第22回は、「こんな将軍もおったのにゃ~」ということで、三人の「将軍」をとりあげました。
三人目は「徳川慶喜」です。
あ、それは知っている~
と、思った人は多かったことでしょう。
江戸幕府第15代将軍、つまり「最後の将軍」です。
ちなみに、将軍在位では最短の1年間です。正確には、358日間くらいだったと思います。
しかし、享年77歳でもっとも長生きされました。(家康は75歳)
もっとも在位期間が長い、とか、短い、とかは、歴史の話の中ではちょっと気になるところです。
歴代天皇では、どなたが一番長い在位なのでしょうか…
第6代孝安天皇は137歳まで生きられて在位102年。これは世界記録です… って、そりゃ神話時代のお方でしょっ と、ツッコミが入るので、継体天皇以後で申しますと…
第124代昭和天皇が在位62年間、ということで世界的にも第三位くらいの長さになります。
最長、というと当然、最短も気になりますよね。
最短在位は仲恭天皇で78日間。承久の乱後、廃位されたお方です。
徳川将軍家では、初代の家康、最後の慶喜をのぞくと(当時の平均寿命を鑑みても)比較的若くして亡くなられている方が多いようです。
50歳未満でお亡くなりになっておられる方々は…
家光 在位28年 48歳
家綱 在位29年 40歳
家継 在位 3年 8歳
家定 在位 5年 35歳
家茂 在位 8年 21歳
3人に1人は50歳未満でお亡くなりになっておられます。
初代家康、最後の慶喜を除くと、最高齢は69歳の11代家斉。
在位期間は群を抜いて長く50年間。
最長在位を記念して従一位太政大臣を贈られていますから、「武士で最後の太政大臣」ということになるのでしょうか。
ちなみに家康、秀忠は太政大臣になっていますが、家光は左大臣まで。
左大臣・右大臣・内大臣に任命されている将軍が多く、太政大臣は家康・秀忠・家斉の三人。
慶喜は内大臣でした。ちなみに従一位は明治政府から贈られていて、それまでは正二位でした。
29年ほどの在位は、家綱・綱吉・吉宗の三人になります。
1年未満の在位は慶喜だけ、ということになります。
ところで、歴代将軍は、みな「院号」を持っています。つまり仏式での葬儀がとりおこなわれています。
家康は、「東照大権現」だから神さまじゃんっ と、思われる方もおられますが、ちゃんと「安国院」という称号があるんですよ。
で、「院号」がない唯一の将軍が慶喜です。
なぜなら、実家が水戸徳川家なので、神道の神式で埋葬されました。お一人戒名が無い、ということになります。
墓所は、増上寺派と寛永寺派に分かれます。
(増上寺)秀忠・家宣・家継・家重・家慶・家茂
(寛永寺)家綱・綱吉・吉宗・家治・家斉・家定
家康は東照宮。家光は輪王寺。
慶喜の墓は、谷中霊園にありますが、なんと古墳… 円墳に埋葬されています。
最後の将軍は古墳に埋葬されている、というのもおもしろいところですね。
番組でも、顕微鏡で、いろいろなモノを調べていた、という話をしましたが、幕府の「近代化」につとめた将軍でもありました。
横須賀製鉄所をつくったほか、陸軍・海軍の組織も整備し、弟の昭武をパリの万国博覧会に出席させていました。
自転車にも乗った記録があり、写真撮影も大好き。油絵もけっこうな数、描いておられます。
2010年に編集されたもので、NHK静岡放送局開局80年記念、「家康と慶喜 徳川家と静岡展」図録などに書かれている慶喜の画評はおおむね次のような感じの説明です。
「画面全体の統一を欠く」
しかし、
「細部描写はたいへん丁寧」
う~む… なんだか、慶喜の将軍としての業績を表現しているようで、おもしろいな、と、思いました。
絵には人柄が出る、のかもしれません。