アノマニスからの脱却(8)
彩りという彩りのない、陽の光さえ届かぬ窓のない殺風景な部屋の淡いキャンドルのゆらめく灯火を背に、神見は微動だにせず、動いていない。このうすぼんやりとした部屋で、ひとりでいる時は糸の切れた操り人形のように、事切れたタコのように、僅かに上下する露わになった胸部以外動くことなく、じっとベッドの上で甘い吐息を吐いている。ある信者はこれを瞑想していると言い、ある信者は神と交信していると言った。
こんこんこん、重たそうな部屋の扉を三回、誰かがノックした。ぴくり、と神見は体を震わせその音に反応した。
「失礼します」
扉が開かれ、入ってきた者は上位の信者だ。何度も何度もその信者は頭を下げた。部屋に立ちこめる匂いは強烈だ。立ちのぼるキャンドルの煙と神見の吐く息や体から発せられる淫臭ともいえる癖のある甘美な香りが充満している。この匂いを嗅ぐと、男の信者ならば条件反射的に勃起してしまうほどだ。実際のところ神見が何をしているのか、何を想っているのか、誰も知らない。
「お時間です。神延べ様」
「そう」
気だるげに神見は応えて、ぷくりとした両の乳房をむき出しに、上体を起こした。それを見た信者の目は、すぐに夢を見ているかのようにぼんやりとしたものになった。彼女がこの部屋に来るのは初めてのことだった。神見と似て小さく質素な顔をしていた。
その自分にあてられた彼女の顔を見た神見は、吐く息に、なにやら言葉にならない淫靡な声を混ぜ、そして小さく微笑んだ。信者の女は震える脚を前へ運び、神見の下まで歩を進めた。震えているのは恐怖からではない。すでに極度の快感を得ているからだ。
神見は彼女を激しく求めた。女はなされるがままに身を捧げた。
溺れそうな狂態を演じるのも佳境に迫ろうかという頃、神見は何かを思い出したかのようにぽつりとつぶやいた。
「あの子は何をしているのかしら?」
神見にとってそれはどうでもいい独り言だったが、女は自分にされた質問だと捉えざるをえない環境だった。
「今、あの方は先代のところへ、行っているか…と……あああ!!、い、痛い!!」
女の答えは悲鳴にとって変わった。神見が指でつまんでいた彼女の陰核を万力のように潰しにかかったからだ。女がいくら悲鳴をあげても、神見は指を離さなかった。それどころかそのピンチ力や女の抵抗に対する不動の力は刻一刻と強くなり、神見の細い小さな体からは想像もできないほど強いものになっていった。まるで何かに取り憑かれた人間のそれだった。
女信者の悲鳴がやがて青息吐息に変わると、神見は、
「そう、嫌な子」
と、つぶやいて、指についた鮮やかな桃色の血のを舐め、動かなくなった彼女の体を飽きることなく弄んだ。
最寄り駅に降り立ったレイはまっすぐに教団本部を目指した。折しも時刻は夕暮れ、こんな日に限って夕陽は、神様が配色を間違えたのか、でたらめな紫色に染まっていた。
歩いて15分ほどだろうか、周りの閑静な、いや、退屈な住宅地から一線を画すように、まるで古代人の想像する神の住む神殿のような、大きくていびつでやたら目立つ5階建ての建物があった。教団本部だ。テレビや週刊誌を通して見るそれよりも、でんと鎮座するそれは重厚かつ威圧的であり、レイは二の足を踏みかけた。だが、やるしかない。ここまで来て、怖くなったから引き返します、じゃお話にならない。
幸運にも、教団本部は静まり返っていて、あたりに信者1匹見当たらない。例のオブジェをたたえた正門前まで来てレイはあたためていた作戦を実行しようとした。
だが外観から見て、どう見てもインターフォンが見つからず、早速レイは途方にくれた。レイの作戦は、インターフォンで「宅配便です」と必殺のたばかりをかまし侵入を果たす、という猿もびっくりの浅知恵だった。
さて、どうしたものか。ええい。
レイは思案ののち、颯爽と人の背丈ほどの正門前を塞ぐフェンスを乗り越え、侵入を果たした。鍵がなけりゃ入れない、そんな不文律などない。
侵入し、レイは玄関にたどり着いた。大きなガラス張りの自動ドアは、まるでここが旅館ホテルのようにレイを錯覚させた。レイは既に不法侵入者なので、信者にでも見つかったら言い訳も立たない。従ってレイは、慎重に見を柱などに隠しながら、ずり寄るよう本部内を探る。しかし、そこは素人。中ばかりに気を使ったその姿は、外から見たら真面目のま抜け、もろ見えだった。
「おじさんだれ?」
緊迫する背景のなか、背後から甲高い声でそう話しかけられたものだから、レイは、
「うしゃおう」
などと喚き、逆立つ背中の産毛を意識しながら派手に飛び退き、軽やかに転げた。
「おじさんだれ?」
派手に転んでいたレイの目をじっと見て、それはまた同じことを言った。小さな、とても小さな子供だった。
小熊の陰に母熊あり、レイは首を上下左右に振り乱し、辺りを確認した。レイの不安をよそに、子供はじっと、宇宙人でも見つけたかのようにレイを見つめている。どうやら、母熊はいないようだった。
「なに、ちょっと用事があってね。君はここに詳しいの?」
相手がガキだということで、レイはたかをくくった。真っ赤なワンピースに身を包んでいるその子供は、明らかに、明らかに、信者の子であることは目に見えていた。
「ぼく、知ってるんだよ」
子供はレイの質問を無視して、不思議なことを言い始めた。これだからガキはイヤなんだ。レイは小さくため息を吐いた。
「それはよかったね。じゃあおじさん忙し…お兄さん忙しいから、またね」
「ぼく、知ってるんだよお」
聞き取りづらい声で、子供はそう言った。小さな、小さな子供だ。
「はいはい、ねえ、えらいねえ、それはえらいから引き続きどっかで遊んでてねえ。お兄さんのことは誰にも言っちゃあいけないよ」
「遊んでないよお」
「へえ、そう。それはえらいからどっか行ったらいいよ」
「ぼくは夢を見てるんだよ」
「ああそう、そういうことを他の大人に言ったら冷たい目で見られるから気をつけるんだよ。ママのところに帰りなさい」
「ママに言われた」
立ち上がったレイは相変わらず柱に身を隠し、おマヌケな姿をさらしている。
「何を言われたんだよ。ああいや、それならまあ、君は君の職務を全うしてくれ」
「ぼく知ってるよ」
「………人なつっこいな君は。だから何をよ」
レイの目をそのいたいけな瞳を上目遣いに、じっと見つめながら子供は言った。
「ぼく知ってるよ。おじさん、ママの友達い」
「いや、あいにくここに知り合いはいな…い…」
電光石火で、レイは思い当たる節をみつけた。
「おじさんママの知り合い」
「君のママは、ひょっとして、もしかして、えらい人かな?」
「ママはママ」
「そりゃそうだ。うむ、質問が悪かったな。君のママはカナミって名前かな?」
「それえ、ぼくの名前」
「ああ、あっそう。ああそうか。なるほどね。いや、なるほど。あっと、じゃあ、今ママはどこにいるのかな?」
「知らない」
「知らないの!?…へえ」
「うん」
「じゃ、じゃあ、どこでどうして、ママに言われたなんてカナミ君は言うのかな?」
「なに?」
「うん、自分で言っててもなにがなんだかよくわからない質問をしたよ」
「じゃあね、さようなら」
「唐突だな君は。まったくもって唐突だよ君は。どこに行くの?」
「じいじのとこ」
「………ああ、それはいいねえ」
果たして前回ボロクソにやられたオヤジに対し、ほぼ丸腰のレイに勝ち目はあるのか、なんらかの作戦はあるのか。それは、ない、とも言えるし、ある、とも言える。どっちなんだと問われれば、どっちかと言えば無策だと答えざるを得ない。だって、不意打ちで一発食らわせればいいなあ、なんて考えているんだもの。行き当たりばったりにも程があるってものよ。
教団内に入って行くかと思いきや、子供は敷地をぐるりと周り、裏手へとひょこひょこ歩いていった。「ついていってもいい?」と訊いたレイに、子供は「いい」と答えた。それがノーを意味する「いい」なのかイエスを意味するものなのかどうか、そんなことを考えている間に子供は先を行った。多少心許ない返事だったが、レイはそれを了解と理解し、ついて行った。もとより、断られようとついていく気満々だったが。忘れるな、こいつは根っからのストーカー気質よ。
本部の裏手には、小さな石造りの蔵のようなものがあり、それは物置だった。ぎいと音が鳴り、子供は扉を開いた。内部は雑然と左右くまなく物が放置されている。
臭い。たまらなく臭い。
レイは中にいるというオヤジであろう人物を警戒し、扉の横に身を隠した。子供はその匂いに目もくれず、暗い暗い中をひょこひょこ歩いていった。
「じいじ、写真のおじさん」
暗闇の中、舌っ足らずに子供がそう言った。しかし、返答はなかった。子供はそれから色んなことを喋り出した。子供の喋る言葉は、とても日本語とは思えず、じいじと自分だけのオリジナル言語、のようなもので、レイには子供が何を言っているか見当もつかなかった。何より、話し声がひとつだけなのが不思議だった。あのオヤジの、忘れようとも忘れられない悪魔の声を、一度も聴かない。
半身で中を覗いていても、中で何が起こっているのかまるでわからない。よく考えれば、自分が今半身になって中を覗いていることは、相手から丸見えのはずだ。レイは意を決して中に入ることにし、携帯電話のライト機能を点けた。
「ぐっ」
物置の奥にあるそれに携帯電話の頼りない脆弱なライトがあたり、露わになると、レイは息をのんだ。
「何をやってるんだ君は!」
我に返ると、レイはついつい声を荒げた。間接的に照らされた子供は少し驚いた顔でレイを見た。
「腐ってるじゃないかこれは」
そう言った自分の言葉に、吐き気を催した。鼻孔にまとわりつくこの匂い、それが人体の腐臭だと気づくと、レイは周りの宙を幾度も両手で振り払うようにかき乱した。それは駄々をこねくり回した子供のようだった。
一通り錯乱したレイが荒くなった息をできるだけ新鮮な空気を探して整えていると、
「じいじは夢を見てるんだよ」
と、子供が教えてくれた。
「いや、こらもう死んどるやろ」
なぜか関西弁で、レイはそれに応じた。
続
こんこんこん、重たそうな部屋の扉を三回、誰かがノックした。ぴくり、と神見は体を震わせその音に反応した。
「失礼します」
扉が開かれ、入ってきた者は上位の信者だ。何度も何度もその信者は頭を下げた。部屋に立ちこめる匂いは強烈だ。立ちのぼるキャンドルの煙と神見の吐く息や体から発せられる淫臭ともいえる癖のある甘美な香りが充満している。この匂いを嗅ぐと、男の信者ならば条件反射的に勃起してしまうほどだ。実際のところ神見が何をしているのか、何を想っているのか、誰も知らない。
「お時間です。神延べ様」
「そう」
気だるげに神見は応えて、ぷくりとした両の乳房をむき出しに、上体を起こした。それを見た信者の目は、すぐに夢を見ているかのようにぼんやりとしたものになった。彼女がこの部屋に来るのは初めてのことだった。神見と似て小さく質素な顔をしていた。
その自分にあてられた彼女の顔を見た神見は、吐く息に、なにやら言葉にならない淫靡な声を混ぜ、そして小さく微笑んだ。信者の女は震える脚を前へ運び、神見の下まで歩を進めた。震えているのは恐怖からではない。すでに極度の快感を得ているからだ。
神見は彼女を激しく求めた。女はなされるがままに身を捧げた。
溺れそうな狂態を演じるのも佳境に迫ろうかという頃、神見は何かを思い出したかのようにぽつりとつぶやいた。
「あの子は何をしているのかしら?」
神見にとってそれはどうでもいい独り言だったが、女は自分にされた質問だと捉えざるをえない環境だった。
「今、あの方は先代のところへ、行っているか…と……あああ!!、い、痛い!!」
女の答えは悲鳴にとって変わった。神見が指でつまんでいた彼女の陰核を万力のように潰しにかかったからだ。女がいくら悲鳴をあげても、神見は指を離さなかった。それどころかそのピンチ力や女の抵抗に対する不動の力は刻一刻と強くなり、神見の細い小さな体からは想像もできないほど強いものになっていった。まるで何かに取り憑かれた人間のそれだった。
女信者の悲鳴がやがて青息吐息に変わると、神見は、
「そう、嫌な子」
と、つぶやいて、指についた鮮やかな桃色の血のを舐め、動かなくなった彼女の体を飽きることなく弄んだ。
最寄り駅に降り立ったレイはまっすぐに教団本部を目指した。折しも時刻は夕暮れ、こんな日に限って夕陽は、神様が配色を間違えたのか、でたらめな紫色に染まっていた。
歩いて15分ほどだろうか、周りの閑静な、いや、退屈な住宅地から一線を画すように、まるで古代人の想像する神の住む神殿のような、大きくていびつでやたら目立つ5階建ての建物があった。教団本部だ。テレビや週刊誌を通して見るそれよりも、でんと鎮座するそれは重厚かつ威圧的であり、レイは二の足を踏みかけた。だが、やるしかない。ここまで来て、怖くなったから引き返します、じゃお話にならない。
幸運にも、教団本部は静まり返っていて、あたりに信者1匹見当たらない。例のオブジェをたたえた正門前まで来てレイはあたためていた作戦を実行しようとした。
だが外観から見て、どう見てもインターフォンが見つからず、早速レイは途方にくれた。レイの作戦は、インターフォンで「宅配便です」と必殺のたばかりをかまし侵入を果たす、という猿もびっくりの浅知恵だった。
さて、どうしたものか。ええい。
レイは思案ののち、颯爽と人の背丈ほどの正門前を塞ぐフェンスを乗り越え、侵入を果たした。鍵がなけりゃ入れない、そんな不文律などない。
侵入し、レイは玄関にたどり着いた。大きなガラス張りの自動ドアは、まるでここが旅館ホテルのようにレイを錯覚させた。レイは既に不法侵入者なので、信者にでも見つかったら言い訳も立たない。従ってレイは、慎重に見を柱などに隠しながら、ずり寄るよう本部内を探る。しかし、そこは素人。中ばかりに気を使ったその姿は、外から見たら真面目のま抜け、もろ見えだった。
「おじさんだれ?」
緊迫する背景のなか、背後から甲高い声でそう話しかけられたものだから、レイは、
「うしゃおう」
などと喚き、逆立つ背中の産毛を意識しながら派手に飛び退き、軽やかに転げた。
「おじさんだれ?」
派手に転んでいたレイの目をじっと見て、それはまた同じことを言った。小さな、とても小さな子供だった。
小熊の陰に母熊あり、レイは首を上下左右に振り乱し、辺りを確認した。レイの不安をよそに、子供はじっと、宇宙人でも見つけたかのようにレイを見つめている。どうやら、母熊はいないようだった。
「なに、ちょっと用事があってね。君はここに詳しいの?」
相手がガキだということで、レイはたかをくくった。真っ赤なワンピースに身を包んでいるその子供は、明らかに、明らかに、信者の子であることは目に見えていた。
「ぼく、知ってるんだよ」
子供はレイの質問を無視して、不思議なことを言い始めた。これだからガキはイヤなんだ。レイは小さくため息を吐いた。
「それはよかったね。じゃあおじさん忙し…お兄さん忙しいから、またね」
「ぼく、知ってるんだよお」
聞き取りづらい声で、子供はそう言った。小さな、小さな子供だ。
「はいはい、ねえ、えらいねえ、それはえらいから引き続きどっかで遊んでてねえ。お兄さんのことは誰にも言っちゃあいけないよ」
「遊んでないよお」
「へえ、そう。それはえらいからどっか行ったらいいよ」
「ぼくは夢を見てるんだよ」
「ああそう、そういうことを他の大人に言ったら冷たい目で見られるから気をつけるんだよ。ママのところに帰りなさい」
「ママに言われた」
立ち上がったレイは相変わらず柱に身を隠し、おマヌケな姿をさらしている。
「何を言われたんだよ。ああいや、それならまあ、君は君の職務を全うしてくれ」
「ぼく知ってるよ」
「………人なつっこいな君は。だから何をよ」
レイの目をそのいたいけな瞳を上目遣いに、じっと見つめながら子供は言った。
「ぼく知ってるよ。おじさん、ママの友達い」
「いや、あいにくここに知り合いはいな…い…」
電光石火で、レイは思い当たる節をみつけた。
「おじさんママの知り合い」
「君のママは、ひょっとして、もしかして、えらい人かな?」
「ママはママ」
「そりゃそうだ。うむ、質問が悪かったな。君のママはカナミって名前かな?」
「それえ、ぼくの名前」
「ああ、あっそう。ああそうか。なるほどね。いや、なるほど。あっと、じゃあ、今ママはどこにいるのかな?」
「知らない」
「知らないの!?…へえ」
「うん」
「じゃ、じゃあ、どこでどうして、ママに言われたなんてカナミ君は言うのかな?」
「なに?」
「うん、自分で言っててもなにがなんだかよくわからない質問をしたよ」
「じゃあね、さようなら」
「唐突だな君は。まったくもって唐突だよ君は。どこに行くの?」
「じいじのとこ」
「………ああ、それはいいねえ」
果たして前回ボロクソにやられたオヤジに対し、ほぼ丸腰のレイに勝ち目はあるのか、なんらかの作戦はあるのか。それは、ない、とも言えるし、ある、とも言える。どっちなんだと問われれば、どっちかと言えば無策だと答えざるを得ない。だって、不意打ちで一発食らわせればいいなあ、なんて考えているんだもの。行き当たりばったりにも程があるってものよ。
教団内に入って行くかと思いきや、子供は敷地をぐるりと周り、裏手へとひょこひょこ歩いていった。「ついていってもいい?」と訊いたレイに、子供は「いい」と答えた。それがノーを意味する「いい」なのかイエスを意味するものなのかどうか、そんなことを考えている間に子供は先を行った。多少心許ない返事だったが、レイはそれを了解と理解し、ついて行った。もとより、断られようとついていく気満々だったが。忘れるな、こいつは根っからのストーカー気質よ。
本部の裏手には、小さな石造りの蔵のようなものがあり、それは物置だった。ぎいと音が鳴り、子供は扉を開いた。内部は雑然と左右くまなく物が放置されている。
臭い。たまらなく臭い。
レイは中にいるというオヤジであろう人物を警戒し、扉の横に身を隠した。子供はその匂いに目もくれず、暗い暗い中をひょこひょこ歩いていった。
「じいじ、写真のおじさん」
暗闇の中、舌っ足らずに子供がそう言った。しかし、返答はなかった。子供はそれから色んなことを喋り出した。子供の喋る言葉は、とても日本語とは思えず、じいじと自分だけのオリジナル言語、のようなもので、レイには子供が何を言っているか見当もつかなかった。何より、話し声がひとつだけなのが不思議だった。あのオヤジの、忘れようとも忘れられない悪魔の声を、一度も聴かない。
半身で中を覗いていても、中で何が起こっているのかまるでわからない。よく考えれば、自分が今半身になって中を覗いていることは、相手から丸見えのはずだ。レイは意を決して中に入ることにし、携帯電話のライト機能を点けた。
「ぐっ」
物置の奥にあるそれに携帯電話の頼りない脆弱なライトがあたり、露わになると、レイは息をのんだ。
「何をやってるんだ君は!」
我に返ると、レイはついつい声を荒げた。間接的に照らされた子供は少し驚いた顔でレイを見た。
「腐ってるじゃないかこれは」
そう言った自分の言葉に、吐き気を催した。鼻孔にまとわりつくこの匂い、それが人体の腐臭だと気づくと、レイは周りの宙を幾度も両手で振り払うようにかき乱した。それは駄々をこねくり回した子供のようだった。
一通り錯乱したレイが荒くなった息をできるだけ新鮮な空気を探して整えていると、
「じいじは夢を見てるんだよ」
と、子供が教えてくれた。
「いや、こらもう死んどるやろ」
なぜか関西弁で、レイはそれに応じた。
続