出家 | What does People Make Every Day for People?
いま家にいます。

だれもいない、静かな家です。

いつも思う。

人間なんのために生きていくのか??

人生を何に賭すのか?

そこで、思うこと。

仏教に出家という考え方がある。

俗世を離れる。

僕もしたい。

俗世にいいことあんのかい?

欲に塗れて、人によくみられたくて、自分がかっこよくなりたくて、時代のシステムにうもれて、なにもできない悔しさに負けて、環境に甘んじる。

そんなんでいいのか。

だったら、出家して、何もないところで、人生をなにか別のことに使うこともいいかもしんない。

生物的に、家族をもち、子供つくることが一番だとおもう。

でも、そんなこと、実際、超越できる。

してる奴なんてなんにんもいる。

本当に、人間関係や欲、見栄、恥、そういったものから、解放された世界に身を投じることができるなら、僕は本望です。

人生において、それが一番と考えるひとも多いと思う。

でも、おいらは、そういう生き方を生きたくはない。

だって、面白くない。

もっと、人間の蓄積を謳歌したい。

もっと、自然を感じていたい。

もっと、人間を好きになりたい。

もっと、暖かみをしりたい。

もっと、人間をしりたい。

もっと、もっと、感謝したい。

全人類、森羅万象に心から、感謝できるように。

生きていることに常に涙がでるような生き方をしたい。

それが、ぼくにとっての生きるということだと思う。

仲間がいて、家族がいて、兄がいて、両親がいる。

一緒に飲んでくれる人がいて、一緒に笑ってくれる人がいる。

そういう環境。

僕はすばらしいと思う。

なんだか泣けてくるなぁ。

つらい日々もあるだろうし、こうやって何かに感じることもあると思う。

日々感謝して、人生を考えて、今を全力でいきることが、一番大切なのかもしれない。

みんな、ありがとう。

僕はあまり、人に心を伝えられる人間にまだなっていない。

自分のことより、人の幸せを考えていきたいと決めたから。

たとえ、自分の感情があったとしても、それよりも、ひとりでも多くの人が笑顔でいられる様にありたいと。

別にいいんだ、僕は死んでも、僕が水滴になり、波紋が残れば。

そういう生き方をしたい。

なんか適当に書いてしまった。

こういうことを書けることにもまた感謝が必要だな。