だと思います。


結局今でも、「選手の意志」や「選手の痛みの感覚」が復帰の時期にものすごく大きく関与していて、なぜ選手の意志よりも復帰の時期が後なのか、ということについて説得できるだけの力がないということが多く起こっているように思います。


中には、内田選手が『そういった環境で育ったからこそ』ここまでの選手になれたのでは、という意見もあるのかもしれないですが、『そういった環境で育ったにもかかわらず』ここまでの選手になれたというのが本当のところではないかと思います。


今回の記事は、内田選手自身が「早く復帰すればするほどいい」という、今でも残っている指導概念に、一石投じてくれたような内容だと、勝手に解釈して読みました。


とにかく、内田選手がまたピッチで最高のパフォーマンスを発揮し、これからも日本代表で活躍し続けてくれる事を願います。


サッカーのトレーニングは研究に基づいているもの?

明けましておめでとうございます!

昨年末に3週間ほど日本で過ごし、年末にはオランダに帰って来てこちらでの仕事を再開しました。

日本滞在中はセミナーの期間が多くて自由時間があまり無かったのですが、それでもサッカー関係の方を中心にいろんなかたにお話を伺う事が出来ました。

今回の日本滞在中に得た経験や情報をもとに、2013年も新たなことに挑戦しながら頑張ろうと思います。


さて、去年から僕の働いているスポーツメディカルセンター、『Sport Medisch Centrum Amsterdam』で”フットボールリハビリテーション”というグループリハのプロトコルを作っているのですが、ようやく完成に近づいてきました。

ただ、ここまでくるのにかなりの時間を要してしまいました。

フィジオセラピーとして扱う限り、”Evidence Based Practice" でなくてはならず、サッカーに特化した形にすると、そのエビデンス(科学的根拠)自体がかなり少なくなってしまいます。

いろんな文献を集めながらやっていますが、サッカーに関する文献となると、すごくおかしなものが多いです。


一般的なリハビリに関していうと、本当に現場に直結したもので、なおかつレビューやRCTでバイアスも考慮されて信憑性が高い文献、というものがあるのですが、それがサッカーに関する物になるととても難しいです。


一番強く感じた事が、「研究自体が現場に直結していない。」ということです。
あるいは、研究者自体がサッカーを理解していない。


例えばですが、「サッカーのコンディションを高めるために、どういったトレーニングが有効か」ということを調べるために実験がされているのを読んでみると、そもそもその実験に使われてるトレーニング自体が、サッカーのトレーニングとして成り立っていないもがすごく多いです。

「ただのコンディショントレーニングじゃなく、サッカーのコンディショントレーニングなので、サッカーに特化していなければならない」、という風に書き出されるのですが、大雑把にいうと、

「そのためにはただ走るだけではなく、ボールを使ったトレーニングにする。」

といったものです。

ボールを使ったらサッカーに特化したトレーニングになる。

というのがものすごく安易すぎて、サッカーの要素である、相手、味方、方向、ルール、ゴールetc が完全に無視されています。

でも、文献を読むとそういう物が非常に多いです。

さらに、コンディションについての文献なので、もっとも手軽な「心拍数」を測定の指標としているものがほとんどで、それはいいのですが、その心拍数の捉え方が、

「サッカーというスポーツの平均心拍数は152/分なので、トレーニング効果をあげるためには、心拍数が160以上をキープしたものでなければならない。」

といったものがすごく多いです。

ちょっと工夫をしたものだと、サッカーがインターバルなので、テンポが一定ではない、という要素が入ります。

それでも、なぜか指標がつねに「平均心拍数」

「平均心拍数が高い状態でトレーニングする事」って選手にとってそんなに重要なことでしょうか?


結局、最終的に「このトレーニングを週2回、8週間続けたところ、選手の有酸素能力があがりました。」というふうに紹介され、そしてそのトレーニングの具体的内容が文献の中で紹介されています。

その文献は例えばこのⅠ~2年前の物もあれば、10年程前のものもあるのですが、いくつか読んだ文献に紹介されているトレーニングを実践しているチームを僕は1チームも知りません。

いろんなチームで各年代に選手あるいはスタッフとして、日本とオランダ関わって来たり、いろんな方のお話を聞いたりしているつもりですが、文献に紹介されているようなトレーニングを今まで一度も見た事がないです。


僕が思うのは、実際にサッカーの現場と研究者の間がどのくらいの距離にいるのか、ということです。

Evidence Basedの基本は、まず「疑問」から始まります。

研究を始めるにあたって、ある「疑問」を解決するためにその方法を考えて行くと思うのですが、まずはその「疑問」が本当に現場から出ているものなのでしょうか。

例えば僕の職業であるフィジオセラピー(理学療法)では、「疑問」を抱くのは「フィジオセラピスト」で、その疑問に答えるために研究を行うのも「フィジオセラピスト」である場合がほとんどです。

これだと現場で使える研究がされやすいのも理解できます。


では、サッカーの場合はどうでしょうか?

サッカーの現場で疑問を抱いている「監督」がサッカーの「研究」をして文献にしている方ってどのくらいいるんでしょうか?

こういった方がいないのはもちろん理解できるのですが、では、サッカーの現場で出た疑問の答えを出してもらうために、「現場ではこういったことが知りたい」ということを研究機関に伝える事はできているでしょうか?

これまでは、そういった指導者の方達に変わってスポーツ科学の知識のある方達が、サッカーを分析して研究をしてきました。

ところが、その結果されている研究というのが、これまで文献を読んでみるかぎり納得出来る物が少ないです。


僕としてはせっかくスポーツ科学の研究ができる環境があるので、もっと現場の声が届くような環境作りをしてもいいのではないかと思いますし、さらに、サッカーのスポーツ科学を研究されるかたも、もっともっとサッカーについて知るべきなのではと思います。


今実際現場で行われている事というのは、研究結果に基づいた物かどうかは全く別にして、

「~という有名なチームがこういうトレーニングをやっている。」

「~選手が実践しているトレーニング」

「~の代表チームが使用している○○」

が多くないですか?

そういったトレーニングが『一時的なブーム』になる理由の一つがそこにあるんじゃないかと思います。


今回たまたまサッカーリハビリテーションのプロトコル作りをするということで、いろんな文献を読んで感じた事だったのですが、もしかしたら僕が勘違いしているだけかもしれないです。

ただ、スポーツ科学の研究の結果がサッカーの現場に生かされているかどうかはいつも疑問に思うところです。

そこには、サッカーの現場から研究機関への疑問の提示、そして研究機関からサッカーの現場へのフィードバックという形がもっと整備される必要があるのではないかと感じます。


ということで、今年はなんとかそういったところにも尽力してみようと企んでいる2013年1月でした。


それでは本年もどうぞよろしくお願い致します。