アラクネ(5)追憶・変異~再投稿~
脚が棒と化した疲労感の中、それでも三人はつつがなく焼香を済ませた。卒業アルバムと記憶の中にあるヒロフミの面影を残した黒い縁取りの中のヒロフミ。棺の周りの百合と霞草。鯨幕。遺族席に列していたヒロフミの母親の、血の気の無い異常に白く且つ黄色い、明らかに棺桶に片足突っ込んでいる顔を見て、マユミは初めてヒロフミの死を実感した。
とはいえ、他人の悲しみは利己的な問題を越えることはないのである。本日のお役目はこれで終わり帰って寝よう、と、思っていた三人だが、そうはいかなかった。
焼香が終わった後、二階におもてなしが用意されていて、三人は半自動的に係員に案内される。あまり人のいない会場に、中年の男達が酒盛りをしている反対側、そこにアヤとカナコ、それから同年代の若い二人の男が座している一角があった。吸い込まれるよう三人はその一角へ近づく。
「お、来た来た。わかる?こいつら」
カナコが手招き、二人の男達を烏龍茶の入ったコップを持った手の中指を立てて指差した。
アヤは明らかに不機嫌な表情でマユミを睨む。カナコもアヤも、その美醜状態は三人と似たりよったりである。
「わからないけど」ホノカが椅子に腰掛けようとしながら言う。
「こいつらはねぇ、こいつらは、はぁ、んぐ、…ちょっと…トイレ」
カナコは立ち上がると口を左手で口を押さえ、コップを持ったままトイレへと駆け込んで行った。
「お前らこんな時に何やってたんだよ。呆れてものが言えない」
男の一人、アヤと面向かいに座っている赤茶けた髪の、ブラックスーツを着用しているとはいえ如何にも土方という風体をしている男が苦々しく言った。
「誰?」
挨拶も反論もせず、ホノカがアヤに問う。
「ああ、こっちは己(つちのと)だよ。で、そっちは武者(あぶふさ)」
「ああ、あー、あー、そんなの居たね。そういや」ミシモが悪態をつく。昨日散々っぱら小学校時代の話をマユミ達としたのである。ヒロフミのことはもとより、ミシモ達五人組と比較的仲が良かったこの二人の話が出てこないはずもなかった。そして何よりもこの二人は、小学五年時に転校してやってきたヒロフミと特に仲がよかったのだ。
「そんなのってお前なぁ。言葉に気をつけろよ。こいつはお前らの中のとある人物が好きだったんだぜ?初恋を台無しにしてやるなよ」
男のくせして、しかも社会不適合者の証である長髪を頭の後ろで結わんでいるくせに、光沢のある茄子のようと云ったらおかしくもあるが、どこか凛とした風貌の武者カズタカが小さく笑いながら言う。
「うるせえエロ漫画家兼ニートが!寝言はまともに働いてから言え!」己タケハルが色黒の顔をほんのり赤くしてカズタカの肩を殴った。その目は少し、腫れていた。
マユミはカズタカの変貌に少し驚いていた。変貌と云えば、昨日再会した三人が三人とも年月を経てそれなりの変貌を遂げていたのだが、ホノカの赤髪以外それらは想像の範疇であった。しかしこの武者カズタカ、記憶の中では少しぽっちゃりして、ミシモ達とクラスのかっこいい子ランキングを作った時にクラスの男子十五人中十位だった子だ。それがどうだ。タケハルの言ったカズタカの社会的ポジションはさて置き、かなり秀麗な容貌を持って目の前に現れた。
何故カズタカのかっこいい子ランキングをマユミが覚えていたかというと、恋心こそ抱かなかったが、マユミにとってカズタカは特別な存在だったからである。
おどおどと周りの雰囲気を察することに一生懸命で、主張を回避し常に受動的に動き、いつもガキ大将だったタケハルの後をついて回っているような子。それがマユミからみたカズタカであり、「ガキ大将だったタケハル」をミシモに代えれば、それは自身のことになる。似たもの同士、同じ立場の盟友、それでいて近親憎悪に似た付かず離れずの不可思議な距離感。お互い、人の振り見て我が振り直せ、とばかりに観察し合い、パラサイトとしての技量を養ってきたのである。
「あれ、他の子達はいないの?」マユミはさも、お前らなんかに興味ないよ、と言わんばかりの素っ気ない態度を打ち出した。
「ああ、俺が来た時は何人か居たんだけどな。みんなとっとと帰って、今頃同窓会でもしてんじゃねえのか。成人式以来か。俺成人式行ってねえけど」カズタカが応える。
「へぇ。じゃあ何であんた達牽いては私達はここにいるのさ」
「おばさんに引き留められたんだ。俺とこいつと野崎と菱山とでお前らのこと待ってたんだよ」
「私達も?それは何故に?」
「それはわかりかねるが、とにかく火葬場まで来て最後まで居て欲しいとのことだ。俺達、お前ら含めて、名指しでな。どうせ大した予定なんか無いんだろ?そういうことだ」
「うわぁ、それ本当?なんか気が重いなぁ」
「そうじゃなくても俺達は火葬場まで付いて行く気だったんだけどな」
「うっ、さいですか」マユミとカズタカのどこか他人行儀で事務的な会話はあの頃と変わっていない。立場は同じだが、違う猿山で生きている。
「まあ、それはそれとして、アヤ、ちょっといい?」ミシモがアヤを連れ出そうとする。
「マユミもだ。なに呑気に唐揚げ食ってんだよ」マユミの首根っこを捕まえて立たせるミシモ。さっきから会話どころか視線さえ交わさない気まずい二人を仲直りさせる、なんて気はミシモには無い。マユミの酔った時の凶行をとことん楽しむのが趣味なだけである。しかし、その行動が結果的に関係修復の一助を担っているのであるが。
続
とはいえ、他人の悲しみは利己的な問題を越えることはないのである。本日のお役目はこれで終わり帰って寝よう、と、思っていた三人だが、そうはいかなかった。
焼香が終わった後、二階におもてなしが用意されていて、三人は半自動的に係員に案内される。あまり人のいない会場に、中年の男達が酒盛りをしている反対側、そこにアヤとカナコ、それから同年代の若い二人の男が座している一角があった。吸い込まれるよう三人はその一角へ近づく。
「お、来た来た。わかる?こいつら」
カナコが手招き、二人の男達を烏龍茶の入ったコップを持った手の中指を立てて指差した。
アヤは明らかに不機嫌な表情でマユミを睨む。カナコもアヤも、その美醜状態は三人と似たりよったりである。
「わからないけど」ホノカが椅子に腰掛けようとしながら言う。
「こいつらはねぇ、こいつらは、はぁ、んぐ、…ちょっと…トイレ」
カナコは立ち上がると口を左手で口を押さえ、コップを持ったままトイレへと駆け込んで行った。
「お前らこんな時に何やってたんだよ。呆れてものが言えない」
男の一人、アヤと面向かいに座っている赤茶けた髪の、ブラックスーツを着用しているとはいえ如何にも土方という風体をしている男が苦々しく言った。
「誰?」
挨拶も反論もせず、ホノカがアヤに問う。
「ああ、こっちは己(つちのと)だよ。で、そっちは武者(あぶふさ)」
「ああ、あー、あー、そんなの居たね。そういや」ミシモが悪態をつく。昨日散々っぱら小学校時代の話をマユミ達としたのである。ヒロフミのことはもとより、ミシモ達五人組と比較的仲が良かったこの二人の話が出てこないはずもなかった。そして何よりもこの二人は、小学五年時に転校してやってきたヒロフミと特に仲がよかったのだ。
「そんなのってお前なぁ。言葉に気をつけろよ。こいつはお前らの中のとある人物が好きだったんだぜ?初恋を台無しにしてやるなよ」
男のくせして、しかも社会不適合者の証である長髪を頭の後ろで結わんでいるくせに、光沢のある茄子のようと云ったらおかしくもあるが、どこか凛とした風貌の武者カズタカが小さく笑いながら言う。
「うるせえエロ漫画家兼ニートが!寝言はまともに働いてから言え!」己タケハルが色黒の顔をほんのり赤くしてカズタカの肩を殴った。その目は少し、腫れていた。
マユミはカズタカの変貌に少し驚いていた。変貌と云えば、昨日再会した三人が三人とも年月を経てそれなりの変貌を遂げていたのだが、ホノカの赤髪以外それらは想像の範疇であった。しかしこの武者カズタカ、記憶の中では少しぽっちゃりして、ミシモ達とクラスのかっこいい子ランキングを作った時にクラスの男子十五人中十位だった子だ。それがどうだ。タケハルの言ったカズタカの社会的ポジションはさて置き、かなり秀麗な容貌を持って目の前に現れた。
何故カズタカのかっこいい子ランキングをマユミが覚えていたかというと、恋心こそ抱かなかったが、マユミにとってカズタカは特別な存在だったからである。
おどおどと周りの雰囲気を察することに一生懸命で、主張を回避し常に受動的に動き、いつもガキ大将だったタケハルの後をついて回っているような子。それがマユミからみたカズタカであり、「ガキ大将だったタケハル」をミシモに代えれば、それは自身のことになる。似たもの同士、同じ立場の盟友、それでいて近親憎悪に似た付かず離れずの不可思議な距離感。お互い、人の振り見て我が振り直せ、とばかりに観察し合い、パラサイトとしての技量を養ってきたのである。
「あれ、他の子達はいないの?」マユミはさも、お前らなんかに興味ないよ、と言わんばかりの素っ気ない態度を打ち出した。
「ああ、俺が来た時は何人か居たんだけどな。みんなとっとと帰って、今頃同窓会でもしてんじゃねえのか。成人式以来か。俺成人式行ってねえけど」カズタカが応える。
「へぇ。じゃあ何であんた達牽いては私達はここにいるのさ」
「おばさんに引き留められたんだ。俺とこいつと野崎と菱山とでお前らのこと待ってたんだよ」
「私達も?それは何故に?」
「それはわかりかねるが、とにかく火葬場まで来て最後まで居て欲しいとのことだ。俺達、お前ら含めて、名指しでな。どうせ大した予定なんか無いんだろ?そういうことだ」
「うわぁ、それ本当?なんか気が重いなぁ」
「そうじゃなくても俺達は火葬場まで付いて行く気だったんだけどな」
「うっ、さいですか」マユミとカズタカのどこか他人行儀で事務的な会話はあの頃と変わっていない。立場は同じだが、違う猿山で生きている。
「まあ、それはそれとして、アヤ、ちょっといい?」ミシモがアヤを連れ出そうとする。
「マユミもだ。なに呑気に唐揚げ食ってんだよ」マユミの首根っこを捕まえて立たせるミシモ。さっきから会話どころか視線さえ交わさない気まずい二人を仲直りさせる、なんて気はミシモには無い。マユミの酔った時の凶行をとことん楽しむのが趣味なだけである。しかし、その行動が結果的に関係修復の一助を担っているのであるが。
続