アラクネ(23)~再投稿~ | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

アラクネ(23)~再投稿~

「ほらねほらほらほらほらほらほらほら。ほらね。ほらほら。見たでしょ?言わんこっちゃない。ね。タケハルが死んだ。けど私じゃなかった私じゃ。これもベラブル様のお陰なのよ。御力の賜物なの。私は生きる。死なないの。殺されないの」

己タケハル死亡の知らせを受けたその日、尾形ミシモ、鈴木ホノカ、武者カズタカは野崎アヤに呼び出された。例のファミリーレストラン。アヤはミシモ達の蛮行を知らなかった。場所を変更してもらおうにも集合を呼びかけるアヤからのメールが来て以降、アヤと連絡が取れなくなったのだから致し方なしなのであった。また、ミシモはこのような挑発行為が嫌いではない。が、久しぶりに会うアヤが開口一番言った言葉の数々には閉口しきりであった。

「俺言ったことあったよな。それも普通の反応だって」

混乱を鎮めようと条件反射で一旦トイレへと逃げたホノカとカズタカ。男女を分かつ扉の前でカズタカがホノカに囁いた。カズタカの右目尻には薄くも確かに赤い出来たての擦過傷。

「あたしは今のところなんとか平気。逆にアヤがかわいそうと思う。だけど、ミシモが」

さすがに、ホノカも感傷的になっている。

「暴れ出したら今度は止めような。今度はさ、晴れる気分もありゃしない」

ふとカズタカが後ろを振り向くと、スーツ姿のサラリーマンと思しき男がトイレの順番待ちをしていた。その男の背後に一瞬ちらりとやたら髪が長い男がいたような気もしたが、とにかくカズタカは急いで扉の中へ入り排便を済ますと、座席に戻った。ミシモとアヤは静かにアイスティを飲んでいた。だが、ホノカも戻るとアヤがまた息急き切って喋り出した。

「ねえ。みんなも。死なないよ。死なない。ベラブル様に護られるの。だから、ね。入ろう。入ろうよ。ね。入ろう。みんな幸せになれるよ。みんな。みんな。だから、入ろう。みんな死なないの。護られるの」

その様子を店長は営業スマイルも忘れこねくり回して団子になったすね毛のような表情を浮かべながら凝視していた。

「お気持ちだけいただきます」ミシモは冷静であった。

「俺、無神論…いや、強いて言えば不可知論者だから」カズタカは適当に嘘をついた。

「あたし平々凡々な日本人だから」言葉に一番嫌悪感を乗せたのはホノカだった。

宗教や摩訶不思議なパワーに頼りたい気持ちは三人にだってあった。しかし、第一印象というものがある。この宗教は、宗教に貴賎があるのならば賎であると判断せざるを得ない、思い込まざるを得ない、アヤの善意の押し売りであった。

「何よ!このウデムシの御守りが気に食わないの!?そんな目で見ないでよ!あんた達もあいつらと一緒ね!私はあなた達を救おうとしてるのに!蜘蛛に対抗出来るのはウデムシの姿で現出なされるベラブル様しかいないのに!いいわ。もういいわよ!あんた達なんか勝手に死ねばいいわ!腹を裂いて死ねばいいわ!」

アヤはぷくりと膨らんだ頬の内側の皮一枚を噛み破りながらそう喚くと、ずかずかした足取りで店を出ていった。店を出る時に、レジに居た店長と目が合うと、「お前もか!ウデムシに食い殺されろ!」と、暴言を吐いた。代金は払っていかなかった。

「さて、今日もカズタカのおごりで解散か」

このファミレスで、次に呆気にとられたのはミシモ達になった。

「いや、落ち着け尾形。俺はここ最近お前らと会うようになって気がついたことがある。それは俺達三人の中で一番金を持っているのは三人の中で唯一まともな職業に就いているお前だということだ。なあ鈴木」

「へ?だから何?レディファーストってもんがあるじゃない」

ホノカは無表情に呟く。

「いや、レディファーストってもんはだな、例えばレディファーストの根付いている国ってもんは往々にして女性のスポーツが弱いもんだ。北朝鮮だって女子サッカー強いだろ?だから」

「別に、あたし達アスリートじゃないし」

「いや、そういう意味でなくてな。俺が言いたいのは、レディファーストにみる女への、まあ言ってしまえば、時と場合に合わせて優しく扱ってやるから、男のやることに口出しすんじゃねえっていう封建時代的なさ、レディファーストってなもんは女性を社会的に弱くする為の体裁であって、それを建て前にして男にたかるってどうなの?女の沽券に関わらない?まして今や女性が強い時代だよ。かかあ天下の謂われじゃねえが、女が金を稼いで家計を支えることが珍しくもない時代に、貧乏人から金を搾取するのはどうなのよ。こんな言葉がある。封建社会は女を男にし、自由社会は男を女にする。言うなればこの世は」

金を出したく無いが為、たらたらと愚弁を弄し始めたカズタカに、

「要するに金を出したくないと?」

と、ホノカがぴしゃりと言った。

「あ、ああ。いやいや、だってほれ、また葬儀もあることだし、今かなりの金欠なんだ俺。財布の中にある一万と小銭が全財産なんだ」

「だから何?」

「だから、だから、俺今回はそれなりの金額を包みてえんだよ。それには今から節約を心がけなくては」

「また何か売ればいいじゃない。戸籍とか」

「おい」

「腎臓とか」

「おい!悪魔かお前らは」

たかられる男はどうせ死ぬなら次にしてくれと半ば本気で願った。

「じゃあ、そういうことで、追加で甘いもんでも食っていこうか」

「いいねぇ。甘いもんにはミラクルなパワーが宿っているといわれる」

「…わかったよ。もうどうにでもなれ、どうにでもしろ。いっそ殺せ。ひと思いに俺を殺せ。ブラゼル様だかベラブル様ぁ、俺を殺してくれ」

「その意気やよし。じゃあ、すいませーん」

あのウェイトレスの姿は見当たらない。ちょうど背中合わせの席で先程すれ違ったスーツ姿の男が暇そうに携帯をポチポチと弄くっている。

「うわ、キモ!ゲロゲロゲェ」

「最後のゲェは余計なんじゃないか語呂的に、だがどうした鈴木」

「ちょっとこれ見てよ」

ストロベリーサンデーの細長いスプーンをはみ直してホノカは携帯をミシモに渡した。

「まずは俺からじゃないのか流れ的に、だが予測の範疇であったことは否めない」

カズタカは独り言。

「うわぁ、ちょっとなにこれ。どうしたのこれ」ミシモも驚きを隠さなかった。ホノカに合わせたのではなく、本心から漏れた驚きであった。

「いやさぁ、さっきウデムシってアヤが言ってたから検索してみたら、これが出てきてさ」

「ウデムシねぇ。どれ……」

カズタカはもちろん、己の携帯電話を使って検索した。

「げ、なにこの生き物」

「げ」

「え?」

背中合わせの男が不意に発した驚きの声に三人は一斉にそちらへと顔を向けた。

「…ははは、いやぁ、すみません。聞き耳を立てていたわけではないのですが、つい私もす、み、みなさんにつられて、すみません。ウデムシ、ですか、はは、それを検索してしまいまして、ははは、こんな生物がいるのですねぇ、いやぁははは、お話に水を差してすみませんホント」

男はそう慌てた様子でまくし立てるととそそくさと帰り支度を始めた。

「いえ、そんな」

男の顔を見てミシモは既視感に襲われた。どこかで見た顔であった。どこかで、だが思い出せない。

男が清算を済ますと、

「あいつ、記者か?」

と、カズタカがぶっきらぼうに呟いた。

「私もそう思った」とミシモ。思い出せないものは目先の都合の事由へと結びつけられることは必定である。

「あたしのストーカー様が、あ、れ?あのキモカワイくないあれ?うわぁ二次元に逃避してぇ」

ホノカはやけになったのか、グラスの底に溜まったヘドロ状の生クリームとアイスクリームとストロベリーソースの混合液をぐいっと一気に飲み干した。

「しっかし、このまばらな店内でなぜわざわざ隣同士に座る?」

「いや、私達が来た時には既にいた気がする。だから、混雑時から取り残された三角州的なものと考えれば不思議ではない」

「野崎が来た時はどうだったんだろうな。ま、勘ぐり過ぎか」

「そ、そうよ。認めないあたし。あんな奴があんな奴が」

「そんな問題か?ところで、アヤはどうする?」

「何あんた、アヤを連絡網から外す気?」

ミシモの言う連絡網とは土師マユミの死後から再開された定期的に行われる空メールの送り合いである。

「いや、そんなつもりではないが」

「ああまで言われたらほっとくしかないでしょ。こっちからは繋がりだけ残してね。なんか、裁判で不利にならないようにしてるみたいで気に食わないけど。宗教対立の一端を見たわ」

「自分が絶対に正しいって思い込むと人間終わりだなぁ」

「あんたなんかそれっぽいけどね」

「おいおい、俺が一番信用しない人間がどういう類の人間か知ってるか?それは考えを変えない奴だ。世の中は一本筋の通った人間がもてはやされる傾向にあるが、それが世の中の求心力の発生源になっているが、しかし本当に信用出来る奴ってのは実はころころと意見を変える奴さ。もちろん、てめえの都合の良い方良い方にころころ変わっちまったらそいつはただの言い訳野郎だが」

「ホノカって確かレバー苦手だったよねぇ」

「うん、ホルモン系全般苦手ぇ」

「なぜ今急にそんな他愛のない話を!?」

この期に及んで馬鹿話しか出来ない三人の心中とは如何ばかりか。推して知るべし。

清算の段になり、死に体となった男がレジに向かうと、

「お代は結構です。前回頂戴致しましたから」

と、店長。

救いの神はここにいた。後光の差すむさいおっさん店長を見てカズタカはうっすらと涙目になり心の中で幾度も幾度も頭を下げた。が、

「そういうわけにはいきませんよ」

救いの神は破壊神尾形ミシモの出現により押し切られた。

ホノカはその様子を見てただただ楽しそうに満面の笑みを浮かべ手を叩ききゃははと笑っていた。ホノカはただ楽しかった。身に降りかかっている事態が緊張と緩和を生み出し、楽しさを引き立たせていたのかもしれない。

鈴木ホノカが水死体となって発見されたのは己タケハルの葬儀も終わらぬ一週間後のことであった。その腹は縦に裂かれていたが、肺からは川の水が検出された。死因は溺死である。そしてその“鈴木ホノカ殺人事件”の犯人はすぐに警察に捕まった。野崎アヤである。