アノマニスからの脱却(10) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

アノマニスからの脱却(10)

「始まりがあるから終わりがあるのか、終わりがあるから始まるのか。我々は生命爆誕の下に、それを解明しようではないか!!」

佐井九の後がまと思しき信者が壇上からがなりたてている。

「真の芸術とは、真の文化とは、そしてこの世の真理とは、一体何だ!?。この世界は実在するのか、はたまた無いのか。悩みがあるから答えがあるのか、答えがあるから悩みがあるのか。いわゆる無分別智とは何だ!?。遥か昔から追究されてきたこの、進化の果てに高度な知能を、生きとし生けるものすべてのなかで唯一概念を持つ人間の宿命たるその命題に、その解答に、我々は近づいている!。いわんや生命の爆発であり、それは種の多様性の極致であり、広がり続ける世界だ!。真の芸術とは、真の文化とは、人間の本能から遠ざかることをその旨とし、だがそれと同時に、如何にして人間の本能に近づけるか、その矛盾の中に美と喜びがある!。内側にあり外側にある!。内側にあり外側にある!。成し遂げよう、成し遂げろ!。形となって成せ!。究極の世界を!、究極の箱庭を!、究極の進化を!、究極の退化を!、究極の生命を!。究極の退廃を!、究極の平和を!。究極の混乱を!。矛盾が溶け合った透き通る混濁のスープを飲み干せ!。過去に生きて死に、未来を生きて死ぬ今この一瞬、叫ばせてもらおう、アノマロカリス教万歳!、万歳!」

何を言っているのかさっぱりだが、アジる若者に対し、会場はさながらロックコンサートのそれのようなコールアンドレスポンス、爆発している。

「あまり長く話をしていると、来るべき来む世で私はゾウになってしまう」

来世ギャグだよね。うん。意味はわからないけどね。

「さあ、ご到来いたしてもらいましょう。そして迎接するのです。愛のない人生に苦しみまみれているならば、大丈夫、神延べ様がいる。愛があるから苦しみまみれているのならば、大丈夫、神延べ様がいる。我々は今日、この日を、この時を、神述べ様を、祝福する今一瞬だ!。さあ、どうぞ!」

呼び込まれた神見が登壇すると、万雷の拍手が鳴り響いた。

マイクの前に立った神見の目は、いつもと同じでうつろだった。信者たちは神延べ様の御言葉を聞き漏らすことのないよう、しんと静まり返った。

「狂い悶えよ。悦びに打ち震えよ。そして死ね」

ぼそりと、まるで独り言のように神見は言うと、観衆はわっと沸いた。敬虔なる彼らにとっては、神見の口から発せられた言葉ならなんでもいいみたいだ。

「尊厳と慈愛に満ちた神延べ様の御言葉を、我々は胸に刻み込むのだ!」

神見がそれを言ったきり、退屈そうに壇上の席に座ると、佐井九の後がまがそう言った。そして、

「さあ、お楽しみはこれからだ!」

と、キザなセリフを言い放ちやがった。

その頃レイはどうしていたかというと、子供をトイレに連れていた。それだけだね。まあレイはそれだけだよ。一応最上階のトイレだけどさ。教団本部の隅々まで響き渡る雷の音のような轟音にすっかり萎縮しちまって、小便垂れながらタバコ吸ってさ、これからどうしようなんて、いまさら。

子供を人質にしようにも、どうやらあまり意味をなさないみたいだし。途方にくれたよ。だけど、行かねばならん。おれのためにも。

集会場の扉の前までくると、レイは息をふっと吐いた。なにやら盛り上がる宴の声が漏れ聞こえる。頭には馬の仮面。腰に女信者から奪った服を巻いている。子供の姿は見当たらない。だってスカートのように腰に巻いた服の中に、レイの股の間にいるから。片足に組み付いているから。あれ?、これってここで白状して良かったっけ。まあいいか。子供はとても楽しそうだったけど、おねむのようでもあった。一応、子供には武器としてキンカンを持たせた。言うなれば、敵の虚をつく秘密兵器だ。

さあ、殴り込みの時間だ。

レイは力強く一気に扉を開いた。廊下と違って明るい会場の光が目に飛び込んだ。その明暗にレイはくらくらした。

音をたてて勢いよく開け放たれた扉に、中にいたものはみな目を奪われた。奪われたその目の先に、馬の仮面を被った謎の快男児がいるのだから、信者たちはわけがわからない。快男児。なんか急に使ってみたくなっただけ。謎の快男児って使ってみたくなっただけ。ああ、怪男児にすればって?、それは野暮ってもんだよ。

話せばわかるその前に、といった状況にならず、レイは安心した。問答無用でいきなり排斥されちゃあ、どうもいけない。日和見主義な奴らで助かったぜ。

レイはゆっくりと辺りを見回した。みながレイの挙動に集中している。

「おれは」
「さあ、この日を祝うサプライズゲストの登場です!!」

馬面が何かを言う前に壇上の男が言葉を被せた。

「え?」

レイは呆気にとられポカーンとした。

「さあさあ、どうぞこちらへ。みなさんもおわかりのように、ザ・ホースマンが登場したとなればそう!、ビンゴの時間です!!。それではみなさん、お手元にビンゴカードを用意ください」
「え?、ビンゴ?」

ザ・ホースマンってなんだよ。お決まりなの?、お決まりの流れなの?。おれは何をするの?。そうは思ったものの、係の者にいざなわれ、レイはびっこをひいてひょこひょこと、言われるがまま壇上に上がった。階段が地味にきつかった。

壇上にはもちろん神見がいる。神見は退屈そうに馬面をみた。レイも退屈そうな神見をみた。あれ以来の邂逅だ。レイは神見に何をみたのか、そんなことはどうでもいいのだ。だってビンゴが始まるのだもの。だってビンゴが始まるのだもの。抗えないよビンゴの魔力には。ここでビンゴなんか知らないと、いきり立つなんて、空気読めない奴じゃん。

「神延べ様が御生誕あらせられた今日の日に、神延べ様は我々に娯楽を与えたもうた!。その産声は、すでに神の意思であったと聞く!」

場を取り仕切る男が言った。レイは、ああそういえば今日は神見の誕生日だったな、と思った。と、思った。と、思った。思った。

レイが教団を壊滅せしめんと行動したこの日、そんなこと知る由も無い信者たちは神見のバースデーパーティーを催していたのだ!。

壇上にガラガラと、安っぽい小さな赤いビンゴマシンが運ばれ、レイの前に置かれた。回せってか、おれに回せってか。

「なお、一番はじめにビンゴとなった者には、神延べ様からご褒美があります。位にとらわれず、神延べ様と一対一の場が用意されます。それはニューヨークよりも大変な褒美です」

つまらない男だまったく。うん、都合上、それを聞いたレイはビンゴを狙いにいくよね。いろいろと手間だもんね。

「あ、僕にもカードを」
「おっと!、ザ・ホースマンも参戦だあ!!」

パーティー会場と化した集会場はわあっと盛り上がった。

「では早速、ひとつめといきましょう。では」

男に促され、レイはビンゴマシンを回した。そりゃあ回すよ。ビンゴマシンが目の前にあるんだもの。そして目を爛々と輝かせ、ビンゴを心待ちにしていた人々が目に映っているのだもの。

「えっと、B…の…ヒ、ヒヒン!!」
「おっといきなりザ・ホースマンがいなないたあ!。ミラクルチャンスです!!」

ミラクルチャンスとはなんぞや、レイは薄れゆく意識の中でそう思った。股間から激烈なる痛み、レイの鼻にわずかに届く刺激臭、レイがいなないたのはミラクルチャンスを知らせる為ではなく、偶然あげた悲鳴で、股の子供がキンカンを…股の子供がなんでだか知らないがこのタイミングでキンカンを……レイの玉金に…ちくしょう…ちくしょう……南無三。

「Bの何番ですかザ・ホースマン!!」
「あ、はい……Bの13です」
「Bの13だあ!!、さあさあ、いないかいないか、Bの13いないか!!。はい、そこのあなた達、ミラクルチャンスです!!。ご登壇ください!!」

炎が色めきたつ股間をくねらせるだけで、今のレイは精一杯だ。

「おっと、ああなんたることだなんたるちあ!!。今私が確認致したところ、なんと、ザ・ホースマンもミラクルチャンスだあ!!。ミラクルホースマンチャンスだあ!!」

男がそれを宴会のテンションがマックスに達した。

ああ、なんか、書くの嫌になってきたなおれ……。

ようやく痛みの峠を越えた時、レイは注目の渦中にいた。司会の男がレイに「さあ、さあ」と何かを促しているが、何をすればいいのかレイにはわからない。

その時、再度集会場の扉が音をたてて開けられた。一斉に首を向ける人々。マスゲームのようだ。
そこには、全裸の女がいた。例の女信者だ。うわ、文章がよりてきとーになったな。あ、最初からかそうか。

「みんな聞いて!!」

女は金切り声をあげた。信じる者に陰核を引きちぎられ、身も心も傷ついた。どうすれば私は今後も神延べ様に仕える心を持ちつづけられるのか、そんな盲目的な杞憂を胸に神見の誕生日パーティーに遅ればせながら列席しようと廊下を歩いていたら、捕まった。取り押さえられ、なじられ、あまつさえキンカンを………。女があげたこの金切り声は、痛々しいほど悲痛な心の機微を会場いっぱいに伝えた。全裸だし。

しんと静まり返った会場に向かい、女は一息のみこむと、

「この中に、悪魔がいる!!、侵入者よ!!」

と、叫んだ。すっかり喉が枯れ、高音域がひび割れてやがる。

バン、バン、バン、ヒヒーン。

信者たちが見渡し限り、怪しい人物など、ザ・ホースマンしか……、

「その馬は偽物!!」

女は最後に残された力を振り絞って叫んだのか、それを言い終わると、その場にへたり込んだ。その馬は偽物、何か胸に残る言葉だよ。その馬は偽物。

偽物呼ばわりされたザ・ホースマンことレイは、場の雰囲気から、観念したような気持ちになって、馬面を剥ごうと手を伸ばした。が、

「ザ・ホースマンに限って、偽物などあるもんか!!」

司会の男がレイの行動より早く、そう叫んだ。ああ、ザ・ホースマン。人に慕われる仮面の男よ。本物の中の人はいまいずこ。ここだけの話、以前まではザ・ホースマンが現れると、この司会の男の姿がなくなっていたのだった………。ああ、哀れなりマスクマン、正体不明の性の下、ここで真相究明され正体を白日のうちにさらされてしまえば自身の身とマスクマンの神秘性が危うい。この男、当然はじめからホースマンが偽物だと気がついていたが、侵入者だろうがなんだろうが、失くした仮面の持ち主が現れたならば、そいつがザ・ホースマン、そいつが二代目ザ・ホースマン。そう、決めていた。

司会がそう言い切ったものだから、青息吐息の女を尻目に、信者たちは「ホースマン、ホースマン」と連呼した。レイはすっかりその気になり、鳴りわめくコールにリズミカルな手振りで応えた。信者たちも、ザ・ホースマンの神秘性を守り通したい。そしてなにより目の前にぶら下がるチャンスを、ビンゴを中座したくないのだ。女は誰かに会場の外に運ばれると、静かに息絶えた。え、嘘だろ!?。息絶えた。マジで!?、息絶えちゃうの!?。かわいそ過ぎだろその女。息絶えた。ああ、まあ、しょうがないね。

終わり。

マジで!?。それはないわ。それはないよ、うん。



じゃあ、このあとレイは破竹の勢いで見事一等賞を取ってね。神見としっぽりしたわけ。まあ神見は元に戻らなかったけどインポが治ったからそれでいいじゃない。きっと「ビンゴ一番乗りのご褒美」ってお得感がレイの深く傷つけられた心を埋めて、レイのインポを治すきっかけになったんだろうね。うん。ビンゴのおかげ。神見とかどうでもいい。だってレイには帰る場所あんじゃん。インポ治ったんなら帰ればいいじゃない。

ああ、子供?。子供はね、あれはさ、まるでアンコウのオスのように、いつの間にかしがみついたレイの脚と同化しちまったよ。そもそも、子供なんて存在はレイの脳みそが勝手に作り出した架空の存在だったってことにしとけゃいいだろ。他人と交わした子供に関する会話もすべて、インポが作り出した幻だよ。すべてインポのせい。オヤジ?、知らん。じゃあさよなら。もう二度と、こんなバカはやらないよ。



終わり。