[而]という字は、

得体の知れない字ですが、

[而今]となりますと、

意味がハッキリします。

 

道元禅師の用いられた用例が、

わたし共のテクストです。

 

『正法眼蔵』の九十五巻、

[山水経]の巻です。

 

道元禅師の、

例によって、

意味の深い言葉です。

 

・・・

而今の山水は、古仏の道現成なり。

・・・

 

これを、わたしが解説するのは、

身の程を超えています。

 

他の方々の指南を踏まえて、

[過去という無限の時間を通過した“今”]を、

お示し下さって居るのですね。

 

時間には、過去・現在・未来があります。

 

その現在が、[今]なのですね。

 

[而今]です。

 

でも、その[今]は、

過去を経た[今]であり、

未来に続く[今]ですね。

 

しかし、[今]という一瞬をとらえますと、

独立をしています。

 

[生きる]というコトは、

この一瞬をおいて、

他にはないのです。