勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

マリネが武練館に案内されてから数時間、灰色の空の中で太陽が半ばを地平線に隠したころ、ようやく面接を通過した者らに中庭への集合の旨が伝えられた。 舞い降る雪の中、いくつもの篝火が焚かれただけのだだっ広い中庭にマリネ達は列をなした。縦に四列、横に5列、総勢で20名の勇気ある者達候補がそろった。ほとんどがむくつけき男で、女は二名、カムラとウルシしかいなかった。 マリネはカムラ達二人とは少し離れた位置にならんだ。最後列で、マリネの斜め前にはカムラがいる。あらかじめ決めていたカムラのハンドサインが自然に目に入る位置だ。 ならんだ者たちの前にはステージがある。別段装飾や石細工もされていない質素な壇で、お立ち台というほど狭くはないがあまり広くない。もちろんマリネがいる最後列とは、このステージからみてということだ。
 「そこ、列をただせ!」 静かで冷たい空気がひとりの兵士があげた怒声により切り裂かれた。弾上から全体を見渡していた兵士はマリネから離れた位置にいる男が少し列を外れていたのを注意した。注意された男、大柄な体格の剣士、はへいへいといった具合に手を振り、立っていた位置を列に沿うようにずらした。その兵士は続けざま全体に向かって、 「いいか、よく聞け。勇気ある者の部隊に列もなせないようなふぬけはいらない!。列の乱れは心の乱れと知れ!」 と、怒声を張り上げた。 そのような怒声と暴論に動じるほどマリネはおとなしくなかったが、すぐにある違和感が頭をかすめた。
壇上にある兵士の一喝に、おののく程の者はいなかったであろうが、別段文句をつける者もなく、従って場に静寂が訪れた。一見するとおとなしくなった輩たちをみた兵士は、何を思ったのかぎらりと眉間にシワをよせ、再び、今度は指をさしながら輩たちにむかって個別に怒声を張り上げた。
「そこのお前!、お前は何をしている!、ちゃんとまっすぐ背筋を立てろ!、お前はまともに立つこともできないのか!」
ここまで来るとその怒声に何やらピンときたものはマリネだけではなかったらしく、というよりも何名かを除いて輩たちほぼ全員の、姿勢、がわずかに、ほころぶ、のを最後列にいたマリネにはよくみてとれた。カムラに至っては、小さく、しかしはっきりと後ろ手にした手を動かし、待て、のサインを送り続けている。
カムラの送る合図通り、確かに機会が早すぎる。しかし、機会を誰かに先取りされるのもそれはそれで面倒だ。注目を浴びるのはマリネ一人がふさわしい。
カムラもカムラでそこのところはよくわかっている。最高のタイミングを望みはすれど、思い通りにいかないのが世の常だ。
訓練初日の新兵相手なら、怒声に萎縮した者相手にいびり続け、泣かせ、皆の前で泣いた自分の弱さを発表させたり謝らせたり、その後にやらせる予定の肉体を酷使する訓練なりなんなりしながら恥やら本当の自分などというものを晒させることにより、自分たちの置かれた立場や組織や集団生活における下限を示すことによる統一感や連帯感、そして思想を共有せしめ、仲間を作らせ、異端を排除し、もとの個性を封殺し、アメと鞭を使い矯正を成長と受け取らせ、その実、視界と思考と行動を狭められているから成長を放棄していることに気づかせず、もともと大して頭のよくない新兵たちはそんなことに疑問も抱かずに言われたことをやっていくだけの立派な駒になっていくのであろうが、この場にいる輩たちの大半は、良くも悪くも社会不適合者だ。腕に覚えがあるのに王国軍に所属しているわけでもなく、のこのことこのような招集に応じられる身分がそれを証明している。大志があってこの招集に応じた者も、よからぬことを胸に抱いて応じた者も、単なる腕試しという者も、単なる目立ちたがり屋もいるだろうが、腕に覚えがあるということ以外で彼らに共通することは、自分の考えを持ち、行動するということだろう。そしてその考えと行動を以って自ら死地に赴かんとする者たちでもある。
彼らは自分のルールに則って、生きている。そんな彼らの行動を世間ではそれを時に大人、時に子供の行いと呼び分ける。彼らの中には覚えのある腕による行いを称えられ英雄のように扱われている者もいる。また逆にただの暴れん坊で白眼視されている者もいる。しかし、両者の行いに違いはあっても、両者の心根は抽象的な夢と具体的な妄想の違いほどの差もない。他人から自身の行いを大人らしいや子供らしいというようにみられることを全く意に介さない。興味がないと言っていい。他人にどう評されようが、自分が満足するかしないか、ただそれだけを指して行動している。マリネやカムラも含め彼らは共に強さが故の社会不適合者だ。社会の一員にならざる者たちだ。幸か不幸か、自分一人の力と意思で生きていくことに迷いがなく、生きていくだけの力と意思がある。動物園の檻の中で客からエサを貰う為に行うパフォーマンスを身につけたクマと野生の、しかも狩りの名人のクマどちらが偉いか、どちらがより幸せか、どちらが大人か、どちらが強いか、どちらになりたいか、こんな議論は不毛だが、このような不毛な議論を聞かされている者のように、彼らにとって壇上の兵士が声を張り上げ唱える通過儀礼的文句は不毛なもので、兵士ももはや必死になっていつもと違う反応をみせる者たち相手に役目を全うしようとしているが、いつ誰が面白半分にちょっかいをかけだすかわかったものではない。
兵士相手にちょっかいをだすのは、それはマリネの、役目、だ。
最善のタイミングを諦めたのかしびれを切らしたのか、カムラの手による、待て、のサインは消え、代わりに容姿と同じく可愛らしい拳を丸めた。よし、の合図だ。
「おーい」
マリネはのんきな声をあげ、壇上の兵士にむかって大げさに手を振った。
当初よりはほんの少しだけくたびれていた兵士は、数瞬の間そののんきな呼びかけにあっけに取られ、役目をわすれ大きな声をだす為に開かれていた口を開きっぱなしにしていたが、すぐに、私は貴方の発言を認めていませんよ、という内容を大きな声で口に出した。
「ああ、まあなんてことはないんだが」
相変わらずのんきな声でマリネは兵士が呼吸をするタイミングで切り出した。
列する輩たちの多くはマリネに振り向いている。ニヤニヤとしている者が多いが、悔しそうに睨みつける者もいた。きっとそいつはそろそろちょっかいをかけようとしたところをマリネにタイミングをさらわれた者なのだろう。
「ところで兵士さん、話が変わっちまって悪いが、あんた職場の同僚と後腐れなく手軽にヤレる方法を知ってるか?」
マリネは無い知恵を絞って、いくつかの狙いをもってこのようなくだらないクイズを兵士に出したのだが、
「…悪いが私が普段接する同僚は全て男であり、私は残念ながら同性愛者ではない。よってお前の言おうとしていることを知る必要はないし、知ったとしても使う勇気はない。ということは、話は終わりだな」
兵士はマリネの想定から外れた、とても落ち着いたものだった。おそらく兵士としての役目に見切りをつけたのだろう、とマリネは少しだけ動揺しながら思ったが、真相は違った。
どうするんだあ?、そんな言葉がニヤニヤ顏のむさ苦しい男たちから発せられるなか、マリネは困っていた。先ほどのくだらないクイズは通常の新兵への通過儀礼とは違う類の緊張をしていた場を緩和させる為と聞く耳を増やす為にあえてしたものだが、あまりにリラックスをもたらす結果になってしまった。これからマリネは、計画通りに暴れださなくてはいけないのだが、器の小さい融通のきかない人物だと思っていた壇上の兵士にうまく大人の対応をされたが為に、ふりあげようとしていた拳を一度引っ込めなくてはならなくなった。
どうしたものかと思ってカムラをみたマリネは、カムラのハンドサインがかわっていないことに気がついた。むしろ握った拳は小刻みに震えていた。その震えを、おかわり、ということだとマリネが解し、強気に実行しようと第2問を言おうとしたところで、兵士の態度が急にかわった理由がマリネにもわかった。
「私は興味を持ちましたよ」
野郎の声しかしなかった場に、あまり大きな音ではなかったが、あたかも雑踏の中で自分の名前を呼ぶ声がやけにクリアに聴こえるように、しんと通る女の声がマリネの耳に届いた。
マリネが声のした方を振り向くと、そこには当たり前だが女がいた。かたわらに衛士を2名連れていることとこの国の高官が冬の外出時に羽織る毛皮のマントを着用していることから女の身分が高いことは知れた。女はまさしく名家の箱入り娘で苦労なんてしたことはないといった風情を隠す努力もなく透き通るような白い肌をして、その瞳はあからさまな嘘を信じて興奮する子供のように楽しげで、体躯は小柄で、しかしカムラより背は高く、そう、どことなくカムラに似た女だった。兵士の態度がかわったのはこの女の姿が目に入ったからに違いない。
「後学のため、ぜひご教授願いたいものです」
マリネににこりと笑いかけながら、女はそろそろと歩き、ステージ脇で立ち止まった。この国の高官はメシを食うときや特別なイベント以外ではなるべく座らないという風習があるので、今日もこのまま立ったままなのだろう。
「ぐ、軍務長殿」
「良いのです兵士殿」
壇上の兵士が女にむかって何か言おうとしたが、女は静かに抑えた。
「確かに我が国の軍において、女人の兵の割合はごく少数です。皆様の知っておられる通り、今となってははるか昔に起きた女騎士様の一件以来、戦の前線に立つことを想定している部隊に女人は配属されません。私は決してこの場で男女平等を謳うわけではありませんが、危険だからという理由で出世の席を減らされているのは不公平だ、いざとなった時に戦えないことを考えると気力がわかない、という陳情や愚痴もないわけではありません。また、今までとこれからのことも想定しておかなければなりません。お集まりいただいた皆様には酷な話ですが、魔王の出現により我々の平和が脅かされているこの現状がいつまで続くかわかりません。皆様を前にして口に出すにはばかられますが、しばらく終わらないかもしれません。そうなると兵士の増員を検討し、いざという時には即座に動けるだけの思考を有していなければなりません。この事態が長引けば、きっと職にあぶれた者たちや生活の場を失った者たちを兵として雇う事態も想定しておかなければならないのです。その者たちの中に女人がいないということはありえませんし、戦えない兵
を養うには限りというものがあります。そうなった時、今までの我が軍の方針から鑑みるに、急に男女が混成された部隊ができればさまざまな問題が発生し、対処しきることができないだろうことが予測されます。我々には男女混成部隊を運用するノウハウが途絶えていますから。そう考えると、今すぐにでも男女混成部隊を作り、経験値をためるべきなのですが…」
いつになったらこの女の話は終わるのか、そしてこの話のあとに、
いやあ同僚の女と後腐れなくヤるにはまず相手のモラルの低下を狙うんだよ、風俗に通ってるだとか旅先でだとか、とにかく、肉体関係なんてたいしたことじゃない、という意識を相手に植えつけるんだよ。麻薬と一緒さ、体験談と合わせて、たいしたことない、みんなやってる、これでOK。体験談を忘れるなよ。そこが肝心なんだから。とにかく相手のモラルを下げること。いいね?。そうすりゃ後腐れなくヤレる。後腐れがないのが面倒じゃないからさ。これは相手がバカなら必ずヤレる。そんで後腐れがない。すなわちバカとつきあう必要はないってことさ!
との童貞論法を繰り広げなければいけないのか、そう考えると、マリネは戦慄した。