アラクネ(12)~再投稿~ | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

アラクネ(12)~再投稿~

「書き初めはこうだ。“カズタカ君。この手紙を君が読んでいるということは、既に僕はもうこの世にいないのだろう。なんて、ありきたりなことを書いてみたけど今から大事なことを書き残すから、あきれずに最後まで読んで欲しい。たとえ僕がどんな死に方をして、世間からどんな判断を下されようとも、僕が今から書くことだけは信じて欲しい”だ」カズタカはまるでシェイクスピアの一節を吟じるように朗々と語った。

「そうだった。私達のも」

「うん」

マユミとホノカが反応する。

「そんなことはどうでもいいんだけど、あの遺書の内容に問題があるとすれば、あの遊びの部分ね」

どうでもいい、そうか、そうかそうか、どうでもいいか、俺が言ったことはどうでもいいんだな。結構長いこと言ったのに。そらで暗記してたのに。カズタカはもはや虚ろと化した。そんなカズタカに気付く者は居らず、当然ミシモは話を続ける。

「どう思う?悪いけど普通に考えればヒロフミの遺志と反して典型的な精神に異常をきたした人物の夢物語の押し売り、という印象ね」

「あの…蜘蛛遊びのくだりか」

タケハルが応える。

「普通、遺書に、あんなこと、書かない」ホノカが鼻声でつまりながら言う。

「そう、普通あんなこと書かない。だから問題なのよ。全体的におかしいっていう、異常者が書くような支離滅裂な、いかにもお花畑で歌をうたってます的な文章ではなかった。だけど、なぜあの遊びのことをわざわざ私達に言い遺したのか。自分が死ぬことを意識してる人間が。大した思い出でもないのにさ。その後のカズタカの行動、蜘蛛遊びをした神社の前であんなことしたことを考えれば、私は」

ミシモが言い切る前に、
「あいつが異常者だ、とは俺は考えられない」

と、タケハルが釘をさした。少し間を置くと、

「俺とヒロフミと、それとカズタカは一ヶ月前、クリスマス前に一緒に飲んだ。その時は普通だった。その前だって、俺とヒロフミ、それにカズタカとでちょくちょく飲んでたが、ちっともそんな気はなかった。人間ってのはそんな短い間に壊れちまうもんなのか?」

と言い、カズタカはタケハルの言い種に怒るべきかどうか悩んだ。

「やっぱり、呪いなんだ」力無く、アヤが言った。

「野崎、そんなものあるわけないじゃないか」タケハルが落ち着いた口調でアヤに言うと、

「何よ!あんたの言ってることは矛盾してるじゃない!」

アヤは突然、ドン、とテーブルを叩きつけ、語気を荒げた。聞き耳を立てていた店員はびくりとして、緑色の雑巾でテーブルを拭いていた手を止めた。カズタカもびっくりして、タケハルの言い種のことはどうでもよくなった。

「あいつは狂ったのよ!カナコも狂ったの!狂い死んだのよ!そう言ってよ!そう断言してよ!してみせなさいよ!」店内にアヤのひび割れた声が響く。

「…してみせてよ…どこを探しても見つからないのよ…狂ったって言ってよ…ただの狂った奴らだって………」

そしてアヤはしおれた。ミシモがそう導き出そうとしたように、アヤの言葉はそうであって欲しいという皆の心の奥底にある願望を代弁したものであった。ヒロフミの精神異常を否定したタケハルも、である。

「なるほど、確かに」

「てめえ!何言ってんだ!」

タイミング悪く二つの意味でイカンな発言をしてアヤ以外全員からシンクロした罵声を浴びせられたカズタカ。心の奥底でそうであって欲しいと望んではいるものの、揺れ動く精神の振り子は自然に揺れが収まるまで時間をかけて待たなくてはならないもので、途中、楔を打ちこむことは許されない。しかし、カズタカは必死に顔の前で手を振ると、

「いや、いやいや、違う。そんなんじゃない。今回ばかりはちゃんと聞いてくれ、違うんだ。聞いてくれ」

と、哀願した。

「なんだよ」と、少し意外な顔をしてタケハルが言う。

「聞いてくれ、いいか野崎、この世に呪いなんてものは無い」

そう言われても、アヤは全く聞いている素振りを見せていない。

「くっ、いいか、呪いなんてそんな摩訶不思議なパワーなんてありゃしないんだ。ありゃしない」
カズタカは視線をテーブル対面のアヤから対面の者全体に変えた。

「あるのは人間の意志だけだ。意志が悪意であった場合、その悪意を感じたり物的証拠を見たりして気分を害すということが、いわゆる呪いだ。さっき土師が言ったプラシーボ効果がそれだ。単なる人間の思い込みの成せる力で、呪いなんて不思議パワーはありゃしない。ま、単なるっつっても厄介なやつだが、所詮は心のもちようさ。確かにヒロフミの遺書には、呪われた、みたいなことが書かれてた、たぶん。でもそんなものは無いよ。ありゃしない。この点に関して、ヒロフミは確かにとち狂っていた。ありゃしないんだからな。ありゃしないんだ」

カズタカはわざと「ありゃしない」と連呼している。それでアヤが救われるのならと本気で思っている。ちらりとアヤを見やるが、南無三。

「…一見して不可思議な事件だが、この件は菱山のことも含め科学的見地から解決出来る。まずヒロフミは何か思うところあって自殺した。ずいぶんとえぐい死に方だが。そしてやっぱり菱山も何か思うところがあって自殺した。以上だ」

「なにそれ。全然科学的でもなんでもないし解決もしてないじゃん。そもそも自殺する理由が見当たらないから困ってるわけで」

ツッコミ、というよりも好奇心からくるホノカの指摘。

実のところカズタカはこの一連の件についてあまり深く考えがまとまっていない。アヤやホノカのように態度にこそ出していないものの同じような混乱の渦中にいる。今話していた話も、アヤを元気づけようととにかく喋り出した、以上のものはなく、そのアヤに無視されている為引くに引けず、否、この話の引き方がわからずにペラペラと詭弁妄弁にもならぬ愚弁駄弁を弄してしまっただけである。従って、解決してないだろ、と、言われても、困る。こういう場合は相手の核心をえぐって相手がひるんだ隙にささっと逃げるに限る。

「起こったことだけを見ればいいんだ。それ以上のものは無いんだ。それに鈴木、お前はそう言うが、何故に理由が無いと言える?俺達はとてもじゃないがヒロフミの全てを知ってるとは言えないぞ。俺達は俺達以外のあいつの人間関係さえ知らない、なあタケハル?」

「俺は結構知ってるけど」

「…うん、鈴木お前はどうだ?」カズタカはタケハルの返事を無かったことにした。

「菱山の全てを知っていてそれで、無い、と言っているのか?」

「それは、そうだけど」

えっ、その「そうだけど」はどっちの「そうだけど」?知ってるの?知ってないの?あやふや、あやふやだよ鈴木ぃ。カズタカの背中に冷たい汗が滴り落ちる。

「…だろ?」カズタカはすました顔でそう言ってみた。

「でも、全てを、知らなくたって、生きるか死ぬかぐらい、わかるよ」

よし。ついに泣き出してしまいそうなホノカを前に、カズタカは心の中でガッツポーズを決めた。それは見覚えはあるが誰だか思い出せない人物から親しげに挨拶された時に、うまく相手の個人情報を引き出した時のような達成感に似ている。さあ、今だ、逃げよう。しかし、

「あんたの言ってることは“悪魔の証明”ってやつ。この宇宙に人類の他に知的生命体がいることもいないことも証明出来ないのと一緒。知ってるとか知らないとか、全てを知っているかって訊かれたら、そりゃ全てを知っているとは理性的な人なら答えないでしょ。占い師か詐欺師の手口と一緒。まったく。何言ってんの?何言わせてんの?最悪。人として最低。ホノカ、あんな奴の言ったことは気にすることないんだよ。あとでみんなで変な声だすまで殴ろう。だからさ、ね?」

ミシモに怒られ呆れられあまつさえの殴打予告、男武者カズタカ二十三にして立つ瀬無し。