【 開成中学 】
● 日本列島の中の地層中から、ゾウ(マンモスゾウなど)の化石が発見されることから、どのようなこと
が考えられますか。次のア~エの中から最も正しいものを1つ選び、記号で答えなさい。
ア 縄文時代から弥生時のころにアジア大陸かに稲作が伝わったときに、ゾウも農作業用に
日本へ連れてこられ、その死がいは地層中にうめられて化石になった。
イ 日本列島にもともと住んでいたゾウが、地層中にうめられて化石になった。
ウ アジア大陸全体が砂ばく化して日本列島と陸続きになり、食料となる草木がなくなったた
め、ゾウが日本列島へ移住し、地層中にうもれて化石になった。
エ 海面が低下してアジア大陸と日本列島が陸続きとなったため、ゾウが日本列島へ移住し
地層中にうもれて化石になった。
これ、実は、東京都の開成中学で出題された「理科」の問題なんです。
え?? 理科? 歴史ではなく?
と、思われる方も多いでしょうね。理科だって歴史だって、深いところでつながっています。知識というものはトータルでそろって初めて「力」となります。
今から2万年前、日本は大陸と地続きでした。現在よりも寒冷で、夏でも最高気温は14℃くらいと考えられています。1万年前に温暖化が進んで大陸の氷がとけて海面が上昇したと考えられています。
選択肢「ウ」のように砂漠化はしていませんでした。
マンモスやナウマンゾウ、オオツノシカやヘラジカがこのとき、将来日本列島となる場所に移住してきていたと考えられています。選択肢「イ」のようにもともとゾウたちが住んでいたのではありません。
北方からはマンモス、ヘラジカが、南方からはナウマンゾウ、オオツノジカが移住してきています。
この当時の人々は打製石器を用いて暮らしていたので、この時代を「旧石器」時代といいます。
新石器は磨製石器のことで、日本では1万年前から始まります。
稲作が伝わるのは紀元前3世紀あたりと考えられていますが、農耕そのものは縄文時代からおこなわれていました。
選択肢「ア」はおもしろいですよね。稲作とともに、ゾウも農作業用に日本へ連れてこられた…
ゾウさんを使って農業なんか日本はしていません!
この時代のナウマンゾウやマンモスの化石は、長野県の野尻湖で発見され、たびたび発掘調査がおこなわれてきました。
打製石器は、相沢忠洋が、群馬県岩宿で関東ローム層から発見し、以来、日本にも旧石器時代があることが確認されたのです。
人類は、「猿人→原人→旧人→新人」と進化してきました。旧人から新人へ進化した、というわけではないことが今はわかっていますが、こういう流れで説明している場合が多いようです。
かつて、日本は原人が住んでいた、と説明されていました。
明石原人などは、現在では縄文時代の人の骨ではないか、と、言われていますし、かつて高校の教科書に出ていた牛川人は、動物の骨だったことがわかっています。
港川人と浜北人は新人である、と、言われていますが、三ヶ日人は縄文時代の人と言われています。
原人は150万~20万年前の古生人類… ちょっと日本にいたとは考えられないくらい古い時代の人々です。