勇者と段々崩壊していく世界
冬らしい曇天の空の下、立ち並ぶ枯れ木の合間をすいすいと疾駆する者が二名。いまや魔物の巣と化した要塞都市トッツクポーリにほど近い森の中、魔物と遭遇し、戦闘を余儀無くされ、頃合いをみて戦闘から逃走した武道家マリネと盗賊だ。
マリネは、先ほど魔物と遭遇した場所からずいぶんと走ってきたが、ほとんど呼吸を乱していない。地方の山村生まれで、山の中で育ち、また、武道家として山の中で日々鍛練を積んできたマリネにとって、この、逃げ足、は一番の武器だった。相手が誰だろうと、どんな状況だろうと、山や森の中にさえ逃げ込めさえすれば、幼馴染の武道家フナムシをのぞくと、誰も自分に追いつけない。絶対の危機に瀕しても、走れさえすれば、逃げきる絶対の自信があった。生き抜くことに全力を尽くす、それが師匠から学んだ武道の奥義だった。先ほどの得体の知れぬものとの戦闘は、生き抜くことに全力を尽くす武道家にとって、危機だった。幾度か手を合わせ、相手の力量が己よりはるか格下であると確信に至っても、その意識は変わらなかった。
枯れ木のバケモノがいた。素手から火の玉を放つ奴がいた。羽もないのに宙に浮いている奴がいた。魔物、の存在と大まかな容姿はある程度知っていた。が、珍妙とさえいえる容姿や、全く理屈の届かぬ怪奇な技の数々を目の当たりにしたのだから、いち早く遠くへ逃れたいとするマリネの選択は、当然のことだった。
手から火を出す奴がいた、ならばあたり一面を焼け野原にするような技を使える奴がいるかもしれない。それに…。木々の間を縫うように駆けながら、マリネは前方後方上下左右を常に警戒した。
前を走っていた盗賊が体力の限界から脚を止めたのは、距離にすれば戦闘になった場所から数キロほど離れた地点だ。マリネにしてみれば物足りない距離だったが、初めて目にする魔物との遭遇、戦闘による体力及び精神の消耗、その上に少なからず恐怖に縁取られた逃走である。全力疾走に近い速さで道無き道を駆けてきたのだ。常人ならばはたして如何程の距離を稼ぐことができたか。この小柄で痩身な女盗賊もまた逃げ足に自信があるだけのことはある。
「もう、大丈夫だろう」
ハアハアと息を切らし、木立を背にしてへたり込む盗賊に、マリネは本音を言うことなどできなかった。
「バケモノ、だね」
少し息が整ってきた盗賊がいった。
「ああ、バケモノに間違いない。あれらをバケモノと呼ばずして何をバケモノというか、おれには思いつかん」
「違うさ。あんたのことだよ。あんだけ走って、息も乱さないなんて」
うなだれながら盗賊はいった。
「逃げ足には自信があるんだ」
マリネがそう言うと、盗賊は、
「あたしもそれだけはかなり自信があったんだけどねえ」
と、いって、顔をあげると、マリネに微笑んだ。
「さて、悪いけどひとつ休ませてもらうよ」
そう言うと、盗賊は肩掛けカバンから先ほどの戦利品を取りだした。
「二冊目、か」
早速、盗賊は冒険の書をぱらぱらとめくりはじめた。
「おかしいねえ」
冒険の書を見始めてから少しして、ぽつりと盗賊が言った。
「どうした?」
そう言って、マリネは冒険の書を覗きこんだ。
「いやなに、書かれてることは別になんともないんだけど、ほら、よく見てごらん。おかしいだろ」
マリネは冒険の書を受け取ると、言われた通りじっくりと観察した。書いてあることは、確かに、フナムシから託された冒険の書と似たり寄ったりらしかった。数ページ流し読みをしていると、マリネは盗賊が何を言いたいのかわかった。
「やけに、きれいだな」
「そう。表紙やら外側はこんなに赤黒く血で染まっているのに、中身にゃ汚れどころか染みのひとつも見当たらない。これを持ってた奴が、魔物になってからもきれい好きで几帳面だったともおもえないしねえ」
「ひょっとしたら、何か特殊なインク以外では書けないものなのかもしれないな。だから汚れにくいのかもしれない。ペンを貸してくれ」
「そんな紙があるのかねえ。普通の紙にしか見えないけど」
盗賊はカバンからペンを取りだし、ペン先を外側にして、体温計のように数回振った。
「っと、その前に。あんたの冒険の書は、きれいだっかしら」
「きれい、なはずだよ。おれのは箱に入ってたしな。比べてみるか」
マリネはフナムシから託された冒険の書を取りだした。
「このとおりだ。きれいなもんさ」
「ふーん。何か書くならそっちに書きなよ」
「なぜだ?」
「これはあたしが盗ってやったんだ。落書きなんかつけたら価値が下がるだろ?」
ニンマリと笑う盗賊に、これだから盗賊は、とマリネは大げさにため息をついた。
「普通に書きこめるな」
「言っておくけど、インクはそこいらのインクだからね」
「…そっちのだけがおかしいんじゃないか?」
盗賊は数瞬、手に持った冒険の書をもの惜しげに見つめた。
「わかったよ。やってみな。好きにすればいいさ。あんたがいなきゃ手に入ったかわからん品さ。好きにすればいい。誰にいくらで売れるかもわからないし。あーもう。こんなもん盗って損したよ!」
へんに子供じみた拗ね方をした盗賊に、マリネは、悪い悪い、と言いながら、ぽんと盗賊の頭に手を当てた。盗賊はマリネの手を払いのけることはなかった。普段の盗賊を鑑みて、手を払いのけられると思っていたマリネは、それが少しうれしかった。このまましばらく頭を撫でてやるのも悪くはないかもしれない、そう思ったのも束の間、マリネは不意に別れた彼女ウルシが嘘をついている姿が頭に浮かび、そういった気分は失せた。
「っと、ではそういうことで、遠慮なくいただきます」
あたかも悩み事を隠すようにおちゃらけながら言って、マリネは盗賊の持つ冒険の書に手を伸ばした。マリネが視線を盗賊から冒険の書に移した時から、盗賊はじっとマリネの顔を探るように見ていたことをマリネは知らない。
マリネの手が冒険の書に触れた。その時、
「あっ」
二人が同時に驚きとも困惑ともとれる声を発し、冒険の書を落とした。
そうなるのもしょうがない。冒険の書が突如として発火したのだ。メラメラと燃えさかる炎は、一瞬にして冒険の書を包んだ。
二人は即座に土を被せたり、カバンで覆ったりして鎮火に及ぼうとしたが、炎は消えることなく冒険の書を跡形もなく消しさった。
魔物との遭遇、戦闘をも経験し、海千山千の存在に近くなった二人も、これにはしばし呆然とした。突然冒険の書が燃え出したことも、その炎を消すことができなかったことも、灰すら残らなかったことも、常軌を逸していた。
しばらくたち尽くしたのち、武道家はぶんぶんと手を縦に振りだした。
「怪我したんじゃないだろうね?」
真剣な顔をしてマリネは、
「手から火を出す奴がいただろ?。おれもそれができるようになったんじゃないか?」
と、言った。
「冗談を…」
やってる場合か、盗賊は言いかけて、はっとした。
「まさか、あんた魔物になっちまったのかい!?」
自身の推察に盗賊は驚愕の表情を浮かべた。手から火を出せるとしたら、それは魔物以外にない。
「えっ、おれ魔物になったの?」
盗賊と比較するのがバカらしくなるほどのマヌケ面で、手をぶんぶんとふりながらマリネはこたえた。マリネはとても真剣に火の玉を出そうと手を振っていたが、むろん、マリネの手から火が出ることはなかった。
「…冗談をやってる場合かい?。ほれ、今度はフナムシ君ので試してみな」
「あ、ああ」
無二の親友フナムシが残した遺物のひとつが燃えてなくなることなんてまったく考えていない様子で、マリネはおもむろに冒険の書へ手を伸ばした。
「まて!、やっぱり今度はあたしが触れる!」
マリネの手が触れるすんでのところで、盗賊は待ったをかけた。
「あたしが持っていた冒険の書に、あんたがさわったら燃えるのはわかった。とはいえわからないことだらけだ。試せる物もこれひとつっきゃない。あたし、あんた、あんたの持つやつにあたしがさわる、の順でさわってみよう」
落ち着きを取り戻したマリネは、よく考えた。この冒険の書はフナムシから託されたものには違いない。さっきのようにかんたんに燃え尽きてしまっては困る。おそらく冒険の書にまつわる話をメッセンジャーであった剣士に託されていたのだろうが、剣士はマリネに伝える前に果てた。マリネは考えた。誰かが手にとっただけで燃え出すなら、自分はもちろん、盗賊、ウルシ、が手にとっている。遡ればこれに綴っていた兵士、それからフナムシと剣士だってさわっている。これらの人物間で書の受け渡しだってしている。燃え尽きた冒険の書にしたっておなじだ。何かきっかけがあったから盗賊の冒険の書は燃えたのだ。だとすれば何が。
長い沈黙を破り、武道家は盗賊に、
「きっと冒険の書に何かを書き入れることで、所有者、のようなものが決まる仕掛けなんだ。そんでもって冒険の書はひとり一冊しか持てないようになってるんじゃないか?。おれがこっちの冒険の書に書き入れたから、おれがこれの所有者になった。他の冒険の書にさわったから燃えた。この件の前後を考えるに、理屈はわからないが、そう考えられるんじゃないか?」
「冒険の書が所有者を識別してるってのかい?」
「ああ、そうなるな」
「わけはさっぱりわからないが、考えがあるならやりな。あたしは特にないからさっきああ言ったんだ」
「考えってもんじゃあないが、他の冒険の書の所有者にさわられなきゃ燃え出したりしないってことになるな。とりあえず、おれが持ってみる」
マリネは冒険の書を手にとった。冒険の書が炎に包まれることはなかった。
「ま、とりあえず、おれがもっときゃ大丈夫ってことだな」
マリネがそう言って盗賊に笑いかけた直後、冒険の書は、淡く青白い光に包まれた。
「なっ」
またしても同時に声をあげた二人。冒険の書は地に落ちた。だが、今度は燃えたりしなかった。青白い光に包まれると、その淡い光は静かに消えていき、もとと変わらない冒険の書だけがのこった。
マリネは、先ほど魔物と遭遇した場所からずいぶんと走ってきたが、ほとんど呼吸を乱していない。地方の山村生まれで、山の中で育ち、また、武道家として山の中で日々鍛練を積んできたマリネにとって、この、逃げ足、は一番の武器だった。相手が誰だろうと、どんな状況だろうと、山や森の中にさえ逃げ込めさえすれば、幼馴染の武道家フナムシをのぞくと、誰も自分に追いつけない。絶対の危機に瀕しても、走れさえすれば、逃げきる絶対の自信があった。生き抜くことに全力を尽くす、それが師匠から学んだ武道の奥義だった。先ほどの得体の知れぬものとの戦闘は、生き抜くことに全力を尽くす武道家にとって、危機だった。幾度か手を合わせ、相手の力量が己よりはるか格下であると確信に至っても、その意識は変わらなかった。
枯れ木のバケモノがいた。素手から火の玉を放つ奴がいた。羽もないのに宙に浮いている奴がいた。魔物、の存在と大まかな容姿はある程度知っていた。が、珍妙とさえいえる容姿や、全く理屈の届かぬ怪奇な技の数々を目の当たりにしたのだから、いち早く遠くへ逃れたいとするマリネの選択は、当然のことだった。
手から火を出す奴がいた、ならばあたり一面を焼け野原にするような技を使える奴がいるかもしれない。それに…。木々の間を縫うように駆けながら、マリネは前方後方上下左右を常に警戒した。
前を走っていた盗賊が体力の限界から脚を止めたのは、距離にすれば戦闘になった場所から数キロほど離れた地点だ。マリネにしてみれば物足りない距離だったが、初めて目にする魔物との遭遇、戦闘による体力及び精神の消耗、その上に少なからず恐怖に縁取られた逃走である。全力疾走に近い速さで道無き道を駆けてきたのだ。常人ならばはたして如何程の距離を稼ぐことができたか。この小柄で痩身な女盗賊もまた逃げ足に自信があるだけのことはある。
「もう、大丈夫だろう」
ハアハアと息を切らし、木立を背にしてへたり込む盗賊に、マリネは本音を言うことなどできなかった。
「バケモノ、だね」
少し息が整ってきた盗賊がいった。
「ああ、バケモノに間違いない。あれらをバケモノと呼ばずして何をバケモノというか、おれには思いつかん」
「違うさ。あんたのことだよ。あんだけ走って、息も乱さないなんて」
うなだれながら盗賊はいった。
「逃げ足には自信があるんだ」
マリネがそう言うと、盗賊は、
「あたしもそれだけはかなり自信があったんだけどねえ」
と、いって、顔をあげると、マリネに微笑んだ。
「さて、悪いけどひとつ休ませてもらうよ」
そう言うと、盗賊は肩掛けカバンから先ほどの戦利品を取りだした。
「二冊目、か」
早速、盗賊は冒険の書をぱらぱらとめくりはじめた。
「おかしいねえ」
冒険の書を見始めてから少しして、ぽつりと盗賊が言った。
「どうした?」
そう言って、マリネは冒険の書を覗きこんだ。
「いやなに、書かれてることは別になんともないんだけど、ほら、よく見てごらん。おかしいだろ」
マリネは冒険の書を受け取ると、言われた通りじっくりと観察した。書いてあることは、確かに、フナムシから託された冒険の書と似たり寄ったりらしかった。数ページ流し読みをしていると、マリネは盗賊が何を言いたいのかわかった。
「やけに、きれいだな」
「そう。表紙やら外側はこんなに赤黒く血で染まっているのに、中身にゃ汚れどころか染みのひとつも見当たらない。これを持ってた奴が、魔物になってからもきれい好きで几帳面だったともおもえないしねえ」
「ひょっとしたら、何か特殊なインク以外では書けないものなのかもしれないな。だから汚れにくいのかもしれない。ペンを貸してくれ」
「そんな紙があるのかねえ。普通の紙にしか見えないけど」
盗賊はカバンからペンを取りだし、ペン先を外側にして、体温計のように数回振った。
「っと、その前に。あんたの冒険の書は、きれいだっかしら」
「きれい、なはずだよ。おれのは箱に入ってたしな。比べてみるか」
マリネはフナムシから託された冒険の書を取りだした。
「このとおりだ。きれいなもんさ」
「ふーん。何か書くならそっちに書きなよ」
「なぜだ?」
「これはあたしが盗ってやったんだ。落書きなんかつけたら価値が下がるだろ?」
ニンマリと笑う盗賊に、これだから盗賊は、とマリネは大げさにため息をついた。
「普通に書きこめるな」
「言っておくけど、インクはそこいらのインクだからね」
「…そっちのだけがおかしいんじゃないか?」
盗賊は数瞬、手に持った冒険の書をもの惜しげに見つめた。
「わかったよ。やってみな。好きにすればいいさ。あんたがいなきゃ手に入ったかわからん品さ。好きにすればいい。誰にいくらで売れるかもわからないし。あーもう。こんなもん盗って損したよ!」
へんに子供じみた拗ね方をした盗賊に、マリネは、悪い悪い、と言いながら、ぽんと盗賊の頭に手を当てた。盗賊はマリネの手を払いのけることはなかった。普段の盗賊を鑑みて、手を払いのけられると思っていたマリネは、それが少しうれしかった。このまましばらく頭を撫でてやるのも悪くはないかもしれない、そう思ったのも束の間、マリネは不意に別れた彼女ウルシが嘘をついている姿が頭に浮かび、そういった気分は失せた。
「っと、ではそういうことで、遠慮なくいただきます」
あたかも悩み事を隠すようにおちゃらけながら言って、マリネは盗賊の持つ冒険の書に手を伸ばした。マリネが視線を盗賊から冒険の書に移した時から、盗賊はじっとマリネの顔を探るように見ていたことをマリネは知らない。
マリネの手が冒険の書に触れた。その時、
「あっ」
二人が同時に驚きとも困惑ともとれる声を発し、冒険の書を落とした。
そうなるのもしょうがない。冒険の書が突如として発火したのだ。メラメラと燃えさかる炎は、一瞬にして冒険の書を包んだ。
二人は即座に土を被せたり、カバンで覆ったりして鎮火に及ぼうとしたが、炎は消えることなく冒険の書を跡形もなく消しさった。
魔物との遭遇、戦闘をも経験し、海千山千の存在に近くなった二人も、これにはしばし呆然とした。突然冒険の書が燃え出したことも、その炎を消すことができなかったことも、灰すら残らなかったことも、常軌を逸していた。
しばらくたち尽くしたのち、武道家はぶんぶんと手を縦に振りだした。
「怪我したんじゃないだろうね?」
真剣な顔をしてマリネは、
「手から火を出す奴がいただろ?。おれもそれができるようになったんじゃないか?」
と、言った。
「冗談を…」
やってる場合か、盗賊は言いかけて、はっとした。
「まさか、あんた魔物になっちまったのかい!?」
自身の推察に盗賊は驚愕の表情を浮かべた。手から火を出せるとしたら、それは魔物以外にない。
「えっ、おれ魔物になったの?」
盗賊と比較するのがバカらしくなるほどのマヌケ面で、手をぶんぶんとふりながらマリネはこたえた。マリネはとても真剣に火の玉を出そうと手を振っていたが、むろん、マリネの手から火が出ることはなかった。
「…冗談をやってる場合かい?。ほれ、今度はフナムシ君ので試してみな」
「あ、ああ」
無二の親友フナムシが残した遺物のひとつが燃えてなくなることなんてまったく考えていない様子で、マリネはおもむろに冒険の書へ手を伸ばした。
「まて!、やっぱり今度はあたしが触れる!」
マリネの手が触れるすんでのところで、盗賊は待ったをかけた。
「あたしが持っていた冒険の書に、あんたがさわったら燃えるのはわかった。とはいえわからないことだらけだ。試せる物もこれひとつっきゃない。あたし、あんた、あんたの持つやつにあたしがさわる、の順でさわってみよう」
落ち着きを取り戻したマリネは、よく考えた。この冒険の書はフナムシから託されたものには違いない。さっきのようにかんたんに燃え尽きてしまっては困る。おそらく冒険の書にまつわる話をメッセンジャーであった剣士に託されていたのだろうが、剣士はマリネに伝える前に果てた。マリネは考えた。誰かが手にとっただけで燃え出すなら、自分はもちろん、盗賊、ウルシ、が手にとっている。遡ればこれに綴っていた兵士、それからフナムシと剣士だってさわっている。これらの人物間で書の受け渡しだってしている。燃え尽きた冒険の書にしたっておなじだ。何かきっかけがあったから盗賊の冒険の書は燃えたのだ。だとすれば何が。
長い沈黙を破り、武道家は盗賊に、
「きっと冒険の書に何かを書き入れることで、所有者、のようなものが決まる仕掛けなんだ。そんでもって冒険の書はひとり一冊しか持てないようになってるんじゃないか?。おれがこっちの冒険の書に書き入れたから、おれがこれの所有者になった。他の冒険の書にさわったから燃えた。この件の前後を考えるに、理屈はわからないが、そう考えられるんじゃないか?」
「冒険の書が所有者を識別してるってのかい?」
「ああ、そうなるな」
「わけはさっぱりわからないが、考えがあるならやりな。あたしは特にないからさっきああ言ったんだ」
「考えってもんじゃあないが、他の冒険の書の所有者にさわられなきゃ燃え出したりしないってことになるな。とりあえず、おれが持ってみる」
マリネは冒険の書を手にとった。冒険の書が炎に包まれることはなかった。
「ま、とりあえず、おれがもっときゃ大丈夫ってことだな」
マリネがそう言って盗賊に笑いかけた直後、冒険の書は、淡く青白い光に包まれた。
「なっ」
またしても同時に声をあげた二人。冒険の書は地に落ちた。だが、今度は燃えたりしなかった。青白い光に包まれると、その淡い光は静かに消えていき、もとと変わらない冒険の書だけがのこった。