アラクネ(18)~再投稿~
「めじねえき?」
マユミはわけのわからぬ言葉をつい阿呆みたく繰り返し口に出してしまった。
「お前の言葉さ。めじねえき。知らん。俺は知らん。めじねえきめじねえき」
「ああ、そうですか」
他愛のないことこの上ない会話。どこまで続くのかと思いきや、ミシモは舵をきった。
「お前ら八人は死ぬ。あと六人さ。みんな腹を裂いて死ぬのさ。前回俺が殺したのは七人さ。俺も含めて八人さ。お前ら死んで俺みたくなるのさ。アラクネ様の脚になるのさ」
「八人が死ぬ?アラクネ様?なにそれ、嫌な夢、起きれないのかな」
あまりに突然の宣告であった、というよりも、事態を理解しきれぬ女はおもむろに自らの頬を殴ってみたが疼通が残るばかりであった。その様子を見ていたミシモが、一段としわがれた声で、
「目覚めることも叶わぬ夢さ」
と、言った。
マユミはあくまでも、
「なんでよ。私の見ている夢でしょうに」
そう主張した。
「お前の見ている夢。そう。これはお前の夢。しかし借りているのは俺さ。この夢は俺の部屋さ。暗い黒い明るい部屋さ。ああ、カスパー・ハウザーは死ぬ前に何を思い出していたのだろうか。そしてこの部屋から出た俺はどうなるのだろうか。アラクネ様アラクネ様。麗しきアラクネ様よ。おお、土師マユミよ、お前はこれから死ぬ。腹を裂いて死ぬ」
「あの、なにやら恍惚として喋っているところ悪いのですが、私もう寝たいんですけど。最近疲れてるんで」
夢の出来事であると断じながらも、マユミは怖くなった。早く現実に戻りたかった。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヴァ」
ミシモの姿をしたものはくるくると回りながら大きい声と小さい声を足してルート記号をつけたような、割り切れぬ声を部屋に響かせた。
「ああもう、うるさい!黙れ!死なない!私は死なない!」
ぶん殴って野郎とマユミがミシモに近付くと、
「夢では思った通りに動けないのだろう?」
とても冷たい口調でそう言うと、ミシモはすっと消え、代わりに見たことも無い男が現れた。中肉中背のボロを纏った背虫男だった。その顔は芋虫を石で潰したかの如く、ひどくただれていて、それでいて捉えようの無い顔をしていた。
「よおぉ。久しぶりだぁなぁ」
「なんなの!?あなたなんか知りませんけど」
後ずさって椅子に躓き、結果腰掛ける格好となったマユミ。男は尚もマユミに話しかける。
「知らない?知らないのか?そういや俺もお前を知らないな。おおう。おおう」
「なに」
「これは困ったぞ。おおう。おおう。これは困った。困ったぞ。困ったし困ったことにも困ったぞ。ああ、おおう。駄目だ。俺は駄目なんだ」
「はあ!?どっか行ってよ!」
「俺は困ると背中が開くんだ。卵を抱えているからね。おおう。駄目だ。駄目だぁ。開く開くらくらくらくらくらくらく。おおう。おおう」
身悶えたかと思うと、男は急に纏っていたボロを捨てて裸になった。異様な姿だった。中でも異様なのは、見たこともない細長い性器が床を這い、マユミの足下まで伸びていたことだった。
「おおう。踏んでくれ踏んでくれ踏んでくれ。それを踏んでくれえぇ。この苦しみを解き放ってくれえぇえらえらえらえらえら」
男が哀願する。
うわあぁ、恐怖のあまりまさしく無我夢中になってマユミは男の言うとおり、この世ならざるその先っぽを踏みつけた。
「ぎしゃくわかぁ」
言葉にならぬ叫びを挙げ、背虫男は一切の動きを止めた。すると、ぼとぼとと音がして、背虫男の足下にアルビノ生物の肌のように黄色い握り拳大の玉がいくつもいくつも溜まっていった。
「産まれたよぉ、これは産まれたよぉ。アラクネ様の好物が産まれたよぉ。みんな食われる食われるれるれる。吸われる焼かれる焙煎されるぅ。俺に産みつけられた奴らの卵だよぉ」
「な、なんなの!?」
「俺はガキの頃よぉ。アカトンボを殺したんだよぉ。何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も。飽きもせずに毎年よぉ。あいつら馬鹿だからよぉ。何匹だって捕まるんだ。道路一面トンボで埋め尽くしてよぉ。爆竹抱かせて飛ばしたりよぉ。蜘蛛の巣に投げ入れたりよぉ。殺したぁ。俺は殺したぁ。お前知ってるか?オニヤンマに頭からアカトンボ食わすと、あいつら尻から卵産むんだぜえ。へっこんだ目玉で卵産むんだぜえ。頭の無い体で卵産むんだぜえ。爆竹が破裂すると首ちょんぱになるんだぜえ。でも俺の一番お気に入りの殺し方はこうさ」
「やめてよ!聞きたくない。どっか行きなさいよ!」
マユミの懇願は、
「俺には選べないぃ。俺には選べないぃ」
と、にべもなく断られた。さらにもはや背虫ではない男は続ける。
「俺は殺したんだよぉ。羽を持ってよぉ。二枚ずつずつずつつつ持ってよぉ。引き裂くんだ。引き裂いて。真っ二つだぁ。簡単に引き裂けるんだあいつら馬鹿だからよぉ。裂けやすい体なんだあいつら馬鹿だからよぉ。肉が見えてるのによぉ。それでも生きてるんだあいつら馬鹿だからよぉ。飛ぶよ飛ぶ飛ぶ。なはは。生きてるんだあいつらよぉ。俺みたいによぉ馬鹿みたいによぉ。お前は腹を裂くんだろお前らが殺した蜘蛛みたいによぉ」
不意に男は後ろを向いた。背虫は破れ、真っ二つに開いた背中。少し黄土色をした肉がびくびくと踊っていた。
「イヤ」
マユミは可憐な乙女のように手のひらで目を覆った。とても先程男性器を踏みつけた女だとは思えない。
「見てくれよぉ。俺のみてくれ見てくれよぉ。アカトンボの奴らの肉はシーチキンみたいでよぉ。薄茶色のシーチキンみたいでよぉ。うまそうでよぉ。なあ、俺の背中もシーチキンみたいかあ?わからないんだよぉ。どんなに首を回しても自分の背中が見えなくてよぉ。シーチキンみたいかあ?なあ、シーチキンみたいかあ?確かめてくれえぇえらえらえらえらえら」
そう言いながら、ふっと背虫男は姿を消した。
「わかったかい?」
するとすぐに、入れ代わりで現れたミシモが問い掛けた。声は変わらず嫌な声の、である。
「いや、そんなこと言われても、何も」
わけがわからないながらも、マユミは変に冷静に答えた。
続
マユミはわけのわからぬ言葉をつい阿呆みたく繰り返し口に出してしまった。
「お前の言葉さ。めじねえき。知らん。俺は知らん。めじねえきめじねえき」
「ああ、そうですか」
他愛のないことこの上ない会話。どこまで続くのかと思いきや、ミシモは舵をきった。
「お前ら八人は死ぬ。あと六人さ。みんな腹を裂いて死ぬのさ。前回俺が殺したのは七人さ。俺も含めて八人さ。お前ら死んで俺みたくなるのさ。アラクネ様の脚になるのさ」
「八人が死ぬ?アラクネ様?なにそれ、嫌な夢、起きれないのかな」
あまりに突然の宣告であった、というよりも、事態を理解しきれぬ女はおもむろに自らの頬を殴ってみたが疼通が残るばかりであった。その様子を見ていたミシモが、一段としわがれた声で、
「目覚めることも叶わぬ夢さ」
と、言った。
マユミはあくまでも、
「なんでよ。私の見ている夢でしょうに」
そう主張した。
「お前の見ている夢。そう。これはお前の夢。しかし借りているのは俺さ。この夢は俺の部屋さ。暗い黒い明るい部屋さ。ああ、カスパー・ハウザーは死ぬ前に何を思い出していたのだろうか。そしてこの部屋から出た俺はどうなるのだろうか。アラクネ様アラクネ様。麗しきアラクネ様よ。おお、土師マユミよ、お前はこれから死ぬ。腹を裂いて死ぬ」
「あの、なにやら恍惚として喋っているところ悪いのですが、私もう寝たいんですけど。最近疲れてるんで」
夢の出来事であると断じながらも、マユミは怖くなった。早く現実に戻りたかった。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヴァ」
ミシモの姿をしたものはくるくると回りながら大きい声と小さい声を足してルート記号をつけたような、割り切れぬ声を部屋に響かせた。
「ああもう、うるさい!黙れ!死なない!私は死なない!」
ぶん殴って野郎とマユミがミシモに近付くと、
「夢では思った通りに動けないのだろう?」
とても冷たい口調でそう言うと、ミシモはすっと消え、代わりに見たことも無い男が現れた。中肉中背のボロを纏った背虫男だった。その顔は芋虫を石で潰したかの如く、ひどくただれていて、それでいて捉えようの無い顔をしていた。
「よおぉ。久しぶりだぁなぁ」
「なんなの!?あなたなんか知りませんけど」
後ずさって椅子に躓き、結果腰掛ける格好となったマユミ。男は尚もマユミに話しかける。
「知らない?知らないのか?そういや俺もお前を知らないな。おおう。おおう」
「なに」
「これは困ったぞ。おおう。おおう。これは困った。困ったぞ。困ったし困ったことにも困ったぞ。ああ、おおう。駄目だ。俺は駄目なんだ」
「はあ!?どっか行ってよ!」
「俺は困ると背中が開くんだ。卵を抱えているからね。おおう。駄目だ。駄目だぁ。開く開くらくらくらくらくらくらく。おおう。おおう」
身悶えたかと思うと、男は急に纏っていたボロを捨てて裸になった。異様な姿だった。中でも異様なのは、見たこともない細長い性器が床を這い、マユミの足下まで伸びていたことだった。
「おおう。踏んでくれ踏んでくれ踏んでくれ。それを踏んでくれえぇ。この苦しみを解き放ってくれえぇえらえらえらえらえら」
男が哀願する。
うわあぁ、恐怖のあまりまさしく無我夢中になってマユミは男の言うとおり、この世ならざるその先っぽを踏みつけた。
「ぎしゃくわかぁ」
言葉にならぬ叫びを挙げ、背虫男は一切の動きを止めた。すると、ぼとぼとと音がして、背虫男の足下にアルビノ生物の肌のように黄色い握り拳大の玉がいくつもいくつも溜まっていった。
「産まれたよぉ、これは産まれたよぉ。アラクネ様の好物が産まれたよぉ。みんな食われる食われるれるれる。吸われる焼かれる焙煎されるぅ。俺に産みつけられた奴らの卵だよぉ」
「な、なんなの!?」
「俺はガキの頃よぉ。アカトンボを殺したんだよぉ。何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も。飽きもせずに毎年よぉ。あいつら馬鹿だからよぉ。何匹だって捕まるんだ。道路一面トンボで埋め尽くしてよぉ。爆竹抱かせて飛ばしたりよぉ。蜘蛛の巣に投げ入れたりよぉ。殺したぁ。俺は殺したぁ。お前知ってるか?オニヤンマに頭からアカトンボ食わすと、あいつら尻から卵産むんだぜえ。へっこんだ目玉で卵産むんだぜえ。頭の無い体で卵産むんだぜえ。爆竹が破裂すると首ちょんぱになるんだぜえ。でも俺の一番お気に入りの殺し方はこうさ」
「やめてよ!聞きたくない。どっか行きなさいよ!」
マユミの懇願は、
「俺には選べないぃ。俺には選べないぃ」
と、にべもなく断られた。さらにもはや背虫ではない男は続ける。
「俺は殺したんだよぉ。羽を持ってよぉ。二枚ずつずつずつつつ持ってよぉ。引き裂くんだ。引き裂いて。真っ二つだぁ。簡単に引き裂けるんだあいつら馬鹿だからよぉ。裂けやすい体なんだあいつら馬鹿だからよぉ。肉が見えてるのによぉ。それでも生きてるんだあいつら馬鹿だからよぉ。飛ぶよ飛ぶ飛ぶ。なはは。生きてるんだあいつらよぉ。俺みたいによぉ馬鹿みたいによぉ。お前は腹を裂くんだろお前らが殺した蜘蛛みたいによぉ」
不意に男は後ろを向いた。背虫は破れ、真っ二つに開いた背中。少し黄土色をした肉がびくびくと踊っていた。
「イヤ」
マユミは可憐な乙女のように手のひらで目を覆った。とても先程男性器を踏みつけた女だとは思えない。
「見てくれよぉ。俺のみてくれ見てくれよぉ。アカトンボの奴らの肉はシーチキンみたいでよぉ。薄茶色のシーチキンみたいでよぉ。うまそうでよぉ。なあ、俺の背中もシーチキンみたいかあ?わからないんだよぉ。どんなに首を回しても自分の背中が見えなくてよぉ。シーチキンみたいかあ?なあ、シーチキンみたいかあ?確かめてくれえぇえらえらえらえらえら」
そう言いながら、ふっと背虫男は姿を消した。
「わかったかい?」
するとすぐに、入れ代わりで現れたミシモが問い掛けた。声は変わらず嫌な声の、である。
「いや、そんなこと言われても、何も」
わけがわからないながらも、マユミは変に冷静に答えた。
続