わたしから言いますと先代、
田野島 賢至(けんし)和尚(おしょう)は、
『西運寺系譜』なる著作を残しています。
その中に、
[ ◦ 開山 宣蓮社暁誉上人 ]
の項があります、
その指摘によりますと、
当[西運寺の過去帳]と、
『浄土宗大年表』(藤本了泰編)
との記録に、
[37年の誤差]があるとしています。
命日は、22日で同じですが、
年も月も違います。
そして、
開山の時代のエピソードを、
書いています。
11名が、
戦死ですから、
小規模な個人的な争いでは、
ありませんね。
それに、
負傷者も多くいたことでしょう。
戦国時代の争いが、
生々しく、
感じられます。
ただ、
わたし共の言い伝えと、
すこし違うのは、
[戦死]と[処刑]
の違いです。
どちらも、
故郷を離れて、
死を迎えたのですね。