どうもー!!


コメントありがとうございます!!ドキドキ
これからもよろしくおねがいします!


僕もしろひげ海賊団に入れるように頑張ります!!
しろひげにいやんに履歴書おくるぞー!!




これからも、みなさんそんなじらさずにコメントどんどんおこしくださいキスマーク



じらされるのも悪くないですが・・・w







さて、続きといきましょうー!!
前にあげた問題の「後継者がいない」からお話していきたいと思います。

後継者がいない寺はどうなるのでしょうか?
それは、寺は住職のものではないのでおいだされます!!
社宅みたいなものですね。

ここらへんをしっかり踏まえて住職になる人はまったくいません。
無責任ですよね。


そして、住職がいなくなった寺には新しい僧侶が入ってくるというシステムです。
今日では、仏教離れの影響か僧侶志願者が減っているのが現実です。それが強制世襲につながってくるのですね。

なぜ強制世襲につながるのかは、後程説明いたします。





つまり、よっぽどのお金持ちの家庭か貯金がものすごくある寺じゃないと残された妻が最悪路頭に迷うことになるのです。寺は利益追求する場所では無いので、貯金もままなりません。都会の檀家数が多い寺は別にして、地方の寺はこれに悩んでいるのではないでしょうか。


このことに関して、各寺をまとめる総本山はなにも対策をしておりません。大問題です!!

長いこと住職をして宗派に貢献してきた住職又はその妻にとっては、たまりません!!あまりにむごい仕打ちでしょう。救われようがありません。
民衆の救いを説く仏教を布教する住職や家族が救われないのでは、本末転倒!!布教に説得力がありません!!住職や家族が救われないのですから。現世利益を説かない宗派は、来世で救われるとか、死後の世界で救われるとかいうでしょうが・・・。
これも葬式仏教に依存してしまった影響で、本来の業務を忘れて布教がただの言葉になってきているからではないのでしょうか。極端に悪くいえば偽善者です。


なぜこの問題に対して異論がでてこないのかが不思議です。




私は、各宗派の総本山は住職引退後の後継者がいない家族には、その後の暮らしを支える施設であったり、貢献金などの措置をとるべきだと思いるので、今度このことに関して、総本山に聞いてみようと思います。
その時はブログにのせるのでお楽しみに!!チョキ



このへんで今日は終わりにしましょう!!
それではよい夜をニコニコ


夢でお会いしましょう!!パー
おっはーアップ


ちょうーおはようなんですけどーにひひ



みなさん元気もりもりもんちっちしてますかー!?



私は元気もりもりもりみつこですよー!!!!!!!!!!







今日はお寺の抱える問題についてお話したいと思いますてんとうむし
お寺の問題と言いましても沢山ありすぎてきりがないのですが、私なりに感じたお寺の問題をいくつかあげていきたいと思います。




まず一つめは、私がお寺の跡取り問題です。
これは、本でもネットでもあまり深くかかれていません。本にいたっては、私の調べたところ一般書物では皆無!!

だから私は、もっともこの問題をブログを通じてみなさまに知っていただきたい問題なのです!!








なぜ跡取り問題が本やネットで大きくとりあげられないのでしょうか!?





私なりの見解なのですが、単に需要がないからだと思われます。
つまり日本人の仏教離れの結果、誰も興味を持たないし仏教界のことはわからない他人事になっているからです。
唯一興味をしめしてる世代というのも高齢者の方々。興味の矛先というのも己の死への恐怖に対する救いです。
ここに原因があるのではないのでしょうか。





では、本題のお寺が抱える跡取り問題とは?



1.後継者がいない。
 僧侶の不足による住職不在の寺が増える。住職の死後、妻がのこされた場合寺からでていかないとい けない。つまり住む家を無くす。

2.世襲制。世襲にたよる仏教の衰退。強制世襲による息子の人権無視。寺の私物化。


大きくこの二つが、私がとらえるお寺の跡取り問題だとおもいます。




次回は、この二つの問題を具体的に書いていきたいとおもいます!!メラメラ





よろーおとめ座










コメントもよろしくぽチューリップ紫


























第4回!!


なんだかんだできちゃいましたねーアップ




ブログを見て反応していただいてありがとうございます!!


これからもどしどしまってまーす!!




ファンレターもまってまーす!!





いまなら!!先着で一億名のかたに、アジアの妖精ことこはんのサインがあたりますよ!!



早い者勝ちですよ!!おくさん!!




これからもイエローキャブ共々こはんを応援よろしくおねがいしますラブラブ















さて、昨日の続きです。みなさん考えてこられましたか?
なぜ徳川家康は、寺請制度で日本仏教の衰退化に成功したのでしょうか?

それは、いろいろな面でメリットがあったのです。

政府側
民衆の信仰の厚い仏教を政府の手に納めることができれば、世を統治しやすい。
当時徐々に勢力を伸ばしてきた、新宗教キリスト教の弾圧も同時にでき(隠れキリシタンの摘発)。これ以上違う宗教が出てきて政府の統治に邪魔されたくなっかたのでしょうね。敵が大きくなる前に潰すということです。
こういうことは、今も昔も変わってないような気がします。


仏教界側
民衆がそれぞれの地域にあるお寺に登録(絶対)することによって、一定の顧客が手に入る。収入の安
定につながる。民衆の家系が途絶えないかぎりある程度の収入は、約束されている訳ですから、当時の僧侶にしたら布教して信者をつかまえなくても、こんなにおいしい話があるのですからくいつきますよね。他宗教とも争わなくても済みますから。

民衆側
それぞれの所属する地域にある寺なので、親しみがもてるし信頼ができる。逆に僧侶を監視することもできる。
なにか困った時にすぐに行ける。当時の寺は、役場みたいな役わりもしていたのも一つです。
なんにしろ今まで僧侶を信仰の対象にしていたのを、最寄のお寺にスライドさせたのですから、信仰がしやすかったんでしょうね。
後コストの面でも違う宗教に移るのには、コストが案外かかるからです。







このメリットで日本仏教界は骨抜きにされる訳ですね。
まぁ民衆の気持ちはさておき、仏教界の気持ちをつかんだことが大きかったとおもわれます。


そら布教しなくても客(信者)がくるなら、信仰心もなくなってきますわなー。

民衆も何代にも渡って、そこに住み続けるかぎり強制的に信仰宗教が決められてるので、そら信仰心も無くなってきますわなー。自分で選ぶことができませんもん。変えようと思っても、高いお布施がかかりますもん。もーぷんぷんプンプン


ちなみに、多くの僧侶(住職)が妻を持ち始めたのもこの頃です。
世襲制もここから始まります。









しかし、お寺の中でもやはり地方の人口が少ないお寺は、信者(以下檀家)が少ないのでお布施だけでは、食っていけません。総本山にも定期にお金を納めなくてはなりません(フランチャイズのお店みたいなイメージ)






そうなってくると僧侶も考えます。










ロダンも考えすぎて像をつくります。












そこで新しいニュービジネスが、お葬式ビジネスです。
これが、今日でも続くお寺のスタイルの始まりです。それまでのお葬式は、僧侶は全く関わりがありませんでした。なんせ悟りを開く修行の身なので。






死は誰にでもくる。









需要は必ずある。





さらに檀家信徒のお墓も管理しちゃいます。今日のお寺お墓があるの完成です。
さらにさらにさらに47日、1回忌、2回忌と法事も作っちゃいましょ。
という感じにお盆やお正月にも年間行事をもりこみました。
寺子屋もこの時期です。




そんなこんなで信仰心がなくなっていく一方で、お寺お葬式というイメージが浸透していったのです。




仏教支配は江戸時代が終わるまで続くことになります。
もはや国民の生活に密着した伝統文化になってくるんですよね。
そんな長く続いた文化が、明治、昭和になってもあまり大きく変わることはなく平成の今でも受け継がれてきているのです。






つまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーりビックリマーク



今日のお寺のスタイルの原型は、江戸時代からあるのです。(なんと!!叫び

政府と仏教が求める先は一緒なので、政府も批判する必要がないんですよね。むしろ政府が本来やるべき仕事を代わってしているということで、宗教公益法人として認められて税金も免除されているんです。








まぁ大まかに日本仏教の歴史をいえばこんな感じです。
なんか仏教の求める先は単純なのに、それまでがゴチャゴチャしてましたね雨



さっさっさーさーさーーーーーーーーーーーーーーーー次回は、とうとう本題の今日のお寺の問題についてとりあげていきたいと思っておりますチョキ拍手









仏教界の怠けたつけは、大きかった。
自民党のように・・・