勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

「おや、もう目を開けられるのですか」
目の前に女がいた。私を覗き込んでいる。ということは、私は寝ている。
「治癒の方は、軽く、で止めておいたのですが、使い慣れないと加減がわかりませんね」
この女は、盗賊だ。私はまだ死ねない。私はまだ死ねない。私はまだ死ねない。
「そのようにぐもぐもと口を動かすと、喉の傷が開いてしまいますよ」
よく見ると女は盗賊ではなかった。軍務長だ。姉妹らしく、よく似ている。紛らわしい。
「落ち着きましたか。ここがどこだかわかりますか?」
目だけ動かして辺りを見ると、点滴だとか、少し遠くに中年の白衣の天使を見つけた。点滴はさておき、中年の白衣の天使はまず医療施設にしかいない。それがリアルというものだ。
「ばいいえ」
かすれるように出た私の言葉は、病院、という言葉をそう代えた。
不思議と痛みもなかったので、もう一度声に出しても結果は同じだった。さらにもう一度試してみた。同じ言葉が繰り返されただけだった。
「傷はふさがっているみたいですね。となるともう無駄ですか。軽くしすぎたのか。強すぎたのか。それとも傷を塞ぐことともとに戻すことは違うのか。やはり加減がいまいちです」
軍務長は何かを思案すると、傍にいた看護婦を呼び、何かをもってこさせた。婦長と呼ばれた中年は、そのまま部屋を後にした。
「ここは城の医務室で、これは、さえずりのみつ、と呼ばれる喉の薬です。とても希少で高価なものなのですよ。体を起こしますので、焦らずゆっくり飲み込んでください」
ベッドの角度が調節され、上半身が起こされると、私が拘束帯で縛り付けられていることを知った。
さえずりのみつはとても甘かった。だけど、さっぱりしていて、飲み込むのに苦労はしなかった。
軍務長にうながされ、私はここがもう城の医務室だと知っていながらも、病院、と言わなければならなくなった。
「はいいえ」
声のかすれが消えた。さすが、とても希少で高価な薬だ。耳に聞こえる感覚も、以前の私の声となんらかわらない。ほんとに大した薬だ。
「あいうえお、と言ってみてください」
「はいいええ」
「いうえおあ」
「いいええは」
「ばびぶべぼ」
「はいいええ」
「びぶべぼば」
「ばいいええ」
「おもしろい」
「ええいえい」
「失礼。今のは私の感想です」
ふざけてるんじゃねえよこのクソアマが。
「ふむ、はい、と、いいえ、なら言えますか」
「はい、いいえ」
「十分ですね。今からいくつか質問をします。急ではありますが、時間が惜しいので答えてください」
「はい」
「あなたは、死にたいですか?」
「いいえ」
「私に協力しますか?」
「いいえ」
「死にたいのですか?」
「いいえ」
「なら、私に協力しますか?」
「いいえ」
「私の力にならなければ、あなたは牢屋に入れられ、その間に私が殺しますよ。それでいいですか?」
「いいえ」
「死にたいのですか?」
「いいえ」
「力になってくれますね?」
「いいえ」
「いま殺されたいですか?」
「いいえ」
「協力してくれますね?」
「…はい」
「それでは以後よろしくお願いします」
「はい」
どうやら最初から、私に選択肢はなかった。死ねないのだから、しょうがない。
「悪いようにはしません。悪いどころか、すばらしい力を与えます」
「はい」
「その力があればねえさんを、あなたを刺した女を容易く殺せるでしょう」
「はい」
「嬉しくはないですか?」
「いいえ」
「へえ。そうですか」
自分でも気味が悪いほど、私に盗賊を恨む気持ちはない。
「あなたもあの女にだいじなものを奪われたのではなくて?」
軍務長のその質問に私は、はい、とも、いいえ、とも答えられなかった。奪われたわけではない。盗まれたわけではない。私のものでもない。盗賊を恨んではいない。憎んでもいない。むしろ感謝したい。感謝している。
「だんまりですか。まあいいでしょう。どのみちあなたが生きていれば、彼女に狙われるのですから」
「はい」
盗賊は、勇気のない私を、引き返すことのできない道に進ませてくれたのだから。この道の先には、絶対に、マリネがいる。この道の先に。


「おや、もう目を覚ましたか。強くなったなあ」
マリネはその声を耳にして死んだふりをしたが、無残にも師匠の拳が腹に刺さる結果となった。
「おはようございます師匠。やあ、かわいい坊ちゃんだ。名前はなんていうのかな?」
腹部の激痛を堪えながらマリネは作戦を変更した。間髪入れず少年をダシにして自分の身の安全を確保しようとしたのだ。
「はい。忍者です」
「は?」
「6歳です」
「え?」
マリネは混乱した頭でひとつの答えを導きだした。
「師匠」
「なんだ」
「いくら師匠といえど、子供をさらってエリート部隊をつくろうとするのはいかがなものかと」
「マリネよ」
「はっ」
「この子は私の息子だが?」
「しかし私の記憶が確かならば、師匠のお子様が6歳であるはずは」
「上の娘は別にいるが?」
「は?、二人目だと?、あの村はまたいけにえを捧げたのか」
「どうして貴様らは死に急ぐのか、私にはわからないまま今生の別れになりそうだ」
「忍者君、兄弟子に力を貸す気はないか?」
「おい武道、いや、マリネ。ちなみにこの子は忍者が好きなだけで、もちろん名前じゃない。六つの子の言うことを真に受けるな」
「なんだと!?。なんと紛らわしい。ならば盗賊、やれるだけのことをやってから一緒に死のう」
「バカ言うんじゃないよ」
「ふふ。冗談だよマリネ坊。久しぶりなものだから、懐かしくなっただけさ。子供の前で人に暴力などふるわない」
「堂々と嘘つくなクソババア!、ついさっきおれは死にかけたぞ!」
「あれは暴力ではない。家畜のしつけ方を実践したまでだ」
ああ、家畜扱いは正しかったのか。と、カムラは納得した。
「いいかい息子よ。半殺しは一日一回までだ。じゃないとあんな風なバカになる」
「てめえのせいだろが」
「ほう。バカとの自覚はあったか」
「いつまでもてめえの方が強いと思うなよ」
「それなら黙って仕掛けてこい。まあお前が強くなったのも事実だし、私が弱くなったのも事実だ。それでも負けないが」
「いいだろう。今日こそ積年の恨みを晴らしてやる。見ててくれフナムシ。そしておれに力を」
「そうか」
そう言うと師匠は、対面にいたカムラの首を掴んだ。
「お前が少しでも動いたら、この娘の首を折る」
「てめえ、そんなに弱くなったのか?、真正面からの戦いならおれに負けると?」
「いや、それなら勝つ」
「じゃあなんで」
「息子をとられたら、そんなことを実際にしたらお前は殺すが、まず勝てない」
「は?」
「私もそうだが、お前も弱くなった」
師匠はカムラの首から手を外した。力は込めてなかったらしく、カムラは痛がる素振りもない。
「お前が寝ているあいだに、どうせこんなことになるだろうなと思って、この娘に協力してもらった。安心しておけ」
「おれが弱くなっただと?」
「ああ、強くなったが弱くもなった。私も同じだ」
「…盗賊のせいだとか言うなよ」
「まさしくその通りだ」
「なにが言いたい」
「私は、ふたりの子供が何よりも大事だ。こいつらの為なら世界を敵にまわしてもいい。もしこいつらの命を狙う奴がいれば仏でも鬼でも叩き斬る。こいつらを守る為ならどこまでだって強くなれる。それほど大事だ」
「嘘つけ。お前はそんな人として大事な感情など持っていない」
「よし、殺す」
「師匠さんおちついて下さい!、マリネも黙って聞け。話が進まないんだよ!」
「いいかマリネ。世界を敵にまわしてもいい、ということは、世界がどうなってもいい、ということだ。こいつらの命と他の全人類の命、私が天秤にかけたら、こいつらの命の方が重くなる。変な話だが、世界を滅ぼすことのできるスイッチを持つ者とこいつらの命を奪うスイッチを持つ者が並んでいたとして、私がどちらか一名のみにしか攻撃できない状況ならば、私は迷わず後者を選択する」
「だからなんだってんだよ」
「私は弱くなった。こいつらを守る為なら誰にだって勝ってみせるが、私の天秤を利用されたらいつでも負けるぞ。まあ実際は助けるし殺すが」
「どっちなんだよ!」
「お前はどうなんだマリネ坊。この盗賊と国どっちが大事かの選択、お前はすでに選んだのだぞ。お前だけじゃない。盗賊もそうだ」
「戦う術を教えてくれたのはあんただ」
「国をなめるな。数をなめるな。人をなめるな。弱者をなめるな。おごるなよマリネ。今のまま戦うなら負けるぞ。必ずだ」
「負ける前に逃げ切ってみせる」
「聞けばトッツクポーリに向かうらしいが、フナムシは逃げられなかったと聞いたぞ」
「師匠はおれをどうしたいんだ。今さらおれを絶望させてなんになる」
「なに、かんたんなことだ。私が盗賊を守ってやる」
「は?」
「どこまでかはわからないが、しばらく同行するといっている」
「いやです師匠、おれの身が持ちません」
「世の中が荒れては困る。あの子たちには半殺しで済む世界に生きてほしい」
「物騒なのかそうじゃねえのかわからねえよ」
「弱みが消えるんだ。お前も強くなるし、相手も驚くだろう。私は顔を隠していれば問題ない」
「おれが寝ているあいだに、なにが起きたんだ盗賊!」
「契約は成立しました」
「金か!」
「上の娘の出来がよくてな。早いうちに都の私学に放り込みたいと思っていたんだが、ちょうどいい」
「バイト感覚で反逆者になってんじゃねえ」
「子供たちのことなら心配するな。すでにそれぞれひとりでも生きてゆける」
「してないけど、早すぎだろ。忍者君はそれでいいのか!?」
「問題ない。姉はできた人物だ」
「師匠の声で応えるんじゃねえ。声帯模写かそれ」
「父親もできた人物だ」
「父親がいるのか忍者君!?」
「息子よ。今宵からしばしの別れだ。その前に母の強さをしかと目に焼きつけておけ」
「子供の前で暴力はふるわないんじゃなかったか!」
「息子にはこう教えてある。上官に逆らう者は見せしめに利用せよ。実践せねば、信用すまい」
「やっぱりこいつ幼少から鍛えたアサシン集団を作ろうとしてるだろ!、おれに近づくんじゃねえ!、お前の弱点は知っている!、この忍者君がどうなって、すでに消えている、だと?」
「戯れに、私の隙をつけたらおもちゃを買ってやる、と言っていたら、気配を消す技が異様に伸びたのだ」
「くそ、適者生存の理か」
「お別れだなマリネ坊。生きていたらまた会おう」
「てめえの加減次第だろそれ!」
薄れゆく意識の中、マリネは確かに見た。親友フナムシが、おれを巻き込むなとばかり、保身に走る真面目くさった顔を。

「おや、もう目を覚ましたか。朝に強くなったなあ」
マリネはこの既視感が夢でみたものならばよかったのにと心の底から思ったが、現実は非常だった。
「おはようございます師匠。気持ちのいい朝ですね」
「どうして貴様らの余計な一言は、私の気をこうも荒立てるのだろうか」
「師匠、一日の始まりは気持ちのいい挨拶からはじまると教えてくれたのはあなたじゃないですか。それに、挨拶のたびに私の意識を飛ばされていたら、おはようからおやすみまで私は寝たきりになります。あ、これは盗賊さん。おはようございます。良い朝ですね」
コーヒーを運んできたカムラに気がついたマリネは、間抜けになっていることも気がつかず、挨拶をした。
師匠は寝ずに私と今後のことを話しあっていた、とカムラはあきれながら伝えた。
「ところで、部屋がだいぶ様変わりしているようですが」
「私がとっていた宿まで移動した。使わないことには、前払いした金がもったいない」
籐で編まれた椅子に腰かけている師匠がコーヒーカップに口をつけた。
「いささか危険ではありますまいか。忍者君はどちらに?」
「息子なら姉とともに父親のもとへ行った。父親はこちらに生活基盤を置いている」
「ほう。それなのに師匠が宿をとっているとなると」
「朝飯前に殺されたいのか?」
「いえ、滅相もない」
「もともと今回の招集やトッツクポーリには個人的に興味があった。参加する気などないが、ある程度探りを入れようとしていたのだ。そんなわけで宿は偽名でとっている。それだけでは不安か?」
「師匠がすることです。不安など」
「それにこの宿の朝食は美味いらしいと評判が立っていた」
「は?」
「評判が良いのは朝食のみならず、中でも目の前で焼いてくれるクレープシュゼットなるものは、大変甘美なものであるらしいと」
「師匠?」
「宿泊者は一泊につき三枚までそのクレープシュゼットなるものを無料で頼むことができる。これは実質的な食べ放題であり」
「師匠!」
「なんだ。お前にはやらんぞ。とはいえ安心しろ。私がしっかりと味を覚えて再現してやる。私の料理の腕前を忘れたわけではあるまい。子供たちにも食べさせねばならんのだ」
「安心しました師匠。違う。なにを考えているんだあんたは!、無料ならちょっとぐらい食わせろよ!、いやこれも違う」
「朝からうるさい奴だなあ。ちなみに今日の分はさっきそこのお嬢と食べてきた」
「三枚ともか?、三枚ともなのか?」
「ああ、実質的な食べ放題などとしているから名物に美味いものなしと訝しんでいたが、とてもうまかったぞ」
「貴様らはなんということを」
「別に食いたければ自分で頼めばよかろう。おっと、文無しには無理か」
「いいだろう。今日この日、この場所を貴様の墓標とし、墓の前でそのクレープなんとかを頬張るおれを地獄からよだれを垂らしてみてるがいい」
「仕掛けてくるなら黙って仕掛けてこいと何度も言ってきただろう。だから勝てないのだお前は」
毅然と襲いかかったマリネは、カムラがカップに入れた小さじ一杯の砂糖が溶けきるまえに、沈黙した。
「お嬢はこのまま休むといい。こいつとふたりきりにしてほしいなら」
「師匠さん、お気遣いなく。見ていて飽きませんし。なんだか少し、幸せな気分なのです」
「国とやろうという割に、のんきなことだ」
「ふたりを見ているとなんだか不思議なのです。私は家族をなくしましたから」
「こんな家族がいてたまるか。拾ってやったのに恩返しもしない。それどころか今しがた私の命を狙ってきたぞ」
「恩を返されることを、あなたは望んでいますか?」
「望むもなにも、こいつらは自分勝手に死んでいく。生きろと教えたはずが死に場所を見つけることに精をだしやがって。だいたいこいつらは私の言うことを聞かないんだ」
「ふふっ、確かに聞いていませんね」
「さあ、そんなことより休めるうちに休んでおくんだ。体調を整えておかねば、食べ歩きもできん。買い物もしたいし、名所も見て回りたいんだ」
「え?、出歩くのですか?」
「なにをびびっておるのだか。話を聞けば、事が動き出すのは勇気ある者が出立して以降だろうに。今から逃げ隠れしてどうする」
「しかし」
「お嬢は誰に守られていると思っている。むしろ兵や警官隊に囲まれると都合がいいんだが」
「はあ」
「どうやらマリネは稽古をさぼっていたようだ。肉体は成長したが、技の方はなまくらだ。敵前に放り込めば、嫌でも研ぎ澄まされていくだろう。もちろん荷物持ちとしての役割にも期待している。忙しくなるぞ。なんせこっちは年に一回しか街にこれないんだ。持ってきた金を使い切らなければもったいない。ともかくお嬢は早く休め。私の腹が減ったら起こすから」
「ああ、はい」
カムラはマリネが師匠の話を聞かない理由がわかった気がした。
「起きろマリネ、飯だ」
「…はっ」
「ほら、朝食をとっといてやったんだぞ。食え」
「これ、は?」
「バターだ」
「朝食は?」
「気がついたらひとかけのバターしか卓上に残っていなかった」
「思い返せば、貴様から渡される食事は調味料のみだったな」
「料理もできずに生き残れるか。調味料を用意してやった優しさがわからないか」
「保存食が尽きた冬のある日、目の前で甘いうまいとチョコレートをほおばむお前の影でおれたちが食べた土の味がわかるか?」
「そんなものを食べて、よく生きていたなお前は」
「お前のせいだろ!」
「ちゃんと準備しなかったお前らが悪いだろう。注意喚起ぐらいはしたはずだ。それより少し静かにしろ。お嬢が寝ている」
マリネがベッドを見ると、くうくうと寝息をたてるカムラがいた。
「ちっ」
マリネが舌打ちをすると、しばしの静寂が訪れた。だが、すぐに、
「お嬢を襲いたくなったら言えよ、黙って見ててやるから」
「いや、そんときは出てけよ」
「今さら恥ずかしいものでもあるまい」
「熊の時とは違うだろ。そもそもなぜ師匠はおれたちの前に?」
「そう言えばお前には言ってなかったか。今の事態に個人的な興味があったと言ったな?」
「ああ」
「娘の進学やら家族旅行やら、冬支度が一通り済んだこの時期に街まで出てくることは決まっていたのだ。まあ、そのついでに私も羽を伸ばそうと」
「いや、育児の息抜きで反逆者に加担するなよ」
「加担すると決めたのは昨夜だ。あわよくば参加者のひとりとして城に忍び込んでやろうとも思っていたが」
「だいたい同じだろ」
「どんな奴が来るのかと見ていたら、お前がひとりで城に入り、そう、あれは、少し堪えた。招集の刻限いっぱいまで待っていたのだが、案の定、フナムシはこなかった。フナムシより弱く、それゆえフナムシよりも慎重なお前が、あんなわけのわからないものに自分から応じるはずがない。理由を確かめなければと思った。そうしないと不安は解消されない」
「不安、ですか」
「仮にも師だ。知ったなら、弟子の心配ぐらいする」
「はい」
「何かが起こるなら日が落ちてからだろう、何も起こらなければお前の寝床に行けばいい、と思って、そのあと私はふたりの子供を抱え、近所のデパ地下に足を運び試食したおし、話題の新店の行列に並び昼を済ませ、進学相談があったのでパンケーキがうまいと評判の喫茶店で待ち合わせていた父親に娘を託し、ここまで来たのだからと温泉街に顔をだし、温泉饅頭を頬張りながら足湯に浸かり、射的で落とした駄菓子を食い、地酒のひとつでも買っておくかと」
「満喫してんじゃねえよ。食ってばっかじゃねえか」
「と、思案していたら、日が暮れて、ああそういえばと、お前のことを思い出してな」
「もう忘れたままでよかったのに」
「まあ、そのあとは、城から出てきたお前らを尾行して、対面するに至った次第だ」
「ちっ、食が絡まねえとあっさりしてやがる。しかし、子連れに尾行されていたとは、不覚だ」
「それなりに大変だったぞ。息子にお前らがなぜ一度通った道を戻るのか、などいちいち説明し、実践せねばならなかったからな」
「なんかもうやる気がなくなっていくよ師匠」
「それでこのあとの予定なのだが」
「はい」
「まず、今日は、この辺りのラーメン店を制覇したいと思っている」
「そんなことだろうと思ってました」
「安心しろ。この辺りにラーメン専門店はそう多くない」
「私はそんな言葉に踊らされたりはしません」
「ほう。ラーメンとラーメンの合間にいくつか銘菓を食おうと思っていたが、見破られたか」
「私は弟子でありますゆえ」
「弟子よ、私の哲学は知っているな?」
「はい。大地の恵みは残さず使い切れ、です」
「そうだ。金も大地が生みだす恵みのひとつだ。持ってる金は腐る前に使い切らなければいけない。喜べマリネ坊、おごってやろう」
「いいえ。食い物を残したらどうなるか知っている身としては、喜べません」
「飯も食えずに震えていたガキが生意気を言うようになったじゃないか」
「師匠、飯というものは少なくては死にますが、多すぎても死ぬものです」
「私の誘いを断ると?」
「はい。おひとりでどうか」
「お前は、死にたいか?」
「いいえ」
「じゃあ答えはひとつだ」
「しかし師匠の飯につきあったら生きている保証がありません」
「そんなものは今死ぬかあとで死ぬかの違いだ。違うか?」
「いいえ」
「いま死ぬか?」
「いいえ」
「私からお嬢を連れて逃げることが可能だと思うか?」
「いいえ」
「つきあうな?」
「…はい」
「それで良いのだ。ところで、ラーメン店の範疇にラーメンを出すレストランをいれるかどうかなのだが」
ふたりの話は再開し、終わることなく続いた。
ふたりの抑えた話し声を子守唄にして、カムラはすやすやと眠り続けた。