コヤブ歴史堂の打ち合わせのとき、ディレクターの堀さんが
「いつから平家のことを平氏って言うようになったんですかね?」
という質問をされました。
確かに、「平家(ヘイケ)」という表現はあっても「源家(ゲンケ)」という言葉はあんまり耳にしない…
学校教育の場では、あまり「深い意味」を考えず、「源氏」に対比して表現を合わせる、ということで「平氏」という表現にしている、という程度の話です。
昔の教科書には一部「平家」という表現がみられましたが、1970年代以降の教科書は、ほぼすべて「平氏」と説明しています。
わたしも子どものころ、「平家」という言葉のほうをよく耳にしていたので、学校で「平氏」と習ったときは違和感をおぼえました。
「平家」という場合は、桓武平氏のうちの伊勢平氏、つまり、
平正盛-平忠盛-平清盛
というラインの一族のことのみを「平家」というのだ、という説明もあります。
でも、それならば、なおさら「平家政権」というべきではないのか? と、なりそうなのですが、いまのところ文学の世界では「平家」、歴史教育の場では「平氏」と使い分けられています。
かつての教科書では、平氏政権の扱いはかなり軽く、中学の教科書では、小さく取り扱われていました。
ところが、最近の教科書では、かなり詳細に説明されるようになっています。
・平治の乱をきっかけに平氏政権が成立した。
・平清盛は三位以上の位を得た最初の武士。
・一族を朝廷の高い役職や国司につけた。
・一族で多くの荘園を支配した。
・藤原氏と同じように、娘を天皇の后とし、生まれた子を天皇にした。
・日宋貿易を進めるために、兵庫の港(神戸市)を整えた。
ちなみに、教師でもよく間違って説明してしまいますが、日宋貿易は、平清盛が始めたのではありません。父の平忠盛が開始しました。
また、清盛が修築した大輪田泊は、最初の人工港でもありません。最初のものは清盛が博多港に造ったものです。
「藤原氏と同じように」天皇の外戚関係となった、と教科書でことさら強調しているのは、貴族の政治と武家の政治、つまり「摂関政治」と「鎌倉幕府」のちょうど中間の政権である性格を示すためでもあります。
教科書には、さらに『平家物語』の記述を引用して、「日本に66ある国のうち、平氏が支配する国は30か国あまりで、半分におよんでいる。」と紹介しています。
また、「清盛は瀬戸内の支配を進めるとともに、一族の繁栄を厳島神社に願いました。」とまで書かれ、厳島神社の写真が掲載されるようになりました。(ただし、小学校の教科書はかなり以前から厳島神社の写真は掲載されていました。たぶん関西の小学校は、修学旅行に広島に行く場合が多かったからかもしれません。)
20年以上前とは、平氏の扱いがずいぶんとよくなりました。
「鎌倉幕府の成立」の章に、わざわざ「院と平氏の政治」という単元を設定しているというのは、わたしが中学生のときにはなかったことです。
そして「学習を深めよう」というようなコーナーも設けられていて、
『平氏が力を持ち、またほろんでいった理由を「荘園」をキーワードに説明してみよう。』
と書かれています。
お~ これはすばらしい! こんな観点からの学習課題が中学の教科書で求めているなんて、ちょっと感動しました。公立中学校の先生はどんな説明をされているんでしょうか。
“こはにわ流”にまとめてみますと…
院政の時代、院や貴族、大寺院の間で荘園をめぐる争いが絶えませんでした。
院や貴族は、力をつけてきた源氏や平氏の武士たちを警備に登用します。
こうして武士たちが中央政界に進出するようになりました。
院政の実権をめぐる争いの中で、平氏と源氏も争って平氏が勝ちます。
そして平氏には多くの荘園が集まるようになり、一族で朝廷の高い位を占めたり、国司の地位を得たりするようになりました。
ところが、このことが院や貴族、他の武士たちとの対立を深め、平氏の支配を終わらせる原因となってしまいました。
どうでしょう? こんな感じの説明では?
ポイントは、平氏の力を高めることになった原因が、そのまま平氏の力を弱める原因になっている、というところです。
院と貴族の争いを通じて力をつける。
そして一族で政治の要職を独占する。
荘園が平氏に集中する。
そのため院や貴族、他の武士たちと対立していくようになる。
さらにつけくわえるならば…
平氏は多くの荘園を得ていましたが、その大部分が西国にあったのです。
平氏政権が成立したころ、西日本を中心に「養和の大飢饉」というのが発生していることを忘れてはいけません。
荘園からの収入が激減していたんですね。平氏を支える経済的基盤が揺らいでいました。
これもやはり、「平氏の力を支えていた要因が、そのまま平氏の存在を揺るがせる要因になっている」ということに当てはまります。
わたしは、歴史の授業を通じて生徒たちによくこう説明します。
短所で滅びることはない。
長所を失ったときが滅びるときだ。
わたしが語る『平家物語』は、“諸行無常”が教訓ではありません。
あなたに最盛期をもたらしたモノやコトは、同時に、あなたの滅びを準備しているモノやコトでもあるんですよ、ということです。