⑥
女は、
もう眠ってしまっていた。
悩む男の目の前で。
ワインの染み込んだテーブルクロスの上で。
恍惚な、幸せな笑みを浮かべたままで。
何故か、
溢れる涙は、止まらないままで・・・。
女は、
夢を見ていた。
ほんのついさっき、
通り過ぎたはずのシーンの夢。
・・・今日は、
「二人の記念日」だから。
女がそんな事を考えながら、
テレビとスモークチーズにかじりついていると、
男が何か言った。気がした。
ふと目をやると、ワイングラスが空になっていた。
「ごめんなさい。気が付かなかったわ。」
女は、そう言いながら立ち上がり、
ワインを注ぎ、また座り、テレビを見た。
女は、
「この人も今日は御機嫌みたいね。だって今日は二人の・・・。」
そんなことを考えていると、ますますテレビが面白かった。
女は、
声をあげて笑った。
女は、
「幸せ」を感じていた。
すると男が言った。
「このワイングラス・・・、穴が開いてる・・・。」
女は、
これ見よがしにこう言った。
「あら、よく気が付いたね?
それは私が開けたのよ。
もしあなたが気付いたら、伝えたいことがあったから・・・。」
「伝えたい事?どんな?」
「あなたとお付き合いするようになって思ったの、
あなたの心は、
小さな穴の開いたワイングラス・・・。
これそのものなんじゃないかって。
私がどんなに愛情を注いでも、
少しずつこぼれ出して、
すぐじゃなくても、気が付けば空になってしまう・・・。
だから私は誰よりも、
もしかしたらあなたよりも、
いち早くそれに気付いて、
愛情を、注ぐの。
いつもみたいにワインを注ぐように、
優しく、丁寧に、優しく・・・。
あなたのワイングラスが空になってしまわないようにね。
でも私は、
それを不満だと言ってるんじゃなくて、
これからも、注ぎ続けるからって、
そう言いたかっただけ。
こんな方法で、私なりの愛情表現を、
少しだけでもあなたに、
見て、感じて欲しかっただけだよ。
でももし、
あなたが何も気付かずに、
この日の為に用意してたワインが全部無くなったら、
私の愛情も無くなっちゃったって、
言おうとも思ってたんだけどね。。。
気付いてくれてありがとう。
ごめんね。
ほら、テレビ見よう。」