大小事件 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

大小事件

昨夜のことだ。就寝中にのどの渇きを覚えた私は、トロピカルな夜とニコチンに殺意を抱きつつ台所へとむかった。
スーパーに長い廊下をカモシカのような私の駿脚とホタルイカのような発行機能を有した私の眉毛をフルに活用し、真っ暗闇のなかおおよそ3秒で台所にたどりつくと、流しの上についた蛍光灯のヒモを引っ張って明かりをつける。水道水でのどをうるわそうとしたわけだが、冷蔵庫に帰宅時に買った麦茶が冷えていることを思い出し、コップを手にするとそっちを選択した。ペットボトルに直接口をつけて飲めばたちどころに雑菌が繁殖するんだぞ、ニート生活の長い友人高橋の警句に感謝しながら、私はキンキンに冷えた麦茶を地獄のように暑い夜のいけにえに捧げた。科学的にすら思える香ばしい麦茶の香りが鼻腔をつきさす。口に含めば鼻の裏側にジンジンとした淡い痛みを感じつつ、それでもそのとき私はまだまどろみの中を泳いでいた。
しかし、タバコを吸おうとライターを口元に近づけた時、私に起こっていたある異変に気がつくこととなった。
なにか臭いのだ。
はじめはタバコの匂い、もっといえば、水に浸したタバコの灰の匂いかと思った。私は灰皿に水を差しているからだ。
わかる人にはわかったかもしれないが、そう、ライターを口元に近づけた時、私の鼻腔にうんこの臭いが漂ってきたのだ。
それが水に浸したタバコの灰よりもうんこらしい臭いであることに気がついた私は、そっとライターを持った手を見た。第一の容疑者はこの手だからだ。
いた。私は目を疑った。なんと私の右手親指の爪に、うんこが擦過傷のかさぶたのようにひっついていたのだ。眠気が吹き飛ぶ。
私はもう死んじゃおうかなと決めたりした。確か昨日は、死ぬのこええよ、と思っていたはずだが、親指の爪にうんこがついている状況がすべてをひっくり返した。「よし、いっちょ死んでみっか!」てなもんだ。
しかし私には死ぬ前にうんこの発生源を探す役割を負うことになっていた。発生源といえば私か、たまに我が家へと遊びにくる地域猫しかいないが、一体全体いつどこでどうして私の親指の爪にうんこがついたというのだ。私の目はまたいつうんこに触れてしまうかもしれないという恐怖と緊張でギラギラと冴えだし、うんこの源を見つけるまでは眠れないといった状況に陥った。
とにかくうんこの源を探した。まずは論理的に考えてみる。最後にうんこをしたのはいつだ?。それは夕食後のこと。風呂に入る前。嘘みたいな快便だったことを覚えている。肛門を拭いたペーパーはきれいだった。そのあと風呂場に直行し、シャワーを浴びたのち寝支度を整えるとすぐに私は床についた。そのときの私の身は清浄され、うんこを挟む余地はないはずだ。私に寝る前に肛門をいじくる習性はなく、また知らず知らずにいじっていたとして、親指の爪のみにうんこがつくとは考えづらい。肛門もゆるくはない。
謎が私の身を焦がし、頭の中がキィーとしてくる。今度は起きてからの行動を探る。それは上記のとおりだが、怪しいところを探ってみてもうんこ本体はおろかうんこの残り香さえしない。擦過傷のように擦れたうんこをみるに、必ずどこかにうんこがついているはずなのに、体にも服にも部屋にもそのあとがない。
この間、私は別件で小便を漏らし下着と短パンを濡らしたが、自宅にいながら小便を漏らす、この程度のことなどもはやまさしく、大事の中に小事なし、大事の前の小事といった具合で、かまっていられない。二度目になるが、私の肛門はゆるくはない。
空前絶後の一大事にみまわれながら、謎をまったく解明できない私は、部屋をうろうろしたり確認済みの場所を何度となく確認したり、この記事を書いたりと、ただむなしく時を浪費し続けた。
気がつけば朝がやってきて、私は家を出なければならなくなった。職務中、早起きがたたって幾度も眠い目をこすりたくなったが、爪にうんこが、と思うとおちおち眼もこすれない。
家に帰れば、また謎解きアドベンチャーは続く。インドア派の私にはこんなに家へと帰るのが恐ろしくなったことなどない。
果たしてあのうんこは一体なんだったのだろうか。
妖怪親指うんこつけ、の仕業だろうか。アカナメの上位妖怪だろうか。
昔の泥棒は事後捕まらない為の験担ぎとして入った家でうんこをしたというが、私の親指のそれは部屋に泥棒が入ったしるしだろうか。私の親指の上で見知らぬ昔気質のおっさんが糞をちょびっとだけひりだしていたというのか。何度もいうが、私の肛門は決してゆるくなく、自身の肛門をいじくる習性はないのだ。
私の身になにが…。
天気予報では今日もまたトロピカルな夜がやってくるという。
皆さまもゆめゆめ親指の動向に注意を払うのを怠らぬように。



※この話はただの実話です。



そう、ただの実話………。