勇者と段々崩壊していく世界
数件のラブホが並ぶ通りは少し曲がっている。なので通りの口から全体を見渡すことはできない。そのくせその中の二件のラブホには出入り口が二方面あり、通りに姿を現さずに脇道へとそれることができる。ホテルから彼女の家へのルートがそれにあたる。ただ通りの真ん中に突っ立っていれば人の出入り全てを見張れるわけではなかった。彼女が男と駅で別れるか、男が彼女を家まで送るか、駅までの道にしたってわざとラブホ通りから向かうことをしないこともある。僕と彼女の実体験に基づく想定だ。ルートをさらにいえば彼女が他の町から始発で帰ってくる場合も想定しなければならないが、その場合は足りなかった。復縁を呼びかけた僕は彼女に、だけども次はない、と告げていた。その、次、とはいろいろと僕の中に定義のようなものがあるが、やはり彼女の言い逃れが通用しない出来事といえば彼女が男とラブホに入るところか出てくるところを捕まえることだった。僕はその脇道のルートとラブホ通りをきょろきょろと前後を見渡しながら何度も何度も足早に往復した。
もちろん浮気現場なんかに出くわしたくはない。僕は彼女が好きだ。どちらも心底そう思う。彼女の言うことを信じられればどれだけ楽か知れたものじゃない。だが信じられない。いや信じる信じないの問題でもないのかもしれない。僕の動悸をとめるには、僕はこうするしかなかったからだ。彼女がホテルから出てこず、さらに家から出てくる姿を見なければ動悸から解放されなかった。しかし最近ではそれでもこと足りず、今日のように始発の時間を見張れなかった日などはたとえ彼女が家から出勤しようとその日は一日中動悸が高鳴るばかりだった。
それほど遠視力のよくない僕は通りゆく人やホテルから出てくるカップル、入ろうとするカップルの顔をあらためるのに、おそらくフナムシと稽古を実行する時に相手へ向ける含みを帯びた視線より力の入った顔をしているだろう。僕と目があった多くの人々がギョッとした顔をして足早に僕の横や前を通りすぎていった。何日もそんな様子であったから当然の結果として何度か警官に呼び止められた。最初に呼び止められた時に口からでまかせで、友人から恋人の浮気調査を頼まれた、現場を取り押さえたら金一封だと言ったら、持ち物検査だけはされたが、ご苦労さんと言われて終わりだった。それからは呼び止められるたびに同じことを言うと警官は、ああ、と得心のいった顔付きでやりすぎるなよと言うだけだった。本来の目的ではないが嫌でも何日かこの町をじっくりと観察した僕から見れば警官のその反応は、僕の持ち物がタバコとマッチとしかないことと僕の嘘が通じて僕が安全な奴だと判断されたのではないかということとは無縁の反応で、おかしな奴には何を言っても無駄である、といった対応だった。この町には、いやきっとほとんどの町には乞食というわけではないのに真夜中や朝早く、もっといえば真昼間にもひとりでふらふらと徘徊している奴が何人もいる。警官にしてみれば僕もそのひとりで、慣れた対応なのだろう。無論法を犯していない僕の行動を制限する権利は彼等にないにせよ面倒は避けたかった僕はその対応を歓迎した。
この日も僕は彼女の出勤時間まで見張りを続け、時間を見計らって移動し、彼女が家から出勤する姿を見た。声はかけない。彼女が怖いと言う行動をしているからだ。彼女に嫌われることはしたくなかった。
この日は一日僕の動悸がおさまることはない。おさまる機会があるなら朝と同じよう彼女が時間通りに、最低でも就業時間からまっすぐ帰った場合の帰宅時間より一時間から一時間半後までに、彼女が家に帰るのを見届けることができた場合のみだ。当然その時間の基準は彼女の性格を考え彼女の性行為にかける時間をおったものだ。専車に乗って一日中彼女を追っかけることもできなくはないが、一日中彼女の視線から姿を隠すことは無理なことだと思う。彼女に見つかれば嫌われる。それだけは避けたかった。
彼女を見届けた僕は歩いてうちに帰る。以前だったら一時間かからなかった道程も今は一時間半以上かかる。動悸で胸が苦しいということもあるが、どうしても以前のようにすたすたと歩けなかった。なにか彼女の住む町に後ろ髪を引かれる思いだった。家に帰れば寝るしかやることがない。何度か彼女と一緒に住もうと提案した部屋だった。仕事場から遠くなる、親から許されない、そんなことを彼女は言って、僕の提案を断った。いつ彼女が来てもいいように綺麗に掃除していたものだが、今はゴミこそないが、掃除をしていないので埃まみれの薄汚い部屋になった。この部屋でやることは寝るしかない、次の日の朝まで。
こうした日々が何日も続いた。
週に一回ほど彼女と正式に会っていたが、その度に僕の懸念はますます強くなり、その度に彼女は僕をますます怖いと思うようになっていった。何度か別れ話を切り出したが、その度に彼女は泣いた。ずっと一緒にいると彼女は言う。そんな彼女の姿を見ながら僕はなぜ彼女が僕と別れないのが不思議でしょうがなかった。
そして転機がやってきた。
もちろん浮気現場なんかに出くわしたくはない。僕は彼女が好きだ。どちらも心底そう思う。彼女の言うことを信じられればどれだけ楽か知れたものじゃない。だが信じられない。いや信じる信じないの問題でもないのかもしれない。僕の動悸をとめるには、僕はこうするしかなかったからだ。彼女がホテルから出てこず、さらに家から出てくる姿を見なければ動悸から解放されなかった。しかし最近ではそれでもこと足りず、今日のように始発の時間を見張れなかった日などはたとえ彼女が家から出勤しようとその日は一日中動悸が高鳴るばかりだった。
それほど遠視力のよくない僕は通りゆく人やホテルから出てくるカップル、入ろうとするカップルの顔をあらためるのに、おそらくフナムシと稽古を実行する時に相手へ向ける含みを帯びた視線より力の入った顔をしているだろう。僕と目があった多くの人々がギョッとした顔をして足早に僕の横や前を通りすぎていった。何日もそんな様子であったから当然の結果として何度か警官に呼び止められた。最初に呼び止められた時に口からでまかせで、友人から恋人の浮気調査を頼まれた、現場を取り押さえたら金一封だと言ったら、持ち物検査だけはされたが、ご苦労さんと言われて終わりだった。それからは呼び止められるたびに同じことを言うと警官は、ああ、と得心のいった顔付きでやりすぎるなよと言うだけだった。本来の目的ではないが嫌でも何日かこの町をじっくりと観察した僕から見れば警官のその反応は、僕の持ち物がタバコとマッチとしかないことと僕の嘘が通じて僕が安全な奴だと判断されたのではないかということとは無縁の反応で、おかしな奴には何を言っても無駄である、といった対応だった。この町には、いやきっとほとんどの町には乞食というわけではないのに真夜中や朝早く、もっといえば真昼間にもひとりでふらふらと徘徊している奴が何人もいる。警官にしてみれば僕もそのひとりで、慣れた対応なのだろう。無論法を犯していない僕の行動を制限する権利は彼等にないにせよ面倒は避けたかった僕はその対応を歓迎した。
この日も僕は彼女の出勤時間まで見張りを続け、時間を見計らって移動し、彼女が家から出勤する姿を見た。声はかけない。彼女が怖いと言う行動をしているからだ。彼女に嫌われることはしたくなかった。
この日は一日僕の動悸がおさまることはない。おさまる機会があるなら朝と同じよう彼女が時間通りに、最低でも就業時間からまっすぐ帰った場合の帰宅時間より一時間から一時間半後までに、彼女が家に帰るのを見届けることができた場合のみだ。当然その時間の基準は彼女の性格を考え彼女の性行為にかける時間をおったものだ。専車に乗って一日中彼女を追っかけることもできなくはないが、一日中彼女の視線から姿を隠すことは無理なことだと思う。彼女に見つかれば嫌われる。それだけは避けたかった。
彼女を見届けた僕は歩いてうちに帰る。以前だったら一時間かからなかった道程も今は一時間半以上かかる。動悸で胸が苦しいということもあるが、どうしても以前のようにすたすたと歩けなかった。なにか彼女の住む町に後ろ髪を引かれる思いだった。家に帰れば寝るしかやることがない。何度か彼女と一緒に住もうと提案した部屋だった。仕事場から遠くなる、親から許されない、そんなことを彼女は言って、僕の提案を断った。いつ彼女が来てもいいように綺麗に掃除していたものだが、今はゴミこそないが、掃除をしていないので埃まみれの薄汚い部屋になった。この部屋でやることは寝るしかない、次の日の朝まで。
こうした日々が何日も続いた。
週に一回ほど彼女と正式に会っていたが、その度に僕の懸念はますます強くなり、その度に彼女は僕をますます怖いと思うようになっていった。何度か別れ話を切り出したが、その度に彼女は泣いた。ずっと一緒にいると彼女は言う。そんな彼女の姿を見ながら僕はなぜ彼女が僕と別れないのが不思議でしょうがなかった。
そして転機がやってきた。