さて、第一回のコヤブ歴史堂での放送は、三人の人物が取り上げられました。一人は水戸光圀。もう一人が徳川綱吉。そしてもう一人が武田信玄でした。
武田信玄といえば、人気のある戦国大名。
孫子の兵法書から多くの政治・軍事を学び、「風林火山」を旗頭としていたことは有名です。
ですので、いわゆる戦国武将としての武田信玄は、より多くの人たちが知るところ… 上杉謙信との川中島の戦いのエピソードや今川氏との外交、そして徳川家康との争いなどなど、知らない人はいない「大物」です。
でも、わたしは歴史上の人物に向き合うとき、いつも思うことは、
あんがいとフツーの人間だったのではないかなぁ~
ということなんですよね。
どんな歴史上の偉人だって、24時間365日、教科書や参考書や歴史の専門書に出てくるような業績のことだけ考えていたわけではありませんし、毎日戦争しているわけではありません。
圧倒的多くの時間は、ふつーの、平凡な、あるいは低俗な、まぬけな、「何か」をしでかして日々生活していたはずなんです。
一休禅師ではないですが、
食ってひって寝て、食ってひって寝て…
その合間の生活の中でみせる、さまざまな等身大の姿… にゃんたのマル秘ファイルはそういうものを逃しません。
放送では、信玄が書いたラブレター(しかも家臣の男に出したもの)を取り上げました。
歴史上の人物の生き方は、99%の凡庸と1%の個性だと思うんです。その1%の部分は小説やら歴史書やらで語られる部分… 大部分の凡庸と低俗だってもうちょっとクローズアップされてもよいんじゃないかな、と、思うんですよ。
特定の人物の特定の業績だけに目をむけて、全体を美化して特別視してしまうことは危険です。
そういう凡庸や低俗から読み取れることだって大切な「歴史」の一部です。
ところで、水戸黄門、徳川綱吉と武田信玄… 第一回目に取り上げられて、後から気が付いたことなんですが、三人には共通点がありました…
なんと武田信玄さんも、最初から武田家の当主ではなく、やはり兄がいて、最初は兄が武田氏の長だったのです。
水戸黄門も、徳川綱吉も、そして武田信玄も… 歴史に名を残している人物には、不思議と
「本来はそうなるはずじゃなかったのに、そうなってしまった」
と言う境遇の人が多いようです。
案外と、経営者の中にも、「本当は違う人生だった」「ほんまはちゃうことやってたはず」という人、多いんですよね。
不本意に、というのではなく、なんか気が付いたらそうなってた… そうならざるをえなかった… そうなった以上はちゃんとやらねば…
自分の境遇と歴史上の人物を重ねる一瞬もまた、歴史の楽しみの一つです。