今年一発目
トイレの神様といわれても、私には吉田戦車のマンガに出てきた、毛のないネズミみたいな神様の姿とそのネタの内容しか私には思い浮かばず、トイレの神様と聞くたびに、それは私を大変くちゃりとさせます。歌の方は一回も聴いたことがない。申し訳ない。でもトイレの神様が世間的に“ウケた”なら、私も是非それに乗っかろうと思うのです。前人未踏のギアナ高地を行くよりそこいらの河川敷に幾条もしかれた轍を踏んでったほうが楽ですからね。トイレの神様。これを因数分解していくと、だいたい“トイレ”“の”“神様”、すなわち、(ウンコ、プラス、のババア)(小便、プラス、ゲロ)(フォークロア、プラス、棺桶片足)になりますね。だいぶ簡潔に、そしてわかりやすくなりました。これがトイレの神様を因数分解した式です。スマッシュヒットの法則ですね。次に、この式に次代のトイレの神様となるような単語を代入します。代入したら、式を展開します。するとそこには二匹目のどじょうが表されているのです。例えば、私の場合ならば……
さて、おしごとで今年一発目のそこそこ大きなミスしちまった!。得意の素知らぬ顔で、イエス、知らんぷり!!。
嘘ですやん。素知らぬ顔はすでにバレバレですやん。最初からやり直しで徹夜コースですやん。
いやあ、めちゃくちゃ怒られてる時に、わたくし、わたくしオリジナルの“鎮怒の舞”を舞ったんですよ。だって怒られてる時って基本的に暇を持て余してるじゃないですか。怒られてるほうは。しかもわたくしの“鎮怒の舞”はめったやたらに見られるものじゃないのですよ。この時期だからこそ、舞ったわけですよ。こりゃめでてえなってものですよ。こいつあ春からってものですよ。だのに、ますます怒る人がいる。いやいや、これは“鎮怒の舞”なんですよ。あなたの怒りを鎮める舞なんですよ。とわたくしが一生懸命息を切らして、ちんちんどこどこ鎮怒の舞、と舞いながら何度も何度も言っているのにその人は毎秒ごとにますます怒髪天を衝くかのごとく。しょうがないからわたくし“鎮怒の舞・改”を舞ったところ、その人は言ったのです。
「わかったよ。もういいよ。お前はこれからなんでもひとりでやれな。誰にも力を貸させないし、おれは責任取らないからな。勝手にしろよクソが」
イエス、神はおれに自由は与えたもうた。とりあえず今日の出勤時にはアロハシャツを着ていこうと思うのだよ。ハワイアンですやん。怒られて呆れられた次の日はハワイアン出勤ですやん。アロハシャツ着て片手でウクレレをなぜ、片手にボウルいっぱいのポキを持ってそれを巧みに犬食いしながらのハワイアン出勤ですやん。でもハワイアン出勤は大きなリスクを抱えている。それは、アロハシャツの半袖じゃ寒い。ということ。これは非常に危険なことであるのだよ。せっかくのハワイアン出勤なのにこごえてたんじゃハワイアンもクソもないからね。はーあ、つまんねえなこのブログ(!!)。こんなの書いてる場合じゃねえ。
さて、おしごとで今年一発目のそこそこ大きなミスしちまった!。得意の素知らぬ顔で、イエス、知らんぷり!!。
嘘ですやん。素知らぬ顔はすでにバレバレですやん。最初からやり直しで徹夜コースですやん。
いやあ、めちゃくちゃ怒られてる時に、わたくし、わたくしオリジナルの“鎮怒の舞”を舞ったんですよ。だって怒られてる時って基本的に暇を持て余してるじゃないですか。怒られてるほうは。しかもわたくしの“鎮怒の舞”はめったやたらに見られるものじゃないのですよ。この時期だからこそ、舞ったわけですよ。こりゃめでてえなってものですよ。こいつあ春からってものですよ。だのに、ますます怒る人がいる。いやいや、これは“鎮怒の舞”なんですよ。あなたの怒りを鎮める舞なんですよ。とわたくしが一生懸命息を切らして、ちんちんどこどこ鎮怒の舞、と舞いながら何度も何度も言っているのにその人は毎秒ごとにますます怒髪天を衝くかのごとく。しょうがないからわたくし“鎮怒の舞・改”を舞ったところ、その人は言ったのです。
「わかったよ。もういいよ。お前はこれからなんでもひとりでやれな。誰にも力を貸させないし、おれは責任取らないからな。勝手にしろよクソが」
イエス、神はおれに自由は与えたもうた。とりあえず今日の出勤時にはアロハシャツを着ていこうと思うのだよ。ハワイアンですやん。怒られて呆れられた次の日はハワイアン出勤ですやん。アロハシャツ着て片手でウクレレをなぜ、片手にボウルいっぱいのポキを持ってそれを巧みに犬食いしながらのハワイアン出勤ですやん。でもハワイアン出勤は大きなリスクを抱えている。それは、アロハシャツの半袖じゃ寒い。ということ。これは非常に危険なことであるのだよ。せっかくのハワイアン出勤なのにこごえてたんじゃハワイアンもクソもないからね。はーあ、つまんねえなこのブログ(!!)。こんなの書いてる場合じゃねえ。