このタイトルでの初日にも、
申し上げました。
わたし共は、
お念佛を称(とな)えることによって、
往生します。
その形は、
阿弥陀さまを始めとして、
菩薩さま達のご来迎(らいこう)が、
あるのですね。
『阿弥陀経』に、
[命終(みょうじゅう)の時に臨んで、
阿弥陀佛、もろもろの聖衆(しょうじゅ)と共に、
現にその前に存(ましま)す]
と、ありますね。
聖衆といいますのが、
菩薩さま達のことです。
この、ご来迎により、
わたし共は、
その方たちに従って往生する、
のでしょう。
しかし、その形とは別に、
阿弥陀さまの救いの手により、
往生することも、想像できます。
阿弥陀さまが、
自(みずか)ら、
そのおん手で、
掬(すく)い取ってくださるのです。
[救う]と、[掬う]は、
同じ発音ですね。
阿弥陀さまのおん手に、
[水かき]のような膜のあることから、
想像を、働かせています。