勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

お前はどうするのか、チェーン展開するかっこだけつけたまずい居酒屋で散々っぱら痛飲した星の明るい夜の帰り道、幼馴染の武道家フナムシは僕に問いかけた。これから勇気ある者としてトッツクポーリへ向かう武道家へのはなむけの夜だった。
僕は返答代わりにただ、むう、とだけ口にするとあの店は酒も飯もまずいがホールの女の子はかわいいなとその日何度目かわからないことを言った。フナムシは僕になにか諦めたような、なにかをふっきるような作り笑顔で、浮気する甲斐性もないくせにと言った。僕も作り笑いを浮かべた。
ほとほとと歓楽街から少し離れた道を歩いているとフナムシが相変わらず笑った顔で、最後に稽古でもするかと言った。そのあとすぐに、戻ってくるかどうかもわからないから好き出来るぞと付け足して顔を和らげた。好きやったらお前が良くても残るおれは迷惑だ、と僕は言ったが友の心情を思うに稽古の実行はやぶさかではなかった。
それからふたりはまず酔いを覚ますことに少し注力した。全速力でまっすぐ駆けることができると確認したら、稽古相手を探しに歓楽街の方へと戻っていった。
この場合ふたりの言う稽古とは喧嘩のことだった。だけどそれは喧嘩と呼べるものでもないことは確かで、喧嘩というよりは通り魔に近い。目星をつけたガラの悪そうで喧嘩慣れしていそうな奴に近づき、お願いしまーす、とか、よっしゃ、とか、一発やらないかなどとふざけて軽妙に言いつつ問答無用で殴りつける。倒れたのを確認したらその場から全速力で逃げる。それがふたりの稽古だ。何百回とこんなことをしたが大抵最初の一発でけりはつく。くんずほぐれつの喧嘩になることはまずない。そういった時の為の心得はもちろんあるが、騒ぎが大きくなる前に僕らは逃げる。一度もやられたことはないが、ある時などは相手の周囲に何十人もの仲間がいたことに気づかずに稽古をして追われるハメになったが、生まれ育った街かのように歓楽街を散り散りに駆け抜けて、多勢を相手にしなければならない場合はこの場所でと決めていた川沿いにある廃工場の脇の細い通路まで逃げ果せた。その場所で落ちあったふたりはもうこれまでかと、この時もそういえば笑顔で、話しあってはしばらくドクドクと脈打つ心臓の音が自分のものか友のものかわからぬ状態でいたものだった。そのあとなにもないまま夜が明け、なんだか拍子抜けしたように、それでも一応警戒して家ではなくふたりして道場に帰った。地方に生まれて野山を駆け回りながら育ったふたりは昔から脚に、下手したら武道の腕前よりも自信があった。
こちらの実践練習にされる相手は溜まったものではないなと感じるが、こちらとしてもなるだけ喧嘩をしたくてうずうずしているような奴や人の迷惑も省みず道の真ん中をノロノロと方で風を切って歩いているような奴に狙いをつけているのでおあいこだと勝手に決めつけていた。
その日の相手は簡単にみつかった。都合のいいことに相手もふたり連れだった。僕らはよろこんでそのガラの悪いふたりを見やり各々目が合うと、相手ふたりはさっと気構えがかわるのがわかった。ついている。互いにこれから喧嘩が行われることを察し、僕らはふたりに近づく。手が届かない最終線まで近づき、もちろん相手ももう完全に喧嘩の気構えがある、お願いしますとよろこびを隠しきれていない声を発するや否や相手の首を殴りつける。僕は一発で仕留めきれずに二発目を当てる必要になったが、フナムシは一発でやった。どちらにせよ一瞬の出来事だ。騒ぎになる前に駆け出し追っ手がないことがわかると何時もの通り散り散りになり、なにもなかったときの落ち合い場所の公園へと向かった。僕が行くとフナムシはすでにいた。ふたりは目が合うと互いにこの日一番の笑い声をあげた。
二手かかったことをなじられると僕は、おれの相手の方が強そうだっただろなどと適当にかえしてやっぱり笑いあった。今の僕にはとてもとてもただひたすら心地よい時間だった。
あったかい缶コーヒーが次第に熱さを失っていくように笑いが収まると、今度はしんみりしだして昔話をした。どうやらもう稽古はやらないようだ。
野山を駆け回った少年時代のこと。山でであった師匠のこと。尋常ならざる修行に24時間費やした日々。師匠との別離。好きだった女の子のこと。通学の為に町へでたこと。稽古の思い出。僕が世の中の不義をなくしてやるんだとの情熱にかられてい頃のこと。仕事のこと。彼女のこと。僕のこと。そして彼女の浮気のこと。
いつの間にか、だがあっという間に白みはじめた空を見上げながらどちらともなく帰宅を匂わせた。歩いて帰るというフナムシに僕は付き合わなかった。さよならのかわりに背中をバシと叩き、お前がダメだったらその時がおれの番だと言った。フナムシは、ウソつけと言って最後の笑顔を見せ去っていった。