勇者と段々崩壊していく世界
「ふむ。全部含めて、この日までにできるか?」
「ああ問題ねえ。ちょうど入れ替え時だったんだ。金さえくれりゃ、渡りに船たあこのことよ」
「わかった。じゃあ当日取りにくる」
「それでもいいけど、途中でたしかめなくてもいいのかい?」
「無茶を頼んでるんだ。注文だしといて悪いが、簡単に壊れなきゃそれでいい」
「わかったよ。全体をみての丈夫さを優先するけどよ、何度も言うがこの作り自体じゃまず回れないからな?」
「いいんだ。ただの遊びさ。それで頼む。じゃあよろしく」
ふたりの男女のやりとりを通りから眺めているのもふたりの男女、マリネとカムラだ。
「師匠さんは何を考えているのかねえ」
「わかってるくせに言うな。いまは考えたくない。考えただけで吐いてしまう」
マリネの腹は、尋常ならざるほど膨れていた。
「まさか師匠さんが、大食らいではなかったとは思わなかった。少し食べてはあなたにパス。毎回ほぼ二人前」
「次からはお前も食え。頼むから食え」
「嫌だよ。なんだかんだ私も何か一品食べてるんだ。取り分けてるけど」
「 ちくしょう。なんでこんな目に。おれに力があったなら。おれに、くそ、力がほしい」
「ふうん」
「おれに何を食べても即消化するだけの力が欲しい」
「まあ、師匠に歯向かうよりそっちの方が現実的かしらないねえ」
「あの野郎が次にどこ行くか、当ててやろうか?」
「そんなのわかる。武器屋だ」
「ああそうだ。武器屋だ」
ふたりが待っていた場所まで師匠がやってくる。師匠は、
「待たせた。じゃあ武器屋に行こうか」
と言った。
マリネは閉口して、吐くのを我慢するだけで精一杯だった。吐いたら、きっと吐いたゲロを食わされる。
「では、勇気ある者たちよ、いざ行かん。出立の時は今!」
大臣の号令が城の中庭に轟くと、間を開けずにひとりの兵士が続く。
「勇気ある者第一隊、アッキナー隊、進め!」
「おれに乗りこなせねえ修羅場はねえ!」
こういう声の張り合いは変に間があくと、白けてしまう。リズムがなにより大事だ。
城門が開き、ファンファーレが鳴り響く。
集まった見送りの人の数は、前回と比べて格段に減ったが、それは期待の度合いというよりも季節と天気のせいだろう。この日の天気は、こごえる吹雪だ。
「コウシブサ隊、進め!」
「おれが歴史を作り出すぜ!」
「勇気ある者第二隊、ケイコリ隊、進め!」
「勝てない相手はもういないんだ!」
「ヤワタニ隊、進め!」
「いつでも金が勝利の証だ!」
「勇気ある者第三隊、ポタハリ隊、進め!」
「おれが勝つことは決まってるってのに、イライラするぜ!」
「アエロジーヌ隊、進め!」
ふたりの仲間を連れて、ウルシは言葉なく進んだ。はい、か、いいえ、としか言葉が喋れないのだからしょうがない。兵士たちが冷めた目でウルシを見るが、彼女は気にしない。
「民に手ぐらい振ったらどうですか?、せっかく集まってくれているのです」
城門を出るとウルシの後ろに続く女が言う。
「ねえ、ギライア殿」
「そうですな」
女の後ろの兵士長だった男が、
「なんせあなたは、本物の勇者なのだから」
と、応えた。
「はい」
渋々、ウルシは言われた通りに愛想よく手を振った。
ウルシ一行が城門を出て、第三隊の経由地である東を目指し歩いていると、すぐに城門前が騒がしくなった。
ウルシが振り返ると、箱馬車の上に人が立っているのが見えた。肉眼で見るには遠くであることと、人垣ができてしまったことで、それ以外、何が起こっているのかわからない。ただ時折、悲鳴にまじり女の笑い声が聴こえてくる。
「ミムラ様、あれは一体」
「さて。見る限り、ただのバカかと」
「ふむ。そうですな。あれは、仮面に鞭、ですか。おっと、表通りに行ってしまいました」
「面倒に巻き込まれないうちに進んでしまいましょう。最初の経由地まで行けば、いつでも戻れますし。いいですか勇者」
「はい」
「では、行きましょう」
勇者一行は、再び歩き出した。
「従者よ!、転んでも手だけは離すなよ!、曳いてるものに轢かれるぞ!」
そう言うと走る箱馬車の上に立って鞭を振るう、さすがに寒さから素肌こそ露出してないものの、ボールガウンにバタフライマスクという、仮面舞踏会丸出しの格好をした女は笑い声をあげた。
「姫様!、案の定、前方を塞がれました!」
「塞がれたならぶち破るのが醍醐味よ!」
馬車というよりは、箱馬車型の人力車と呼ぶにふさわしい。なぜなら、動力が人力だし、二輪だし。
「無茶を言うな!、車体がひっくりかえ、りますぞ!」
「ちっ、従者はわかってないなあ」
「がっかりしてんじゃねえ!」
「仕方ない。減速のち後方に回れ!」
「了解!、いけるか盗賊!」
「なんであたしだけ変わってないんだ?」
「雇い主にバカをやらせるわけにはいかないのと、城に監禁されていた姫を盗みだしてくれた設定がいい、とかなんとか」
「ああ…。可変ロック解除!、注意しな!」
「了解!、伸びろかじ棒!」
案外、従者ことマリネも満更ではないらしい。そして言葉通り、減速していたマリネが一時的に走る速度を上げると、かじ棒が伸びた。
「可変ロック確認!、回転軸開放及び結合確認!、いけ従者!」
カムラが格好をつけているのは、単に姫こと師匠の気を悪くしないためだ。
「姫様!、飛びます!」
「よしこい!」
大きく減速したマリネが、思いきり地を蹴り、かじ棒とともに宙へ舞った。
「掴め従者!」
師匠の伸ばした鞭を、マリネはひっつかんだ。途端にかじ棒はくるりと半回転し、マリネの曳く車の前後が逆になった。相当な力で地面に叩きつけられたマリネだったが、そこはさすが、ダメージもなくうまく着地した。師匠、マリネ、カムラ、三者三様の役割を正確に果たすことにより可能となる、妙技であった。
「バカみたいだが、やるじゃねえか!」
「ああ、バカみたいだが、よくやったよ」
「本気でやってたらバカだよな」
「ああ、後ろに取っ手でもつけときゃいいだけだからな。駆動部の脆弱性を高めてまであんな壊れやすそうなギミックつける意味がわからん。轍を逆走しても意味ないだろうし」
「いや、きっと何か意味があるんだ。試されているんだおれたちは」
その時、どよめく周囲の野次馬と兵士たちに、戦慄が走った。
「目標ゼロ距離!、打てます!」
「よし!、楔を打ち込め!」
「発射!」
~師匠、こんなものまで必要ですか?
~なに、先日、国から見捨てられた子連れの暗殺者が、乳母車の下部に仕掛けを作って、こう、何かを、バババっと敵に打ち込む、そんな夢を見てな。ぜひ試してみたいと。
~そう…ですか。
~きっと楽しいぞ。発射口は三つ、一度に六発か、もっとこう、バババというイメージなのだが、構造上こんなものだろうか。
~…お気に召すままに。
「…スコーピオンだ…スコーピオンを積んでやがる!」
「街中で弩砲なんて使うんじゃねえバカ!」
「範囲が広い!、巻き添えを食うぞ!」
沿道の野次馬は、蜘蛛の子を散らす騒ぎとなった。
人力車から放たれた矢は、前方の兵士たちや、バリケードとなっていた幌馬車を貫いた。阿鼻叫喚だ。
「二射用意します!、射角調整!、かじ棒ロック解除!」
「了解!」
「ロック!、引け従者!」
マリネが一度引っ込めたかじ棒を、気合いの声とと共に全力で引くと、ガチンと、乾いた音が鳴り響いた。
「発射!」
ぼう、という音を立て、矢は放たれた。退避した兵士たちに被害はなかったが、幌馬車を揺るがした。
「従者よ!、前に!」
「了解!」
先ほどと同じ過程を経て、マリネはもといた位置に戻った。
「発射用意!」
師匠の高笑いがこだまする。
「まさか後方にも!?」
鞭で牽制されていた後方の兵は二の足を踏まざるをえなかった。
「横に回れ!」
「しかし、民が!」
「くそ!、避難させるまでおれたちが壁になるしかないのか…」
「悪魔め!」
馬車上の女に向かって悪魔と叫んだ兵の目の前に鞭がとんで、空気を破裂させる音が響いた。
「悪魔ではない!、姫だ!、見てわからぬか!」
「ちくしょう、こんな姫がいるか!」
「いる!、認めろ!、認めぬなら撃つ!」
「なんだそのふざけた要求は!、なにがしたいんだお前らは!」
「なにがしたいかだと?」
そう言うと、女は黙った。
「…この場で考えるんじゃねえ!」
「阿呆め!、せっかくならばと機会を図っていたまでよ!」
「機会だあ?、奇遇だな!」
「阿呆!、姫たるものが要もなく民草を傷つけるか!、端から撃つ気などない!」
「こっちはある!、弓隊構えい!」
後列の弓隊が一斉に弓を引き絞った。
「機会を待ったと言っただろうに、どうして話を聞かないのだ」
女はため息をついて、かぶりを振った。
「10秒の間、投降するチャンスをやる!、動いたら撃つ!」
「撃ったら当たりかねんぞ」
「なにを今更!、こっちは重傷者をだしている!、容赦はしない!」
「姫にではない!」
「自分で自分のことを姫というな!」
「お前らのだいじなものに、だ。後方をよく見よ」
「なに?、あ、あれは」
「さすがは勇者と呼ばれるものたち。揉め事に首をつっこむのが性分、か」
「第一隊か!」
マリネ側では、バリケードになっている幌馬車の隙間からぞろぞろとアッキナー隊、コウシブサ隊の面々が現れてきていた。
「これで姫が伏せようものなら、弓は当たらん。頭上の兵に撃たせるか?、彼らにこの吹雪の中で姫一行を無力化できるとは思えないが。動いたら撃つぞ。バカと侮り後手に回るからこうなるのだ」
「くそ、第一隊の皆々!」
「黙れ!」
女の鞭が空気を斬り裂き、言葉を交わしていた兵の胸元を打った。鉄の鎧が割れたが、立っているところを見るとダメージはないらしい。
「そいつらに用があるのはこちらだ。なにがしたいか教えてやろう。下々の者よ!、勇者たちよ!、姫の言葉である!、耳を揃えてよく聞け!」
女はくるりと身をひるがえした。
「そなたらが勇者か!、ずいぶんとまぬけな面をしておる!」
「なんだと!」
「お前のまぬけ面を絵に描かせ後世に残し、永遠に伝布してやろう!」
「この妖艶なマスクがまぬけだと!?、殺す!」
びゅんと振るわれた師匠の鞭が、いきり立ち襲いかかろうとしたコウシブサの顔面を捉えるのを見たマリネは、同じこと言い返しただけなのになあ、と、顔面に肉のバラが咲いた彼に同情するとともに、おれが同じことを言った時は鞭を持ってない師匠でよかった、と安堵した。
「貴様!」
勇者たちが臨戦態勢をとった。彼らに向かい師匠は、
「兵士が動けぬこの状況で、なぜ貴様たちはぞろぞろと足並み揃えて姿を現した!、なぜ真っ向から仕掛けてくる!、人質がおると考えもしないのか!?、安い挑発に乗りおって、私がその気なら何人も死んでいたぞ!、たとえ勇気があろうがそれなりに強かろうが、こんなまぬけどもに魔王を倒せるものか!、大事な民を守れるものか!、姫は落胆したぞ!」
と、一喝した。安い挑発に乗ったのはお前もだ、とマリネは思った。
「確かに、まぬけだな」
「ああ、無策だ」
「敵陣中の分かれ道で近くの立て札に、左に落とし穴!、と書かれていたら、右に行ってすとんと落とし穴に落ちちまいそうだ」
「なるほど、まぬけか」
「ああ、だな」
「期待薄だなこりゃ」
「うるせえ!」
軒先や家屋の窓を開け、戦況を眺める野次馬たちを、アッキナーが黙らせた。続けてアッキナーが、
「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって、だいたいてめえは何者だ!、魔王の使いか!?」
と言うと、当たらずも遠からず、とマリネは思った。
「魔王の使い、は女だと聞いたな」
「誰に聞いたんだよ」
「ほら、八百屋の熊五郎だ」
「ほらじゃないよ。熊五郎っつったら有名なほら吹きじゃないか、ええ?。こないだなんか、屋根の上を飛びまわる子連れの忍者を見たなんてほら吹いてた男だよ。だいたい姫様だと言っているんだから」
「姫様っつっても、うちのところの姫様はあんなに恐ろしくないだろう」
「じゃあどこの姫様だっていうんだい?」
「そりゃあんなに姫が恐ろしいんだから、きっと国はもっと恐ろしいんだろう」
「恐ろしい国ってえと、トッツクポーリか」
「するってえと、あの姫様は魔王の娘さんかい?、なるほど、変な格好してるしなあ、そう言われれば、ぴんとくらあ」
「黙って聞いてりゃ町人風情が勝手にぴんときてんじゃねえぞコラ!、鞭が届かないからって私がなにもできないと思うな!」
「姫というより、こりゃ女王はう」
師匠は町人に石を投げた。町人は倒れた。
「おい、大丈夫かお前!、意識が…おい!、ここがどこだかわかるか!?」
「ここ、は、城下町、です。ここ、は、城下町、です。ここは、城下町、です」
「町人が、壊れたレコードのように…あの野郎、大事な民じゃなかったのか!?」
マリネは、魔王の娘も当たらずも遠からず、と思った。
「…さて、勇者たちよ。私はこの国の王が若き頃産ませた妾腹の子。誰も知らぬ遠くの城に監禁されていたが、ひょんなことから盗みに入った盗賊に助け出され、ここにいる」
師匠が始めた一気の説明を邪魔する者はいなかった。邪魔をすればどうなるか、見て知った。
「世間に出てみれば、王の治世が揺らいでおる。その元凶がこの道の先にいるらしい。ならば姫は行って倒さねばならん。王の治世が揺らぐだけならいいが、王の権威まで揺らいだら姫としては迷惑この上ない」
「お前は味方、なのか?」
師匠の後方から、兵のひとりが声をかけた。
「味方とはぞんざいな物言いだ。お前らは近い将来、私の兵となるのだから」
「は?」
「魔王の首級を獲り!、民を平和に導き!、救国の英雄となりて人心を掌握した妾腹の姫は!、民の期待を一身に受け!、老いぼれた王に引導を渡す!、そうして姫は、この国の王となるのだ!」
「国家転覆を狙うバカだったか!」
「正統な王位継承だ!、この身に流れる血がそうさせるのだ!、そこなる兵士、いまからでも遅くはない。私を崇めろ。さすれば私が王位継承を果たしたのち、兵士長にとってつかわす」
「バカに仕える気はない!」
「盗賊、好きな時に撃て」
「やめろ!」
「ところで勇者たちよ。私のはかりごとにお前らが邪魔だというのがわかったか?」
「わかるかバカが」
「英雄は、ひとりいればいい。泣いて謝れば半殺しで許してやるから、勇者の名を返上して退場しろ。どのみち弱いお前らでは、いま退くかあとで退くかの違いに過ぎないが」
「どうやら魔王の前に倒さなきゃいけない奴がいるらしいな」
「よろしい。姫に逆らえばどうなるか、私自らこの国の隅々まで行き届かせる見せしめの贄にしてやろう。従者よ。代われ」
マリネが馬車の上に駆け上ると、師匠は鞭をマリネに渡して、飛び降りた。
「鞭が獲物じゃないのか?」
抜剣しながら、アッキナーが言う。他の5名の勇者もそれぞれ獲物を抜いたり、構えをとった。隊についてる兵士が二名、姿を隠しているが、幌馬車の影で覗き込んでいる者がそうなのだろう。
「買ったばかりでな、汚したくないんだ。それに、よく覚えておけ。私は姫で」
勇者たちの視界から、対峙していたはずの女の姿が消えると、
「武道家だ」
近くで女の声がして、アッキナーが音もなく倒れた。倒れ方からみるに、腹に一撃を食らったらしい。
一方マリネは、
「とりあえず姫様は、トッツクポーリに向かい、勇者と同じ働きをします。そして姫様はご覧の通りとても強いです。好きにやらせておけば、きっとあなたがたの力になります。先ほど姫様はああ言いましたが、この国の王は大変慕われております。また聡明です。あのような姫様に王位継承などさせるはずがないではありませんか。私どもはただ、魔王退治に協力したいだけなのです。姫様は少々世間知らずなだけなのです。迷惑をかけたことは謝ります。しかしどうか、どうか、我々がトッツクポーリに着くまで、車をとめようなどとはしないでいただきたい。どうか、どうかお願い致します」
と、兵に嘆願していた。あの師匠のことだ。きっとこのまま、自分はトッツクポーリに着くまで数日間走らされる。そこは、覚悟次第の範疇だ。だが、敵がいたら、休めない。眠れない。地獄だ。マリネは、生き残るために必死だった。師匠に隠れて交渉できるのは今しかない。
「貴様は、あの時の武道家!?」
兵たちの中の誰かが、驚きながらも的確に事実を告げた。
「すると、盗賊とは、あの盗賊か!、要人を暗殺しようとした重罪人ではないか!、くそ、本気で国家を覆す気だったか!」
マリネの必死は、マリネは必死になった。
「ちくしょう。てめえらは、おれのだいじなものを奪っていった!」
「なにを言うか重罪人め!」
「わたしの命です。はっ!?、なにを言ってんだおれは!、こうなったらひとりでも数を減らしてやる!」
「うわあ、男が暴れだしやがった!」
「落ち着け!、チャンスだ!、お前らは弩砲の射線上で相手をしろ!、撃たせるな!、おれたちは馬車の制圧にかかる!」
「無駄だ」
降りかかる剣を避けながら、相手の喉を手刀で突き、兵たちの合間から伸びてくる槍を叩き落とし、身動きを封じようと体ごと向かってくる相手の顎に膝を入れる。マリネを囲む兵たちがどんなに手を尽くしても、マリネの体にダメージを与えることはできなかった。しかし、マリネは確かに、そこにいた。マリネを相手に奮闘する兵たちは、決して長い時が流れたわけではないのに、馬車の制圧を今か今かと待ちわびた。
「なにをやってるんだお前は。やることはやった。早く走らせろ。使わないんなら鞭を返せ」
その女の声を聞いて、兵たちはやっと、馬車制圧に向かった者たちが全員地に伏しているのに気がついた。
マリネは後退しざまに、鞭を声のした方へ投げた。鞭が馬車上の女の手に渡ると、びゅんとしなりをあげ、マリネと向かい合っていた兵を二、三、なぎ倒した。マリネは前方に向かい、かじ棒を握った。
バリケードの幌馬車は横にどかされていた。勇者たちはことごとく倒れていた。
「さあ曳け従者よ!、これでお前も立派な家畜だな!」
高笑いをあげる女を乗せて、車は段々と加速していった。
あとを追う兵士はなく、足の止まった兵たちは、前方で時折女の鞭が振るわれては、同士がたおれていく光景を見ていることしかできなかった。
「弓ならば」
後方に位置していた兵の誰かがつぶやいた。
「さっきからひっきりなしに飛ばしているようだが」
前方の兵士が答えた。
「隊長!、馬をだしておいましょう!、各地に連絡を!」
若い兵が言った。
「だめだ!、いや、連絡の早馬は出せ!、だが追うな!、陛下を守らなければ!、他に仲間がいたらどうする!」
若い兵士に戦慄が走った。追おうとした相手が国家転覆を謀り、要人の暗殺も辞さないことを忘れていた。
「はっ!」
「いやあ、すごかったなあの姫っ様は、一回の攻撃でふたりをたおしていくんだから」
「しかもどちらも必殺の一撃とくりゃ、たまったもんじゃない」
「むちゃくちゃ言ってたが、本気で乗っ取られるかもなこの国は」
「そういや、そんなこと言ってたねえ。やれ見せしめだ、生贄がどうのとも」
「魔王より質がわりいなこりゃ」
「するってえと、あいつらが魔王と戦う気なら、魔王対魔王になる」
「トッツクポーリが落ちなかったらどうなるかわからねえが、姫様が勝ったらこの国が代替わりするだけってことがわかってんなら、こっちの方がすっきりしてるな」
「おめえ、あんなのが王になったら、演説なんかさせてみろ、そのたんびに何人やられるかわかったもんじゃないよ」
「いやあ、案外やさしいところもあると、おれは見たぜ。見ろよ、寝っ転がってる奴ら、みんなおっちんでるわけじゃねえみてえだ。みんながみんな、まあ半殺しってところか」
「ギリギリの奴らもいたけどなあ」
「トッツクポーリが落ちないとどうにもならねえ、トッツクポーリが落ちたら、どうせ三国でああだこうだ揉めるんだろ。どう転がっても悪い方にしかいかねえなら、おれはあの姫様に期待するぜ」
「まあ、あの姫様が王になれば弱い国にはならないだろうねえ」
「ま、下でぷるぷる震えている兵士にどやされないうちに、餅でも焼いて食うとするかな」
「だな」