法隆寺は、

聖徳太子の父、

用明天皇のご健在を願っての建立、

だと思われます。

 

なぜなら、

用明元年、

の発願なのですね。

 

父が、

天皇の位に就いた

その時に願を発(お)こしています。

 

あれだけ大きな規模のモノですから、

 

思ったから、

スグに着工、

完成とはいきませんね。

 

随分の年月がかかった、

だろうと、

拝察をしています。

 

その決断の前に、

大きな問題が、ありますね。

 

佛教という、

外来の宗教の是認です。

 

聖徳太子は、

当時の中国、

隋の皇帝・煬帝(ようだい)に、

大した文書を送っています。

 

日 出ずる処の天子

書を 日没する処の天子に致す

恙(つつが)なきや

 

大した威勢ですね。

 

中国の状況を、

冷静に判断してからの言葉でしょうね。