アノマニスからの脱却(9)
子供という奴らはいつから嘘を覚えるのだろうね。やあ、おれだよ。久しぶりだねえ。気分を害したらごめんよ。そんなことよりも、子供という奴らはいつから嘘を覚えるのだろうねえ。ちょっとわかったことがあるんだよ。
子供って基本的に何も知らないだろ?、なんせ春夏秋冬をそれぞれ片手で数えられるぐらいしか経験してないものでね。色んなものを知らない。どうして子供が生まれるかなんてもちろん知らないから、弟妹がほしいよーなんて言えちまう。
そんな奴らに、大人は答えのない質問をよくしやがる。例えば、親戚が集まっているなか勇気を振り絞ったひきこもりがトイレに入ってたら、「あの人だーれ?」なんて周りの大人がガキに訊きやがる。何も知らない子供は、だけど自分が何か答えたら周りの大人がどうしようもなく愛に満ちた笑顔を浮かべて喜ぶってことを知ってやがるんだからたまったもんじゃない。答えやがる。必死で小さなボキャブラリーの中から答えを探しやがる。「彼はいわゆる落伍者、人間のクズですよ母上」、そう言ってくれりゃあひきこもりイントイレも軽やかに死ねようものを、「隣に住んでるおじさん」なんて答えやがった暁には、周りの大人は爆笑だよ。そんでもって子供ははにかんだ笑顔浮かべて、小首を可愛らしげに傾けては、「よくできました」だよ。よくできてねえだろって。不正解じゃん。その答え不正解じゃん。「彼はひきこもりです」が「よくできました」だろ?。
よく、子供が母胎にいた頃の記憶を喋るなんて聞くけどさ。これもそういうことだよ。親が喜ぶ方向で、ガキなりに空気読んで喋ってんだよ。親がすべてだからな子供は。見捨てられた日にゃたまったもんじゃないぜ。それをうちの子はあーだこーだ、うるせえばかやろうが。………まあ、きっと親を喜ばすための即興劇が、コミュニケーション能力の高まりに応じ、それを自分のために使うようになるんだろってことだよ。ま、いちいち、あれは何だ、と変な質問するから子供の思考能力が発達していくのだろうけどさ。
では、一度も親から変な質問をされないで育った子供はどのような子供になるんだろう、ってことをこれからおれが書き記すなんて思ってたら痛い目みるぞこのやろー。
「しんでないよ。夢をみてるんだよ」
子供はその純真無垢な瞳でそう言った。
「腐ってるじゃないか、動いてないし、喋らないし」
「動くよ。喋るよ」
「そんなこと………」
レイは改めてじっくりとオヤジのなれの果てを見た。もともと小さなオヤジだったが、その亡骸は生前より一回りも二回りも小さく見えた。それがあぐらを崩した格好で頭を垂れ、安置されている。頭皮の半分はずり落ち、頭蓋骨が露出している。服を着ているのは幸いだ。ウジが這い回る服の中でぐちゃぐちゃになっているであろう臓腑を見る勇気などレイにはない。
「そうか、じいじは夢を見ているのか」
オヤジの死を受け入れたレイは、討つべき敵を失いひどく落胆したようだった。
「じいじ、言ってるよ」
子供はなにやらじいじと会話したあと、そうレイに言った。
「おれに?」
「うん」
「なんて?」
「ゴメンナサイゴメンナサイって言ってるよ」
「はあ?」
「ゴメンナサイって言ってる」
「………ふざけるな」
大人気なくレイは吐き捨てた。
「何にゴメンナサイしてるんだよ。そいつは何にゴメンナサイしてるっつうんだよ!?」
声を荒げたレイに、子供は不思議そうな目をして静かに、
「いらなくなったものだよ」
と、答えた。
レイの脳みそは子供の言葉に、否応なく邪魔者という言葉をリンクさせた。レイは驚愕し、次々と思いつくままに独り言に似た質問を年端の行かぬ子供にぶつけた。
「いらなくなったものってのはなんのことだよ!?」
「おじさんの好きな人」
「誰のことだ!?」
「パパとママだよ」
「どうして君が知ってる!?、どうして君がそのことを知ってるんだ!?」
「じいじからきいた。じいじは知ってるんだよ。みんな、みんな知ってる。今日おじさんが来ることも知ってる」
「なんだと!?、そんなわけあるか」
「じいじは知ってるんだよ。だからゴメンナサイって」
「嘘をつくな!」
「うそお?」
「君は嘘つきだな!。どうせママから聞いたんだろ!」
「ううん。会えないもん。ママは神様のとこにいるんだよ」
「神様のとこだ!?、でもここにいるんだろ!?」
「しらない」
「知らない!?、だったらそいつに、じいじに訊いてみりゃいいだろ!?」
「じいじの夢に、ママはでてこないんだよ。似てるひとはいるけど、ママじゃない」
「なんでだよ!?」
レイは思わず子供の胸倉を掴んだが、すぐに離して頭を抱えた。地団太さえ踏んでいる。それにしてもこの子供、大人に凄まれているというのにあっけらかんとして、涙のひと粒もその瞳に浮かべない。子供にあるまじき態度。まるで、泣くことにより注目と助けを親に求めるという子供の仕事を知らないかのようだ。まさしく、この子供はそれを知らない。教団内で子供は、迷い込んだ野良猫のような生活をしていた。神見は完全に育児を放棄しており、とてもじゃないが育児をするまともさを持っていないのだが、放棄をしているどころか死んでしまえとさえ思っているのではなかろうかという節さえ、信者達は感じていた。信者の中には教団内をふらふらしている子供が神見の子であるということすら知らない者も多い。知っている者は知っている者で、教祖である神見の逆鱗に触れぬよう、“神見の”腫れ物に触るよう子供と接している。これでは情操教育もクソもない。ちなみに、信者達は現在のオヤジのことを知っている。ただし、オヤジは望んでそうすることになったのだと。望んで即身仏になったのだと。
「だって、ママがじいじに夢を見させてるんだもん」
そんなことも知らないのとばかりに、子供は言った。
「神見が、こいつ…を?」
そうレイが結びつけるのは致し方ないことだった。
「………いつまで、君はいつまでここにいるつもりなの?」
しばらく茫然自失していたレイは、狭い暗がりの中、一心不乱にひとり遊びをする子供にそう言った。もう陽は完全に落ちている。
「ずっとだよ」
子供は答えた。
レイは色々と想った、鑑みた。そして、
「ここにいたら駄目だよ。一緒にママに会いに行こう」
と言った。
暗がりの中レイは、子供がはじめて渋った顔を見せたような気がした。
「神延べ様、こちらへ」
ふらふらと幽鬼みたく血のように赤い絨毯の敷かれた廊下を神見は信者に付き添われ歩いていた。全裸ではなく、薄いシルクのローブを身にまとっている。
神見は導かれるままに、目の前の扉を開けた。
その瞬間、ごうごうと建物に地鳴りが響いた。
「うん?」
「目が!、目がああ!!」
その異変を、レイはひっ捕らえた信者の目にキンカンを近づけながら聴いた。神見の居場所を尋問していたのだ。レイはなぜだか量販店で売ってる馬のかぶり物を頭につけている。ああ、内部に来るここまでに色々とあったよそりゃ。めくるめく冒険活劇とも呼べるような戦いがあったり、子供との邂逅だったり、馬のかぶり物拾ったりさ、だけどばっさりとカットさせてもらうよ。だって、格闘技経験どころか喧嘩もしたことない徒手空拳の侵入者対ひきこもりの対決なんて、バナナの皮で滑って後頭部を痛打するような間抜けなものにしかならないよ。踏んだり蹴ったりどころか、もみあいへしあいだよ。だったよ。それでいいよ、うん。だってめんどく………、いいんじゃないかな、これで。いや、こうする方がベターな選択だったんじゃないかな!。
「なんだこの地響きは………お前に訊いてるんだよ」
レイはキンカンをマウントポジションで制している信者の頬にあてた。
「ぎゃあ、立ち上るアンモニアが目にいいいい!」
「うるせえな、わかってるよ。そうしてんだから」
「ひいいい、カナミ様助けてえ」
どうやら、この信者はそこそこ高位の信者らしい。ああ、“女”だよこの人。ひどいことするよね、レイ。あ、そうだ…ゴホン……まあ、この信者は少し前に神見に潰された人だよ。ふらふらしてるとこレイにとっ捕まっちゃってこの様だよ。今思いついたわけじゃないよ。今思いついたわけじゃないよ。そんなことあるわけないよ。
「助けてえ」
「いや」
子供はにべもなく拒否した。しかし、助けに応じたところで子供に何ができるというのか。助けを呼ばせに行かせるとしても、全ての信者は今、自分の叫び声すら届かぬ最上階の集会場に集まっていることを知っているはずなのに。
「助けてえ」
「いや」
「助けてえ」
「いーや」
「助けてえ」
「いーや、いーや」
「使えない奴だな!。悪魔め!。だからお前は神延べ様に嫌われぎゃああああ」
「無駄口をたたくな」
レイはキンカンを慈悲もなく女信者の目に押し当てた。悪魔め。
「ふと気がついたんだが」
レイは目を熱い熱いと目を押さえる女に語りかけた。
「その上着、明らかに市販のものじゃないよな?」
女は一瞬身じろぎをとめた。
「うむ、ここはひとつ、サイズがあうかどうか知らねえが」
レイは、胸にアノマロカリスがプリントされた女のポンチョ状の上着をひっぺがしにかかった。
「きゃあああ」
「ああもう、動くな。腕を伸ばせ。つうか邪魔だなこの馬。特に鼻」
ゴムでできた馬の鼻が女の抵抗に遭いくにゃりと曲がる度に、けらけらと子供は笑った。
レイは上着と言ったが、女はその下に、なにも身につけてはいなかった。
「なんだよお前、変態かよ。安心しろ。どうというこたないぜ」
女の裸を見ても、触れても、相変わらずレイの身にはなにも起こりやしないのだった。
「子供はあっち行ってなさい。………うん?」
レイは女の下腹部に目がいった。それは完全に、純度100パーセント、エロ目的で見やったものだが、女の下腹部が薄く血にまみれていることに気づくきっかけになった。言うまでもなく、無惨にも陰核を引きちぎられた痕だ。さすがに女の下腹部に血がついていたからってすぐさま月経を結びつけることはない。生理用品ってものがこの世に存在することぐらいレイは知ってるからだ。
「なんだよこれお前」
そう言いながらレイは、女から剥ぎ取った服の股間部を見た。股間部の内側は赤赤と染まっており、レイはイヤだなと思った。
「け、怪我を」
息も絶え絶えに弱々しく女は言った。ヒステリックに叫ばなかったのは、怪我した理由が神見にあることをレイと自分に気づかせないため、神見と自分を庇うための理性からだった。
「怪我?。処女喪失じゃなくて?」
レイはそっちをイメージしていた。
「ちがう、怪我、怪我しただけ!」
教団に対し空振りを続ける復讐心と晴らすことできぬ鬱積した性欲を持て余しているレイはセクハラ親父と化し、調子に乗った。
「へえ、怪我ねえ。毛のあるところに怪我ねえ、なんつって」
「………」
「………ちょっと見せてみなさい」
たぶん、たぶんだけど、勃起できない代わりにレイの大脳新皮質のどっかが勃ってるんだろうね。女が抵抗する間もなく、がばっと女の両の脚をレイは開いた。そして、陰惨なことになってるそれを見た。
「これは、大変じゃないか。どうしたんだ一体」
「…………」
女は黙った。黙られると、レイはなんだかすごく興奮した。
「うむ、これはひどい。応急処置ってやつが必要なんじゃないか?。どれどれもっと私に見せてみなさい。うむ、うむうむ、こりゃあひどい。こりゃあひどいぞ。ぷらんぷらんしておる。ぷらんぷらんしておるぞ。大変だ。何か手当てを……今のおれにできることと言えば」
そう言って馬の面をかぶったレイはキンカンを握りしめた。片目でそれを見た女は青ざめ、息をのんだ。
「今のおれにはキンカンを塗ってやることぐらいしか」
「やめろおおお」
鈍牛のような女の叫び声がフロアに響いた。悪魔め。
続。今回で無理矢理にでも終わらせてやろうと思ったのに。必ず次で終わらせてやる。
子供って基本的に何も知らないだろ?、なんせ春夏秋冬をそれぞれ片手で数えられるぐらいしか経験してないものでね。色んなものを知らない。どうして子供が生まれるかなんてもちろん知らないから、弟妹がほしいよーなんて言えちまう。
そんな奴らに、大人は答えのない質問をよくしやがる。例えば、親戚が集まっているなか勇気を振り絞ったひきこもりがトイレに入ってたら、「あの人だーれ?」なんて周りの大人がガキに訊きやがる。何も知らない子供は、だけど自分が何か答えたら周りの大人がどうしようもなく愛に満ちた笑顔を浮かべて喜ぶってことを知ってやがるんだからたまったもんじゃない。答えやがる。必死で小さなボキャブラリーの中から答えを探しやがる。「彼はいわゆる落伍者、人間のクズですよ母上」、そう言ってくれりゃあひきこもりイントイレも軽やかに死ねようものを、「隣に住んでるおじさん」なんて答えやがった暁には、周りの大人は爆笑だよ。そんでもって子供ははにかんだ笑顔浮かべて、小首を可愛らしげに傾けては、「よくできました」だよ。よくできてねえだろって。不正解じゃん。その答え不正解じゃん。「彼はひきこもりです」が「よくできました」だろ?。
よく、子供が母胎にいた頃の記憶を喋るなんて聞くけどさ。これもそういうことだよ。親が喜ぶ方向で、ガキなりに空気読んで喋ってんだよ。親がすべてだからな子供は。見捨てられた日にゃたまったもんじゃないぜ。それをうちの子はあーだこーだ、うるせえばかやろうが。………まあ、きっと親を喜ばすための即興劇が、コミュニケーション能力の高まりに応じ、それを自分のために使うようになるんだろってことだよ。ま、いちいち、あれは何だ、と変な質問するから子供の思考能力が発達していくのだろうけどさ。
では、一度も親から変な質問をされないで育った子供はどのような子供になるんだろう、ってことをこれからおれが書き記すなんて思ってたら痛い目みるぞこのやろー。
「しんでないよ。夢をみてるんだよ」
子供はその純真無垢な瞳でそう言った。
「腐ってるじゃないか、動いてないし、喋らないし」
「動くよ。喋るよ」
「そんなこと………」
レイは改めてじっくりとオヤジのなれの果てを見た。もともと小さなオヤジだったが、その亡骸は生前より一回りも二回りも小さく見えた。それがあぐらを崩した格好で頭を垂れ、安置されている。頭皮の半分はずり落ち、頭蓋骨が露出している。服を着ているのは幸いだ。ウジが這い回る服の中でぐちゃぐちゃになっているであろう臓腑を見る勇気などレイにはない。
「そうか、じいじは夢を見ているのか」
オヤジの死を受け入れたレイは、討つべき敵を失いひどく落胆したようだった。
「じいじ、言ってるよ」
子供はなにやらじいじと会話したあと、そうレイに言った。
「おれに?」
「うん」
「なんて?」
「ゴメンナサイゴメンナサイって言ってるよ」
「はあ?」
「ゴメンナサイって言ってる」
「………ふざけるな」
大人気なくレイは吐き捨てた。
「何にゴメンナサイしてるんだよ。そいつは何にゴメンナサイしてるっつうんだよ!?」
声を荒げたレイに、子供は不思議そうな目をして静かに、
「いらなくなったものだよ」
と、答えた。
レイの脳みそは子供の言葉に、否応なく邪魔者という言葉をリンクさせた。レイは驚愕し、次々と思いつくままに独り言に似た質問を年端の行かぬ子供にぶつけた。
「いらなくなったものってのはなんのことだよ!?」
「おじさんの好きな人」
「誰のことだ!?」
「パパとママだよ」
「どうして君が知ってる!?、どうして君がそのことを知ってるんだ!?」
「じいじからきいた。じいじは知ってるんだよ。みんな、みんな知ってる。今日おじさんが来ることも知ってる」
「なんだと!?、そんなわけあるか」
「じいじは知ってるんだよ。だからゴメンナサイって」
「嘘をつくな!」
「うそお?」
「君は嘘つきだな!。どうせママから聞いたんだろ!」
「ううん。会えないもん。ママは神様のとこにいるんだよ」
「神様のとこだ!?、でもここにいるんだろ!?」
「しらない」
「知らない!?、だったらそいつに、じいじに訊いてみりゃいいだろ!?」
「じいじの夢に、ママはでてこないんだよ。似てるひとはいるけど、ママじゃない」
「なんでだよ!?」
レイは思わず子供の胸倉を掴んだが、すぐに離して頭を抱えた。地団太さえ踏んでいる。それにしてもこの子供、大人に凄まれているというのにあっけらかんとして、涙のひと粒もその瞳に浮かべない。子供にあるまじき態度。まるで、泣くことにより注目と助けを親に求めるという子供の仕事を知らないかのようだ。まさしく、この子供はそれを知らない。教団内で子供は、迷い込んだ野良猫のような生活をしていた。神見は完全に育児を放棄しており、とてもじゃないが育児をするまともさを持っていないのだが、放棄をしているどころか死んでしまえとさえ思っているのではなかろうかという節さえ、信者達は感じていた。信者の中には教団内をふらふらしている子供が神見の子であるということすら知らない者も多い。知っている者は知っている者で、教祖である神見の逆鱗に触れぬよう、“神見の”腫れ物に触るよう子供と接している。これでは情操教育もクソもない。ちなみに、信者達は現在のオヤジのことを知っている。ただし、オヤジは望んでそうすることになったのだと。望んで即身仏になったのだと。
「だって、ママがじいじに夢を見させてるんだもん」
そんなことも知らないのとばかりに、子供は言った。
「神見が、こいつ…を?」
そうレイが結びつけるのは致し方ないことだった。
「………いつまで、君はいつまでここにいるつもりなの?」
しばらく茫然自失していたレイは、狭い暗がりの中、一心不乱にひとり遊びをする子供にそう言った。もう陽は完全に落ちている。
「ずっとだよ」
子供は答えた。
レイは色々と想った、鑑みた。そして、
「ここにいたら駄目だよ。一緒にママに会いに行こう」
と言った。
暗がりの中レイは、子供がはじめて渋った顔を見せたような気がした。
「神延べ様、こちらへ」
ふらふらと幽鬼みたく血のように赤い絨毯の敷かれた廊下を神見は信者に付き添われ歩いていた。全裸ではなく、薄いシルクのローブを身にまとっている。
神見は導かれるままに、目の前の扉を開けた。
その瞬間、ごうごうと建物に地鳴りが響いた。
「うん?」
「目が!、目がああ!!」
その異変を、レイはひっ捕らえた信者の目にキンカンを近づけながら聴いた。神見の居場所を尋問していたのだ。レイはなぜだか量販店で売ってる馬のかぶり物を頭につけている。ああ、内部に来るここまでに色々とあったよそりゃ。めくるめく冒険活劇とも呼べるような戦いがあったり、子供との邂逅だったり、馬のかぶり物拾ったりさ、だけどばっさりとカットさせてもらうよ。だって、格闘技経験どころか喧嘩もしたことない徒手空拳の侵入者対ひきこもりの対決なんて、バナナの皮で滑って後頭部を痛打するような間抜けなものにしかならないよ。踏んだり蹴ったりどころか、もみあいへしあいだよ。だったよ。それでいいよ、うん。だってめんどく………、いいんじゃないかな、これで。いや、こうする方がベターな選択だったんじゃないかな!。
「なんだこの地響きは………お前に訊いてるんだよ」
レイはキンカンをマウントポジションで制している信者の頬にあてた。
「ぎゃあ、立ち上るアンモニアが目にいいいい!」
「うるせえな、わかってるよ。そうしてんだから」
「ひいいい、カナミ様助けてえ」
どうやら、この信者はそこそこ高位の信者らしい。ああ、“女”だよこの人。ひどいことするよね、レイ。あ、そうだ…ゴホン……まあ、この信者は少し前に神見に潰された人だよ。ふらふらしてるとこレイにとっ捕まっちゃってこの様だよ。今思いついたわけじゃないよ。今思いついたわけじゃないよ。そんなことあるわけないよ。
「助けてえ」
「いや」
子供はにべもなく拒否した。しかし、助けに応じたところで子供に何ができるというのか。助けを呼ばせに行かせるとしても、全ての信者は今、自分の叫び声すら届かぬ最上階の集会場に集まっていることを知っているはずなのに。
「助けてえ」
「いや」
「助けてえ」
「いーや」
「助けてえ」
「いーや、いーや」
「使えない奴だな!。悪魔め!。だからお前は神延べ様に嫌われぎゃああああ」
「無駄口をたたくな」
レイはキンカンを慈悲もなく女信者の目に押し当てた。悪魔め。
「ふと気がついたんだが」
レイは目を熱い熱いと目を押さえる女に語りかけた。
「その上着、明らかに市販のものじゃないよな?」
女は一瞬身じろぎをとめた。
「うむ、ここはひとつ、サイズがあうかどうか知らねえが」
レイは、胸にアノマロカリスがプリントされた女のポンチョ状の上着をひっぺがしにかかった。
「きゃあああ」
「ああもう、動くな。腕を伸ばせ。つうか邪魔だなこの馬。特に鼻」
ゴムでできた馬の鼻が女の抵抗に遭いくにゃりと曲がる度に、けらけらと子供は笑った。
レイは上着と言ったが、女はその下に、なにも身につけてはいなかった。
「なんだよお前、変態かよ。安心しろ。どうというこたないぜ」
女の裸を見ても、触れても、相変わらずレイの身にはなにも起こりやしないのだった。
「子供はあっち行ってなさい。………うん?」
レイは女の下腹部に目がいった。それは完全に、純度100パーセント、エロ目的で見やったものだが、女の下腹部が薄く血にまみれていることに気づくきっかけになった。言うまでもなく、無惨にも陰核を引きちぎられた痕だ。さすがに女の下腹部に血がついていたからってすぐさま月経を結びつけることはない。生理用品ってものがこの世に存在することぐらいレイは知ってるからだ。
「なんだよこれお前」
そう言いながらレイは、女から剥ぎ取った服の股間部を見た。股間部の内側は赤赤と染まっており、レイはイヤだなと思った。
「け、怪我を」
息も絶え絶えに弱々しく女は言った。ヒステリックに叫ばなかったのは、怪我した理由が神見にあることをレイと自分に気づかせないため、神見と自分を庇うための理性からだった。
「怪我?。処女喪失じゃなくて?」
レイはそっちをイメージしていた。
「ちがう、怪我、怪我しただけ!」
教団に対し空振りを続ける復讐心と晴らすことできぬ鬱積した性欲を持て余しているレイはセクハラ親父と化し、調子に乗った。
「へえ、怪我ねえ。毛のあるところに怪我ねえ、なんつって」
「………」
「………ちょっと見せてみなさい」
たぶん、たぶんだけど、勃起できない代わりにレイの大脳新皮質のどっかが勃ってるんだろうね。女が抵抗する間もなく、がばっと女の両の脚をレイは開いた。そして、陰惨なことになってるそれを見た。
「これは、大変じゃないか。どうしたんだ一体」
「…………」
女は黙った。黙られると、レイはなんだかすごく興奮した。
「うむ、これはひどい。応急処置ってやつが必要なんじゃないか?。どれどれもっと私に見せてみなさい。うむ、うむうむ、こりゃあひどい。こりゃあひどいぞ。ぷらんぷらんしておる。ぷらんぷらんしておるぞ。大変だ。何か手当てを……今のおれにできることと言えば」
そう言って馬の面をかぶったレイはキンカンを握りしめた。片目でそれを見た女は青ざめ、息をのんだ。
「今のおれにはキンカンを塗ってやることぐらいしか」
「やめろおおお」
鈍牛のような女の叫び声がフロアに響いた。悪魔め。
続。今回で無理矢理にでも終わらせてやろうと思ったのに。必ず次で終わらせてやる。