アラクネ(10)~再投稿~
再度の出棺が行われ、亡骸を乗せた車は斎場の敷地を、儀礼的とはいえ目と鼻の先の距離をちょこっと進んだ。焼き上がりを待つ間、今度は本格的な昼食が用意されていた。
そこは部屋の奥に上がり間の畳敷きになっている。カズタカは部屋を一瞥すると迷うことなく上座の、明らかに遺族達が座る一角に座し、それに無言でタケハルも続いた。結局、上座の一角はヒロフミの両親との不可解な四人の塊になった。マユミ達は戸口あたりは下座も下座、そこに陣取った。大して広いスペースではないが、少ない列席者には広すぎる部屋にぽつんぽつんといくつか人間の塊が出来た。後にカズタカは上座に座った理由を、
「いやぁ、ここだけの話、なるべく目立たないよう奥の隅っこに座ったらさ、いやまったく。焦ったね。すっかり上座下座なんか忘れてた。気がついた時には、時既に遅し。気まずかったなあ。凄い後悔してる」と、言い放った。どうやらそれは本心で、上座に座ったのは決して義侠心や哀悼の意、弔問客の少ないヒロフミの両親を気遣った訳でもなく、単なるケアレスミスだったようである。タケハルはまっしぐらに上座へと歩を進めたカズタカに、何かある、と感じ、続いたとのこと。結局カズタカに何か思惑があったわけでもなく、非常にがっかりしたとのこと。
この雰囲気なら。
献杯が済むと、マユミはアヤに謝った。静かに素直に謝意を述べる。ここぞとばかり、しんみりしている周りの空気を利用するという計算も働いた。その謝罪はマユミの計算通り、受け入れられた。安心したマユミがコップに注がれたビールをぐいっと飲み干すと、アヤに睨まれた。
焼きが終わった知らせが入ると、それぞれ炉の前に集まる。遺骨を骨箸で拾うからだ。向かう道すがら、マユミは何とはなしに外へ出た。暖房の為かビールの為か、少し火照った顔に突き刺さる冬の冷たい空気がとても心地よかった。マユミは雪の降り注ぐ灰色の空を見上げた。安い眼鏡に雪が当たり、ゆるゆると溶けていく。そんなマユミの視界に、目に水が入った時などにたまに見えることがある、昔理科の教科書で見たアオミドロの拡大図のようなものがたらたらと縦横無尽に流れた。それは眼球内の体液の流れがレンズに何らかの異変が生じた時に見えるものである。例えば、目に入った雨、メガネについた水滴、涙。見上げた空は一面灰色で、煙突から出たであろう煙を認識出来なかった。この時代、煙になって空へ昇ることなどもうないのかもしれないが。
斎場の人間が粛々と遺骨を頭蓋骨とそれ以外に分け、マユミ達の作業が始まった。初めて人骨を目の当たりにしたマユミは、それに色がついていることに驚いた。棺に入れられた花々の色素が焼き付けられて伝染ったのであろう、赤、緑、黄色、色とりどりの薄いチョークのようであるその様は、遺骨を彩る化粧のようで少しロマンチックでもあった。水分の無くなった遺骨は骨箸を通して、乾燥したカルメ焼きのような、軽石のような、陶器の割れた面のような、肌触りの悪いがさついた感触で、おかしいかな、それはマユミの歯へとダイレクトに伝わった。とても嫌な感触だ。アルミ箔を噛んだ時のよう、背中の産毛が逆立つ。
最後に頭蓋骨を骨壷に納め、封印し、葬儀は終わった。その瞬間、ヒロフミの母親がとうとう壊れた。今まで、涙も枯れ果てた呈をしており、感情という感情が死んだが如く、不気味な程静かに佇んでいたのだが、うおぉうおぉ、と、その小さな体のどこから出ているのかと思う、鈍牛のような低音で泣き喚いた。もはやそれは人の声ではなく、地獄の門番が死者を呼ぶ声のようであった。狂い泣き、膝は折れ、髪を引きちぎり、真珠のピアスを引きちぎり、止めようとする夫を払いのけ、耳から振り飛んだ血でところどころ赤く染まった顔を殴り、夫の腕に噛みつき、歯が折れ、口周りを真っ赤に染め、隙あらば床を正拳に握った拳で叩く。ぐちゃぐちゃである。それを見ていた列席者の一人の赤い顔をした中年男が、「遺伝したんだな」、と、呟いた。それを聞いてしまったミシモとカズタカはその男を睨みつけた。男は「ああ、うむ」と、言うと、スタスタと場を後にした。
係員と夫がなんとか、狂い叫ぶ妻を昼食をとった控え室に連れ込むんだ。この混乱の発生源である母親に呼び留められているマユミ達は帰るわけにもいかず、無言のままロビーでただ時が過ぎるのを待っていた。カズタカとタケハルは係員と共にヒロフミの父親に付き、部屋の前で待機している。親戚でもない彼らが父親に付かざるを得ない程、人が居ないのだ。
「混乱に乗じて、あのおっさん殴っときゃよかったな」
雰囲気を変えようと、ミシモが先程の無礼な男のことを話すと、
「じゃあ、今から一緒に殴りに行こうか、って、ははは」
と、マユミが力無く笑う。
「あんたらこの場でよくそんなことが言えるわね」
アヤが人非人に対して言うが如く、心底蔑みを込め、吐き捨てるように言った。その眼はうっすら涙が溜まっている。勿論、ヒロフミの死によるものではなく、この騒動の衝撃からくるものである。
「ああ!?てめえ、ふざけんなよ!いい子ぶりやがってよぉ!お前なんだよ!この場にふさわしくないのは!みんな頑張ってんのにお前だけどこに居るんだ!」
アヤの言いように、ミシモがキレた。決して喧嘩っ早いミシモではないが、あまつさえお世辞にも喧嘩が強いと言えないのだが、侮辱されたと感じた時には誰であろうと向かっていくのがミシモである。アヤに近付くと、左手で胸倉を掴み、右手を弓なりに引いた。その拳は握りしめられている。グーで殴る気だ。
マユミが、一発殴ったら止めよう、と、妙に冷静に状況を観察していると、突然視界に黒い大きな物体が現れ、ミシモに抱きつくような体当たりをした。カズタカだ。勢い余ったカズタカは、それでも器用に、ミシモを抱きかかえながら背中から落ち、ミシモと繋がっていたアヤも巻き込まれ、三人の人間の塊はくるくると二回、床の上を転がった。
「待て待て、それはまずい。普段なら他人の厄介ごとは歓迎なんだが、今日はもうややこしさが渋滞してる。ていうか、大丈夫か?」
カズタカは半笑いで、寝っ転びながら尚アヤを蹴ろうとしたミシモを制した。アヤはへたり込んだまま、だらだらと涙をこぼしている。
「なんなのよ!」アヤは立ち上がると同時に叫んだ。
「ここは一つ、私を殴って怒りをお治めください」その横からマユミが場に似つかわしくない飄々とした態度で割って入った。ミシモの様子を観察し、どうやらキレた状態から脱したようであると判断したからである。マユミにしてみれば、ミシモを満足させるための、劇場第二幕が開いた、といったところか。
「あんたのせいよ!」
「ええ?私ですか?」
何かの犯人に指名されたマユミが心許なげにそう言うやいなや、バチッ、錯乱状態にあるアヤは思いっきりマユミの頬をひっぱたいた。マユミは殴られ慣れている。酔っ払った翌日、迷惑をかけた女友達にボコボコにされたこともある。それに女子校時代、ミシモとプロレスにはまり、連日の如く昼休みの教室でプロレスごっこをしていた時期もある。プロレスは相手に手加減を加えるものだが、まだマユミ達がプロレスをリアルな格闘技だと思っていたということもあり、また、総じて素人の行う「プロレスごっこ」はガチンコで行われるものである。朝の貴重な時間に長時間かけて大事にセットした髪の毛がぐちゃぐちゃになる闘いを連日やっていたのだ。目から火がでる殴り合いを連日にわたり飽きることなくやっていたのだ。ひっぱたかれる耐性は十分持っていた。
「うーん、私のせいかぁ?」ひっぱたかれた頬に手をあてながらマユミが言った。痛いことは痛いが、マユミにショックは無い。冗談で言ったのだが本当に殴られる準備も出来ていた。
「あんたが変なこと言うからぁ」ひくひくとしゃくりあげながらアヤが言った。アヤの言い分では、事の火蓋を切ったその責任はマユミにあるらしい。
「あー、ま、なんだ。各人言いたいこともあるだろうが、今日はもう帰れ」
マユミの登場により序破急でいうところの破に陥った現状をなんとか結ぼうと、カズタカがズボンを、ぱんぱん、と二回はたきながら言った。
「っと、その前に」
カズタカは内ポケットから六通の封筒を取り出した。表には筆ペンで書かれたであろう達筆な字で、マユミ達それぞれの名前が宛名書きされている。
「あっ、何それ?」ホノカが興味津々で身を乗り出した。
「鈴木、お前はバカ犬か?はたまた三歩歩いたら全てを忘れる鶏か?この現場を前に、なぜそこまで精神の急ハンドルをきれる?」
「あっ、そうか、ごめん」ホノカはそう言うと、ひょこりと首をすぼめて一歩下がった。
「まあいいけどさ。それで、おばさんがお前らを呼び留めたのはこれを渡すためだ。ヒロフミからの遺書的なものらしい」
「なんだ遺書か」
「ホノカ!」カナコがホノカの頭を叩く。
「ごめん」
「もはや凄いとしか言えねえなお前は。しっかし、ま、あれだ。そうだそうだ。お前ら帰れ。俺達はまだ少し残る。何かあったら俺かタケハルに連絡してくれ。ま、言っても、特に何も無いだろうけどな。じゃあ、仲良くしとけよ」
言い終わるとカズタカはマユミ達にその書状を渡し、呆れているのか楽しんでいるのか、半笑いした表情を浮かべ階段を昇って行った。アヤが一人先に斎場を出て行くと、じゃあね、と言葉少なく別れの挨拶を済まし、カナコとホノカはアヤを追った。残された形になったミシモとマユミ。
「しっかし、しっかし、ま、あれだな。二人してアヤとの関係が泥沼になっちまったな」
ミシモがカズタカの口調を真似て笑った。
「なはは。しっかし、アヤ達何に乗って帰るんだろ?同じ電車に乗ったら気まずくない?」これはそのことを心から心配しているのではなく、マユミの誘い水である。
「どっかで甘いものでも食べようか」ミシモはそれに応えた。
「決まりでしょ。今日は色々ありすぎた。昨日からかな」
「無理してでも甘いもの食わなやってられない。懐には厄介なものもあるしさ」
「あー。わかるわかる」
決して苦い顔をしないよう、笑い合いながら二人も斎場を後にした。降りしきる雪の中、なんでもいい、甘いものを食える場所を目指して。
次の日、菱山カナコが死んだ。
続
そこは部屋の奥に上がり間の畳敷きになっている。カズタカは部屋を一瞥すると迷うことなく上座の、明らかに遺族達が座る一角に座し、それに無言でタケハルも続いた。結局、上座の一角はヒロフミの両親との不可解な四人の塊になった。マユミ達は戸口あたりは下座も下座、そこに陣取った。大して広いスペースではないが、少ない列席者には広すぎる部屋にぽつんぽつんといくつか人間の塊が出来た。後にカズタカは上座に座った理由を、
「いやぁ、ここだけの話、なるべく目立たないよう奥の隅っこに座ったらさ、いやまったく。焦ったね。すっかり上座下座なんか忘れてた。気がついた時には、時既に遅し。気まずかったなあ。凄い後悔してる」と、言い放った。どうやらそれは本心で、上座に座ったのは決して義侠心や哀悼の意、弔問客の少ないヒロフミの両親を気遣った訳でもなく、単なるケアレスミスだったようである。タケハルはまっしぐらに上座へと歩を進めたカズタカに、何かある、と感じ、続いたとのこと。結局カズタカに何か思惑があったわけでもなく、非常にがっかりしたとのこと。
この雰囲気なら。
献杯が済むと、マユミはアヤに謝った。静かに素直に謝意を述べる。ここぞとばかり、しんみりしている周りの空気を利用するという計算も働いた。その謝罪はマユミの計算通り、受け入れられた。安心したマユミがコップに注がれたビールをぐいっと飲み干すと、アヤに睨まれた。
焼きが終わった知らせが入ると、それぞれ炉の前に集まる。遺骨を骨箸で拾うからだ。向かう道すがら、マユミは何とはなしに外へ出た。暖房の為かビールの為か、少し火照った顔に突き刺さる冬の冷たい空気がとても心地よかった。マユミは雪の降り注ぐ灰色の空を見上げた。安い眼鏡に雪が当たり、ゆるゆると溶けていく。そんなマユミの視界に、目に水が入った時などにたまに見えることがある、昔理科の教科書で見たアオミドロの拡大図のようなものがたらたらと縦横無尽に流れた。それは眼球内の体液の流れがレンズに何らかの異変が生じた時に見えるものである。例えば、目に入った雨、メガネについた水滴、涙。見上げた空は一面灰色で、煙突から出たであろう煙を認識出来なかった。この時代、煙になって空へ昇ることなどもうないのかもしれないが。
斎場の人間が粛々と遺骨を頭蓋骨とそれ以外に分け、マユミ達の作業が始まった。初めて人骨を目の当たりにしたマユミは、それに色がついていることに驚いた。棺に入れられた花々の色素が焼き付けられて伝染ったのであろう、赤、緑、黄色、色とりどりの薄いチョークのようであるその様は、遺骨を彩る化粧のようで少しロマンチックでもあった。水分の無くなった遺骨は骨箸を通して、乾燥したカルメ焼きのような、軽石のような、陶器の割れた面のような、肌触りの悪いがさついた感触で、おかしいかな、それはマユミの歯へとダイレクトに伝わった。とても嫌な感触だ。アルミ箔を噛んだ時のよう、背中の産毛が逆立つ。
最後に頭蓋骨を骨壷に納め、封印し、葬儀は終わった。その瞬間、ヒロフミの母親がとうとう壊れた。今まで、涙も枯れ果てた呈をしており、感情という感情が死んだが如く、不気味な程静かに佇んでいたのだが、うおぉうおぉ、と、その小さな体のどこから出ているのかと思う、鈍牛のような低音で泣き喚いた。もはやそれは人の声ではなく、地獄の門番が死者を呼ぶ声のようであった。狂い泣き、膝は折れ、髪を引きちぎり、真珠のピアスを引きちぎり、止めようとする夫を払いのけ、耳から振り飛んだ血でところどころ赤く染まった顔を殴り、夫の腕に噛みつき、歯が折れ、口周りを真っ赤に染め、隙あらば床を正拳に握った拳で叩く。ぐちゃぐちゃである。それを見ていた列席者の一人の赤い顔をした中年男が、「遺伝したんだな」、と、呟いた。それを聞いてしまったミシモとカズタカはその男を睨みつけた。男は「ああ、うむ」と、言うと、スタスタと場を後にした。
係員と夫がなんとか、狂い叫ぶ妻を昼食をとった控え室に連れ込むんだ。この混乱の発生源である母親に呼び留められているマユミ達は帰るわけにもいかず、無言のままロビーでただ時が過ぎるのを待っていた。カズタカとタケハルは係員と共にヒロフミの父親に付き、部屋の前で待機している。親戚でもない彼らが父親に付かざるを得ない程、人が居ないのだ。
「混乱に乗じて、あのおっさん殴っときゃよかったな」
雰囲気を変えようと、ミシモが先程の無礼な男のことを話すと、
「じゃあ、今から一緒に殴りに行こうか、って、ははは」
と、マユミが力無く笑う。
「あんたらこの場でよくそんなことが言えるわね」
アヤが人非人に対して言うが如く、心底蔑みを込め、吐き捨てるように言った。その眼はうっすら涙が溜まっている。勿論、ヒロフミの死によるものではなく、この騒動の衝撃からくるものである。
「ああ!?てめえ、ふざけんなよ!いい子ぶりやがってよぉ!お前なんだよ!この場にふさわしくないのは!みんな頑張ってんのにお前だけどこに居るんだ!」
アヤの言いように、ミシモがキレた。決して喧嘩っ早いミシモではないが、あまつさえお世辞にも喧嘩が強いと言えないのだが、侮辱されたと感じた時には誰であろうと向かっていくのがミシモである。アヤに近付くと、左手で胸倉を掴み、右手を弓なりに引いた。その拳は握りしめられている。グーで殴る気だ。
マユミが、一発殴ったら止めよう、と、妙に冷静に状況を観察していると、突然視界に黒い大きな物体が現れ、ミシモに抱きつくような体当たりをした。カズタカだ。勢い余ったカズタカは、それでも器用に、ミシモを抱きかかえながら背中から落ち、ミシモと繋がっていたアヤも巻き込まれ、三人の人間の塊はくるくると二回、床の上を転がった。
「待て待て、それはまずい。普段なら他人の厄介ごとは歓迎なんだが、今日はもうややこしさが渋滞してる。ていうか、大丈夫か?」
カズタカは半笑いで、寝っ転びながら尚アヤを蹴ろうとしたミシモを制した。アヤはへたり込んだまま、だらだらと涙をこぼしている。
「なんなのよ!」アヤは立ち上がると同時に叫んだ。
「ここは一つ、私を殴って怒りをお治めください」その横からマユミが場に似つかわしくない飄々とした態度で割って入った。ミシモの様子を観察し、どうやらキレた状態から脱したようであると判断したからである。マユミにしてみれば、ミシモを満足させるための、劇場第二幕が開いた、といったところか。
「あんたのせいよ!」
「ええ?私ですか?」
何かの犯人に指名されたマユミが心許なげにそう言うやいなや、バチッ、錯乱状態にあるアヤは思いっきりマユミの頬をひっぱたいた。マユミは殴られ慣れている。酔っ払った翌日、迷惑をかけた女友達にボコボコにされたこともある。それに女子校時代、ミシモとプロレスにはまり、連日の如く昼休みの教室でプロレスごっこをしていた時期もある。プロレスは相手に手加減を加えるものだが、まだマユミ達がプロレスをリアルな格闘技だと思っていたということもあり、また、総じて素人の行う「プロレスごっこ」はガチンコで行われるものである。朝の貴重な時間に長時間かけて大事にセットした髪の毛がぐちゃぐちゃになる闘いを連日やっていたのだ。目から火がでる殴り合いを連日にわたり飽きることなくやっていたのだ。ひっぱたかれる耐性は十分持っていた。
「うーん、私のせいかぁ?」ひっぱたかれた頬に手をあてながらマユミが言った。痛いことは痛いが、マユミにショックは無い。冗談で言ったのだが本当に殴られる準備も出来ていた。
「あんたが変なこと言うからぁ」ひくひくとしゃくりあげながらアヤが言った。アヤの言い分では、事の火蓋を切ったその責任はマユミにあるらしい。
「あー、ま、なんだ。各人言いたいこともあるだろうが、今日はもう帰れ」
マユミの登場により序破急でいうところの破に陥った現状をなんとか結ぼうと、カズタカがズボンを、ぱんぱん、と二回はたきながら言った。
「っと、その前に」
カズタカは内ポケットから六通の封筒を取り出した。表には筆ペンで書かれたであろう達筆な字で、マユミ達それぞれの名前が宛名書きされている。
「あっ、何それ?」ホノカが興味津々で身を乗り出した。
「鈴木、お前はバカ犬か?はたまた三歩歩いたら全てを忘れる鶏か?この現場を前に、なぜそこまで精神の急ハンドルをきれる?」
「あっ、そうか、ごめん」ホノカはそう言うと、ひょこりと首をすぼめて一歩下がった。
「まあいいけどさ。それで、おばさんがお前らを呼び留めたのはこれを渡すためだ。ヒロフミからの遺書的なものらしい」
「なんだ遺書か」
「ホノカ!」カナコがホノカの頭を叩く。
「ごめん」
「もはや凄いとしか言えねえなお前は。しっかし、ま、あれだ。そうだそうだ。お前ら帰れ。俺達はまだ少し残る。何かあったら俺かタケハルに連絡してくれ。ま、言っても、特に何も無いだろうけどな。じゃあ、仲良くしとけよ」
言い終わるとカズタカはマユミ達にその書状を渡し、呆れているのか楽しんでいるのか、半笑いした表情を浮かべ階段を昇って行った。アヤが一人先に斎場を出て行くと、じゃあね、と言葉少なく別れの挨拶を済まし、カナコとホノカはアヤを追った。残された形になったミシモとマユミ。
「しっかし、しっかし、ま、あれだな。二人してアヤとの関係が泥沼になっちまったな」
ミシモがカズタカの口調を真似て笑った。
「なはは。しっかし、アヤ達何に乗って帰るんだろ?同じ電車に乗ったら気まずくない?」これはそのことを心から心配しているのではなく、マユミの誘い水である。
「どっかで甘いものでも食べようか」ミシモはそれに応えた。
「決まりでしょ。今日は色々ありすぎた。昨日からかな」
「無理してでも甘いもの食わなやってられない。懐には厄介なものもあるしさ」
「あー。わかるわかる」
決して苦い顔をしないよう、笑い合いながら二人も斎場を後にした。降りしきる雪の中、なんでもいい、甘いものを食える場所を目指して。
次の日、菱山カナコが死んだ。
続