神話・伝説の裏読み | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

第27回は、「こんなナデシコもおったのにゃ~」と題して、歴史上の名のある、あるいは名もない女性にスポットを当ててみた回でした。

神話や伝説。

実はこれ、歴史学や考古学の中では、あんがいと推論を進める上での手がかりとされている場合が多いのです。

たとえば、ヤマタノオロチ。
スサノオが退治して、クサナギノツルギを手に入れます。

もちろん、こんな怪物がいた、なんて考えるのはナンセンスですが、“何か”がヤマタノオロチという怪物に置き換えられていると考えればどうでしょう。

八つの流れが急な川があり、その暴れ川を治水した、そうしてその地方を治めることができたのだ、という考え方もあります。

また、朝廷に従わぬ八つの豪族を征服し、そこでとれる鉄の資源を手に入れた、と、考えればどうでしょう。

八つの豪族=八つの首を持つ怪物
鉄資源=剣

「史実」がベースにあって「神話」や「伝説」がある、と、考えることは何もおかしい話ではありません。

雄略天皇と引田部赤猪子の話も、“史実”がベースにあるのです。

『古事記』によると…

雄略天皇は三輪川のほとりで、引田部赤猪子という美少女に一目ぼれをしました。

   汝、夫に嫁わずあれ。今喚してん。
  (おまえ、結婚するなよ。すぐに迎えに来るからな。)

と、約束しましたが、すっかり忘れてしまいました。
それからなんと80年後、一人の老婆が天皇を訪ねてきました。

 「おまえ、誰?」
 「天皇さまの御迎えをお待ちしている間に80年たちました。」
 「え…」
 「待ちきれずやってきたのです。」
 「げげげ…」

  引多の若栗栖原 若くへに率寝てましもの 老いにけるかも
 (若いときは寝たいと思ったが、歳とったなぁ~ ムリ。)

という和歌を詠んで追い返しました。

は、は、はちじゅうねん??
雄略天皇、何歳やねんっ

と、ツッコミを入れたくなりますけれど、神話では124歳まで生きていたことになっています。

ずいぶんとひどい話だっ と、なりそうなのですが…

雄略天皇は、5世紀に、ほぼ日本を統一した天皇であると考えられています。
関東地方の古墳から出土した鉄剣にも、九州地方の古墳から出土した鉄刀にも

 ワカタケル大王

と刻まれた文字が発見されていて、ワカタケル大王の側近や部下がその古墳をつくっていることがわかっています。
ヤマト政権の勢力範囲を拡大し、そうして中国にまで使いを送り、中国の書物にも「倭王の武」として紹介されています。

ヤマト政権は、豪族たちの連合政権です。
引田部氏も、奈良に勢力を持っていた古い豪族の一つでした。
しかし、ヤマト政権が拡大していくにつれ、古くからの豪族たちはやがて疎んじられ、新たしく台頭してきた、そして地方の豪族たちがどんどん政権に参加していきます。

新旧の政権の交代…

いずれわたしが天下をとったあかつきには、出世させてやろう。
それまで、がまんしてくれ。

そんな約束があったとは言いません。
しかし勢力が拡大していくなかで、古い豪族たちは「踏み台」にされ、そうして実際、出世できた者もあれば、疎んじられてしまった者もあったはずです。

『古事記』のこの話には、天下を統一したヤマト政権の陰にあった小豪族の、ささやかな悲劇が隠されているのかもしれません。