アラクネ(20)~再投稿~ | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

アラクネ(20)~再投稿~

尾形ミシモには深い悲しみをあどけない怒りに代える理由があった。

配下に鈴木ホノカと武者カズタカを従え、向かうは例のファミリーレストラン。土師マユミ火葬の三日後。午後七時。火曜日。手にはゴシップ週刊誌。そして店内に目当てはいた。

「お、いたいた」

「ま、いなきゃ困る」

「怖いなぁ、一体どういう風に話せばいいんだ?」

「いくじなしは黙ってろよ」

来客を知らせる無機質な電子音が店内に響く。相変わらずまばらに埋まる席。

「いらっしゃいませ」

ミシモは誘導されるのを拒否するように無言でずかずかと喫煙席の一番奥の席へと歩を進めた。そのテーブルはミシモ達が最後に座った席であった。六人がけのテーブル。前回来た時と同じ陣形で席に着く三人。水が運ばれて来た。ミシモは水をさらに三つ要求した。

「三つか、誰の分になるんだ?」

「そりゃ、タケハルとマユミと、それにアヤでしょ」

「しかし、ヒロフミと菱山と土師ってラインも侮れないぜ」

「うるさい」

これから起こる修羅場を予期して少し浮き足立っているカズタカとホノカを叱るミシモ。カズタカはこのファミレスに良い思い出がまるでない。

「しっかし、こうも葬儀が続くと香典代も馬鹿にならんな。おれ買ったばかりのニャンテンドーMAX売って金つくったんだぜ」

「えっ、あたし今回払ってないよ」

「おい。そんなのありかよ。駄目だろ人として。せめて一万は用意するべきだ。つうか香典返しを」

「黙れ」

ミシモの中では今、獣が牙を剥いている。とてもじゃないが軽口は叩けない。やりきれぬ感情。どうしていいかわからぬ心のささくれ。モヤモヤ。一刻も早く自身の中に渦巻くこのモヤモヤを彼女に叩きつけたかった。それでマユミや自身が救われるわけではないことはわかっている。だが、そうせずにはいられなかった。

新たにコップが三つ運ばれて来た。運んできた見覚えのあるウェイトレスにちらりと目をやるとミシモは握りしめていた週刊誌をテーブルに、ストレス解消にパン生地を思いきり叩きつけるよう力一杯叩きつけた。どん、がしゃんがしゃん。店内に轟くレストランにありがちな音。テーブルの上にあったコップが倒れ、店員がテーブルに置こうとしたコップを手から落として割れた音。驚いて目を丸くしたのはホノカとカズタカもであった。しかし、二人はすぐに冷めた目に変わった。カズタカに至っては倒れたコップから流れて出る水が何故か全て自身の太ももに落ちてきているというのに、である。

「今週号におもしろい記事があってさ」とミシモは店内に漂う静寂に合わせ、静かに言った。

「ああ、おもしろい。珍しく興味深い記事だ」

「違うよ。間抜けな記事だよ。犯人すぐわかったじゃん」

ウェイトレスは全てを悟ったのだろう、下半身水浸しになっているカズタカに雑巾を渡す職務意識をも忘れ、真っ青な顔になった。

二人はミシモ程怒りややりきれぬ思いを抱え込んでいるわけではない。まして彼女に文句があるわけではないし、彼女に裏切られたという思いもない。言論の自由というものもある。しかし、それをわかっていてもなお、二人にだとて敵意はある。友の死を自己顕示欲に利用されたのだから当然である。彼女にはそれ相応の報いを受けてもらわなければ腹の虫が治まらない。

「犯人?、ま、正確に言うと“関係者”だけど。ちょっとすいませんけども関係者さん、じゃなくて店員さん。早くタオルか何か持って来てくれるよう誰かに言ってくれないかしら。ああ、あなたは動かないで良くてよ。動くと危ないじゃない。割れたガラスの破片で怪我したら大変だわ」

そう言ってミシモはテーブルの上で倒れているコップを優しく手に取ると店員の足下に投げつけた。がしゃん。また、レストランにありがちな音が店内に響いた。

「怪我したら大変」座った目でミシモは言った。

投げつけられたコップに脚を微動させたのはウェイトレスであったが、コップが割れた時すねに変な異物感を覚えても微動だにしなかったのはカズタカであった。ようやくといっていいだろう。他のパート店員が様子をうかがいに来ると、すぐさま踵を返し、店長を呼んだ。

「お客様、何かありましたでしょうか」

恰幅の良い四十男と思しき店長にそう言われた三人。

「とりあえず拭くものを貸していただけますか?」

カズタカが本音を吐露しながらも冷静に捌く。

「“相次ぐ怪死、仲良しグループに降りかかった呪い”、ねえ」

そう言ってミシモは再度コップを手に取った。びくん、と体を震わしたのは、カズタカ。

ミシモはそのコップに残った水をゆっくりと飲み干して、ことり、と静かにテーブルに立て直した。ほっと一安心したのは、カズタカ。

「びっくりしたよね。あたし達のことが記事になるなんてさぁ。まるで有名人ねあたし達」と笑顔で言ったのち下を向いたホノカは「誰かさんがたれ込んでくれたからね」とドスの利いた声で呟いた。

「ゆ、有名な事件ですからねぇははは」

三十女のウェイトレスはごまかし通す決心をしたようだが、時既に遅し。

「この記事にさぁ、関係者談って出てくるじゃない?まるでなんもかんもあたし達のこと知ってるみたい。おかしいなぁ、ここでしか、こんなこと話してないのになぁ」

ホノカがいやらしく尋問にかける。

「さ、さいでございますか」ウェイトレスは心ここに在らず。

「喋り過ぎたよ、関係者って名乗ってる彼女。私ですって言ってるようなもんだ。あの日あの時の場面、シチュエーション、俺は覚えてるよ。写真みたく覚えてる。店員の胸につけてる名札まで覚えてる。あの時ウェイターしてたのはムラヤマっていう若い男と、タカハシっていうこれまた若い男と、あー、あと一人居たなぁ、あれ?忘れちまった。おかしいなぁ。あっと、なんだっけかなぁ」

三十女の顔をねめつけてから視線を下に移すとカズタカは、

「あー、そうだそうだ。そんな名前だったっけ」

と、ねちっこい眼差し。動機をさておくと腐った女みたいな奴である。

「ほ、ほほほ、なぜその関係者は女性だとおわかりになられたのですかぁ」

「おわかりになられたってのは正解おめでとうって受け取っていいのかしら」

もちろんミシモには関係者がこいつだという確証こそ得ていないが確信に足るものは得ている。何故なら、

「いえ、そんなつもりでは」

「確かに、記事の中では個人を特定出来ないような配慮が見られるけど、あたし達は呪いだなんだだなんてここでしか話してないし。みんなで集まったのここだけだし。なによりさ、あー、笑っちゃう」

「ああ、まったくその通りだ」

「だから言ったでしょ。間抜けだって」

「ふふ。だってさ、関係者談の中にさ、私達がどんな人達だったか訊かれたんだろうね。ふふふ。こいつらのことでしょ。“かっこいい男の子達”って」

「全然かっこよくないのにね!にゃはは」

「いや、鈴木、否定はしないがそこじゃないだろ笑うところは。男の子の方だろ」

とのこと。

「だから何だってのよ!いいでしょ別に減るもんじゃなし!」

どうやら三十女は開き直ったみたいで、きぃーっとなった。

「あらあらまあまあ、やっぱりあなたでしたか。実は私達もあなたじゃないかなぁって思ってたんですけど証拠がいまいちで。自白してくれて助かりました。そうですかやっぱりあなたでしたかそうですか、あ、ちょっとそっちの席まで来てもらってよろしいですか?ガラスの破片で怪我したら大変ですからね」

ミシモがウェイトレスに変形足四の字固めを決めてカズタカや店長の制止を振り切りごろごろと、安全な、床を思うがままに回っている一方その頃、己タケハルは仕事場である寿司屋で寿司を握っていた。