どうも、
身近で起った宗論は、
いささか、ズレているように思います。

浄土真宗のお念仏は1回、
浄土宗のお念仏はたくさん、
どちらが値打ちがあるか、
というポイントが争点になっています。

要するに、たくさんお念佛をしなければ、
極楽に行けないのなら、
そのお念仏は、確率が悪い。

一回で極楽に行けるお念仏は、
100%だから、
これは、値打ちがある。

思ってもみない展開です。

そういう見方もあるのですね。

どうやら、我が方の檀家は、
勝てなかったようです。

一念に一度の往生ができるのは、
法然上人も親鸞聖人も、
同じスタートラインの居られるのですが・・・

つまり、一回のお念佛で、
往生できるのは、浄土宗も浄土真宗も同じです。

でも、その一回で
人生が終わるワケではないのです。

その後のお念仏について、
どのように考えるかの問題なのです。

浄土真宗は、
そのお念佛を、
感謝のお念佛と受け止めているようです。

浄土宗は、
日々、最初の一回のつもりで、
それを重ねて行くのですね。

我が方の檀家には、
このことを、伝えたのですが、
宗論に勝てなかった[くやしさ]は、
消えていないようです。