アノマニスからの脱却(6)
そんな軽い気持ちで行ったものだから、実際にまだコンビニが現存し、ますます頭髪退行に拍車がかかった佐井九を見たとき、レイは焦った。
焦った、というのは特攻を決意した人間には不思議な感情だが、あまりに、あまりに軽い気持ちで、ニートだったころのよう、いつも通りといった体で行ったものだから、レイは焦るに至った。レイの希望的観測からしたら、3人はセットでいるはずだ、という期待もあった。
コンビニの前でレイはしばらく入るか入るまいか逡巡した。そして、どこか投げやりで客観的だったその決意がその身に落ち着いたころ、入ることに決めた。
佐井九は店に入ってきた男を見てぎょっとした。言うまでもなく、佐井九にはそれがレイであることに気がついたからだ。
いかにも閑古鳥の匂いがする閑散とした寂しい店内のレジで相対したふたり。しばし、ふたりの間に沈黙が流れ、その沈黙を破るように、遠くで消防車のサイレンが鳴った。
ここから如何なる修羅場に発展するのかと、おれは胸をときめかせたりしたもんだけど、そううまく問屋は卸さなかったよ。
改めて佐井九の面をまじまじと見たレイは、とてもおかしくなったのか、何を言う前に、ニヤリと笑った。そしてひとつ、大きくため息をつくと、そのまま店を出ようとした。復讐の旅に出たものが、標的たる人物を目の前に、笑い、ため息をつき、何もしない。こんなことがあるのだろうか。
わけもわからず、しかし思い当たる節があった佐井九は、レイを自動扉の前で呼び止め、二階の自宅に招いた。
レイは佐井九の顔をまじまじと見たとき、佐井九を強く憐れんだ。ふくよかだった顔は、遠目から見たらわからなかったが、見るも無惨に生気を失いぼやけた顔色、死んだ魚のように淀んだ瞳、当時の面影を少し残すぷくりとしたほっぺなどは、まるで口内に綿を含んでいるようで、目の下にはクマが色濃くありありと浮かんでいる。まさに棺桶片足だった。ちらりと店内を見渡せば、飼い犬は飼い主に似る、のそれだった。
レイは思った。ああ、こいつ捨てられたな、と。それはレイにとって充分憐みの対象になった。なぜならば、自分も捨てられたようなものだからだ。もちろん、ぶん殴ったりしたい気持ちもあるのだが、その憐れみとここで問題を起こしたら本懐を遂げられなくなる可能性という問題には遠く及ばないものだった。
佐井九からお呼びがかかるとレイは、なるようになれ、とつぶやいた。
小汚い居間で佐井九から話を訊けば、まさにレイの思った通りだった。佐井九は教団に、神見に捨てられていた。それは当然だといえば当然の仕打ちだが、ちょっと事情が違う。
なんでもあれからしばらく、オヤジ、神見と共に3人で教団を引っ張っていたのだが、教団の運営が予想だにしない形で軌道に乗り始めると、佐井九から教団を離れたらしいのだ。
「あれから何度も、何度も何度も、神見は私を求めてきたよ」
「そんなことをわざわざおれに言う神経を疑いますね」
「すまない。しかし聞いてくれ。ただ静かに」
「そうですか、ではひとつうるさく聞いてやりましょうか、お前バカヤローてめえこのお!、早く喋れバカヤロー!」
「………頼むよ」
「はい」
レイのテンションは高かった。その精神は悲しいはずの葬式で坊主の禿頭に一匹のハエが止まり笑わないように気をつけねばならない様に似ている。葬式じゃないから、思う存分に、はしゃぐ。心の奥底ではこいつをぶっ殺したい、しかしやらないと決めた。そのストレスのはけ口としてハイなテンションに繋がっている。
「私ははじめ、神見が私を愛していると思っていた。神見が私を認めていると思っていた。神見とは、すなわち、私の信ずる神様そのものであり、その神様から唯一私が愛を許された存在であると、私は嬉しかった。そして、満ち足りていたよ。教団にいた頃は否定していたが、いつの頃からか私も神見を愛していたのだろう」
「愛していたならあんなことするもんかよ」
「………しかし、神見が神延べ様になると、教団に信者が増えた。神見には人を惹きつける魅力があった。そしていままでにないぐらい教団に金が入ってきた。私はこの店の経営もそこそこにして、信者を含めた彼らと金回りを支えるシステムを構築した。ニートやひきこもりに特化した教団運営を考えたのも私だよ。今となってはそんなこと、だけども、そして」
「早く喋れよマジで、話の核を」
「ああ、そして」
「そしてじゃねえって、そして、なんて話の足し算だろ?、倍速で喋れ倍速で。おれは悠長にあんたの自伝を聞いてる暇はねえんだよ。かいつまめ」
「そして、今に至る」
「かいつまみ過ぎだろハゲコラ。ハハハ、おもしろいこと言いますねえ、とでもおれが言うと思ってんのか、おい」
「まあ、冗談はよしこちゃんにして」
そう言った佐井九の頭を、レイは結構強めに殴った。グーで。
「システムは単純で、ありきたりで、教団内ではっきりとしたヒエラルキーを敷き、長期に渡り彼らから金を搾取する寸法だった。それは教団に害をなす反乱分子を早い段階で見分けるのにも役立った」
「だから」
「そして」
「てめえ」
「それを確立してしばらくしたのち、私は教団を離れた」
「予防策を講じてんじゃねえぞ」
「………そのシステムの中で唯一、神見が提案したものがあった。上位者は神見の身の回りの世話をするってことだよ。私は反対したが、それと同時に私は信じていた。神見を信じきっていたから、それを組み込んだ。だが、私は間違っていた。何もかも、初めから何もかも間違っていた。神見は彼らを抱いたよ。狂ったように求めた。とっかえひっかえに。私なんて、神見にとって見れば、棒だよ。ただの棒に過ぎなかった。歩き回り考える棒に過ぎなかった」
「ま、ご立派な棒だけどな」
「神見は私など眼中になかった!!」
「うるせえ!、急に騒ぐな、そして人の冗談を無視すんな!」
「………私は喪失感に打ちひしがれた。私がいままでやってきたこと、教団の為神見の為にやってきたこと、そのすべては神見にとってどうでもいいことで、神見はただ快楽の淵に立っていたいだけだった。神見が私以外の男や女と日々まぐわっているのを、私は許せなかった。神延べ様である神見に、私は捨てられた、そう強く思ったと同時に、信仰を裏切ることはできない、という信仰心が立った。私はそのふたつの狭間から生じる煩悶に揺れた」
「あんたの話から信仰心なんて感じなかったけどな。ありきたりな金の亡者だろ」
「今の私はアノマロカリス教に信仰心がないから、そう聞こえたのだろう。当時の私はあくまでも、教団が繁栄するには金がいった、その一心だ。なにより、信仰心があればこそ、あの当時の神見にあんなことも出来た」
「一時の気狂いが免罪符になると思うなよ」
「悪かった。ひどいことをした」
「まあ、今はいい。そんで?」
「時を同じくして、私は先代から疎まれるようになった。教団のシステムが確立し、神見の御側御用の役目もなくなった私は、もはや教団にとっていらない人間になった。むしろ、邪魔者さ。色々と教団の暗部を知っているし、なにより私と先代の間には約束があった。それは私の親と先代との間で交わされた約束で、ま、アノマロカリス教の実質的な経営権の譲渡だ。金の亡者と君は言ったが、それは先代だよ。ちっぽけな個人経営の中小起業に過ぎなかったアノマロカリス教が巨大なものになるに連れ、赤の他人の私が邪魔になったのだろう」
「なんだ。あんたの代わりでも見つけてきたのか」
レイがそう口にだした時、頭で嫌な予感がした。
「神見に子供が産まれたんだ。まだ、教団の信者が増える前に、さ」
「誰の子だよ」
おそるおそる、レイは訊いた。
「君もわかっているように、時系列的に考えれば、私か、君か、先代の子、だろう。君は思い当たる節はあるか」
「おれじゃあない…はずだ」
避妊はしていたからだ。
「遺伝子検査なんかしたのか?」
「するもんか。まあ誰の子かは関係ない。先代は自分の子だと確信しているからね。あのとき、誰のものも皆、自分が掻きだしたわけだから」
「…………そうか。わかった。とにかく、それから辞めて、現状に至るってことだな。もういいよ。招かれた礼儀で話を訊いてやったが、今度はおれの質問に答えてもらう。そうだな、おれんちを燃やし、家族を殺した奴を知っているか、だ」
「…その質問にはどう答えるべきか。まず、私の話を聞いて欲しい」
「お前、人の話を聞いているのか?」
「まあ待ってくれ。その質問に関わりのある話なんだ」
「嘘だったら、大変な目にあわせるからな」
「さっき先代と親がそう約束したと言ったが、私の親はアノマロカリス教の設立に深く関わった人間なんだ。当時、どちらが教祖に、教祖家になるか、そう揉めたんだろう、そして妥協点として、アノマロカリス教の二代目はまだ子供だった私にする、という約束が交わされた。しかし、しばらくして、神見が生まれた。…………思えば私の生涯はずっと先代の邪魔者だった。それに気がつかずに、ずっと、信じてきた。お笑いものだよ。現状からわかるように、先代は私の親との約束を反故にする気だった。それには邪魔者がいる。約束を知る私の親だよ。私などは、アノマロカリス教団に忠誠を誓っていた私など、どうとでもなると、そう思っていたのだろう。神見が生まれた同時期に、私の親は事故で死んでいる。そう、そうだよ。殺されたんだよ。先代のことを信じきっていた私は、ああ、それを知るのにどれほどの時間を私はあいつの手のひらの上で過ごしてきたというのか。邪魔者はみな殺してしまう癖があるんだ、あいつには」
「おれの家族も同じく、か」
「そうだ」
「で、その話と実行犯とに、なんの関係があるんだ?。大変な目にあわされてえのかよ?」
「わからないのか」
「なんだよ」
「実行犯だなんて、そんな後ろめたい邪魔者、どういう目にあったかわからないのか?」
「………なるほど。しかしだ。あんたの話は信憑性が乏しいぜ。なんせ元身内だからなあ。いや、今だって身内かもしれない男だからなあ。そもそも、邪魔者は殺すって、あんたはまだ生きてるじゃないか」
「見ろよこの私を。今にも死にそうだ。この店だって来月にはなくなるよ。そういうふうに追い込まれたんだ。教団も名が売れたから、荒療治はやめたみたいだよ。じきに私は死ぬよ」
「…警察には行かないのか?」
「君だって、行かないだろ?。その理由は、その理由に行き着いた道は違えど、きっと同じようなものだよ」
「食えなくなるから死ぬのか?」
「いや、少し違う。今後もあいつは私をずっと、ずっと今のように邪魔してくる。この先ずっと、何をやってもきっと、うまくいかない。それを考えると、死にたくなるんだ。それに、私は生まれてこの方、ずっと、人生に目印があった。それの為ならば、変な話だが命も惜しくないほどだった。それももうない。生きてたって何にもないんだよ。この先ずっと、苦しみしかない。だったら、死ぬ。それがあいつが、喧嘩別れした私にかけた呪いだ」
「喧嘩別れだと?」
「親の死の真実を、まるで反吐を出すように、汚く罵りながら、あいつは私に語ったよ」
「そうか。復讐しようと思わないのか?」
「復讐だって?。私が?。私に復讐する権利はない。惨めに死ぬんだよ。それが、せめてもの償いだ」
「………あんたが、おれんちを燃やした奴らを殺したのか?。悪事に手を染めたことへの償い?」
「そういったことだ」
「へえ、あんたが。そりゃどうも」
「いや、礼には及ばない」
「当たり前だろムカつくな!。だいたいなんだよ!。お前みたいな奴を真面目のじ抜きってんだよ!。肝心なとこに目がいってねえ!」
続
焦った、というのは特攻を決意した人間には不思議な感情だが、あまりに、あまりに軽い気持ちで、ニートだったころのよう、いつも通りといった体で行ったものだから、レイは焦るに至った。レイの希望的観測からしたら、3人はセットでいるはずだ、という期待もあった。
コンビニの前でレイはしばらく入るか入るまいか逡巡した。そして、どこか投げやりで客観的だったその決意がその身に落ち着いたころ、入ることに決めた。
佐井九は店に入ってきた男を見てぎょっとした。言うまでもなく、佐井九にはそれがレイであることに気がついたからだ。
いかにも閑古鳥の匂いがする閑散とした寂しい店内のレジで相対したふたり。しばし、ふたりの間に沈黙が流れ、その沈黙を破るように、遠くで消防車のサイレンが鳴った。
ここから如何なる修羅場に発展するのかと、おれは胸をときめかせたりしたもんだけど、そううまく問屋は卸さなかったよ。
改めて佐井九の面をまじまじと見たレイは、とてもおかしくなったのか、何を言う前に、ニヤリと笑った。そしてひとつ、大きくため息をつくと、そのまま店を出ようとした。復讐の旅に出たものが、標的たる人物を目の前に、笑い、ため息をつき、何もしない。こんなことがあるのだろうか。
わけもわからず、しかし思い当たる節があった佐井九は、レイを自動扉の前で呼び止め、二階の自宅に招いた。
レイは佐井九の顔をまじまじと見たとき、佐井九を強く憐れんだ。ふくよかだった顔は、遠目から見たらわからなかったが、見るも無惨に生気を失いぼやけた顔色、死んだ魚のように淀んだ瞳、当時の面影を少し残すぷくりとしたほっぺなどは、まるで口内に綿を含んでいるようで、目の下にはクマが色濃くありありと浮かんでいる。まさに棺桶片足だった。ちらりと店内を見渡せば、飼い犬は飼い主に似る、のそれだった。
レイは思った。ああ、こいつ捨てられたな、と。それはレイにとって充分憐みの対象になった。なぜならば、自分も捨てられたようなものだからだ。もちろん、ぶん殴ったりしたい気持ちもあるのだが、その憐れみとここで問題を起こしたら本懐を遂げられなくなる可能性という問題には遠く及ばないものだった。
佐井九からお呼びがかかるとレイは、なるようになれ、とつぶやいた。
小汚い居間で佐井九から話を訊けば、まさにレイの思った通りだった。佐井九は教団に、神見に捨てられていた。それは当然だといえば当然の仕打ちだが、ちょっと事情が違う。
なんでもあれからしばらく、オヤジ、神見と共に3人で教団を引っ張っていたのだが、教団の運営が予想だにしない形で軌道に乗り始めると、佐井九から教団を離れたらしいのだ。
「あれから何度も、何度も何度も、神見は私を求めてきたよ」
「そんなことをわざわざおれに言う神経を疑いますね」
「すまない。しかし聞いてくれ。ただ静かに」
「そうですか、ではひとつうるさく聞いてやりましょうか、お前バカヤローてめえこのお!、早く喋れバカヤロー!」
「………頼むよ」
「はい」
レイのテンションは高かった。その精神は悲しいはずの葬式で坊主の禿頭に一匹のハエが止まり笑わないように気をつけねばならない様に似ている。葬式じゃないから、思う存分に、はしゃぐ。心の奥底ではこいつをぶっ殺したい、しかしやらないと決めた。そのストレスのはけ口としてハイなテンションに繋がっている。
「私ははじめ、神見が私を愛していると思っていた。神見が私を認めていると思っていた。神見とは、すなわち、私の信ずる神様そのものであり、その神様から唯一私が愛を許された存在であると、私は嬉しかった。そして、満ち足りていたよ。教団にいた頃は否定していたが、いつの頃からか私も神見を愛していたのだろう」
「愛していたならあんなことするもんかよ」
「………しかし、神見が神延べ様になると、教団に信者が増えた。神見には人を惹きつける魅力があった。そしていままでにないぐらい教団に金が入ってきた。私はこの店の経営もそこそこにして、信者を含めた彼らと金回りを支えるシステムを構築した。ニートやひきこもりに特化した教団運営を考えたのも私だよ。今となってはそんなこと、だけども、そして」
「早く喋れよマジで、話の核を」
「ああ、そして」
「そしてじゃねえって、そして、なんて話の足し算だろ?、倍速で喋れ倍速で。おれは悠長にあんたの自伝を聞いてる暇はねえんだよ。かいつまめ」
「そして、今に至る」
「かいつまみ過ぎだろハゲコラ。ハハハ、おもしろいこと言いますねえ、とでもおれが言うと思ってんのか、おい」
「まあ、冗談はよしこちゃんにして」
そう言った佐井九の頭を、レイは結構強めに殴った。グーで。
「システムは単純で、ありきたりで、教団内ではっきりとしたヒエラルキーを敷き、長期に渡り彼らから金を搾取する寸法だった。それは教団に害をなす反乱分子を早い段階で見分けるのにも役立った」
「だから」
「そして」
「てめえ」
「それを確立してしばらくしたのち、私は教団を離れた」
「予防策を講じてんじゃねえぞ」
「………そのシステムの中で唯一、神見が提案したものがあった。上位者は神見の身の回りの世話をするってことだよ。私は反対したが、それと同時に私は信じていた。神見を信じきっていたから、それを組み込んだ。だが、私は間違っていた。何もかも、初めから何もかも間違っていた。神見は彼らを抱いたよ。狂ったように求めた。とっかえひっかえに。私なんて、神見にとって見れば、棒だよ。ただの棒に過ぎなかった。歩き回り考える棒に過ぎなかった」
「ま、ご立派な棒だけどな」
「神見は私など眼中になかった!!」
「うるせえ!、急に騒ぐな、そして人の冗談を無視すんな!」
「………私は喪失感に打ちひしがれた。私がいままでやってきたこと、教団の為神見の為にやってきたこと、そのすべては神見にとってどうでもいいことで、神見はただ快楽の淵に立っていたいだけだった。神見が私以外の男や女と日々まぐわっているのを、私は許せなかった。神延べ様である神見に、私は捨てられた、そう強く思ったと同時に、信仰を裏切ることはできない、という信仰心が立った。私はそのふたつの狭間から生じる煩悶に揺れた」
「あんたの話から信仰心なんて感じなかったけどな。ありきたりな金の亡者だろ」
「今の私はアノマロカリス教に信仰心がないから、そう聞こえたのだろう。当時の私はあくまでも、教団が繁栄するには金がいった、その一心だ。なにより、信仰心があればこそ、あの当時の神見にあんなことも出来た」
「一時の気狂いが免罪符になると思うなよ」
「悪かった。ひどいことをした」
「まあ、今はいい。そんで?」
「時を同じくして、私は先代から疎まれるようになった。教団のシステムが確立し、神見の御側御用の役目もなくなった私は、もはや教団にとっていらない人間になった。むしろ、邪魔者さ。色々と教団の暗部を知っているし、なにより私と先代の間には約束があった。それは私の親と先代との間で交わされた約束で、ま、アノマロカリス教の実質的な経営権の譲渡だ。金の亡者と君は言ったが、それは先代だよ。ちっぽけな個人経営の中小起業に過ぎなかったアノマロカリス教が巨大なものになるに連れ、赤の他人の私が邪魔になったのだろう」
「なんだ。あんたの代わりでも見つけてきたのか」
レイがそう口にだした時、頭で嫌な予感がした。
「神見に子供が産まれたんだ。まだ、教団の信者が増える前に、さ」
「誰の子だよ」
おそるおそる、レイは訊いた。
「君もわかっているように、時系列的に考えれば、私か、君か、先代の子、だろう。君は思い当たる節はあるか」
「おれじゃあない…はずだ」
避妊はしていたからだ。
「遺伝子検査なんかしたのか?」
「するもんか。まあ誰の子かは関係ない。先代は自分の子だと確信しているからね。あのとき、誰のものも皆、自分が掻きだしたわけだから」
「…………そうか。わかった。とにかく、それから辞めて、現状に至るってことだな。もういいよ。招かれた礼儀で話を訊いてやったが、今度はおれの質問に答えてもらう。そうだな、おれんちを燃やし、家族を殺した奴を知っているか、だ」
「…その質問にはどう答えるべきか。まず、私の話を聞いて欲しい」
「お前、人の話を聞いているのか?」
「まあ待ってくれ。その質問に関わりのある話なんだ」
「嘘だったら、大変な目にあわせるからな」
「さっき先代と親がそう約束したと言ったが、私の親はアノマロカリス教の設立に深く関わった人間なんだ。当時、どちらが教祖に、教祖家になるか、そう揉めたんだろう、そして妥協点として、アノマロカリス教の二代目はまだ子供だった私にする、という約束が交わされた。しかし、しばらくして、神見が生まれた。…………思えば私の生涯はずっと先代の邪魔者だった。それに気がつかずに、ずっと、信じてきた。お笑いものだよ。現状からわかるように、先代は私の親との約束を反故にする気だった。それには邪魔者がいる。約束を知る私の親だよ。私などは、アノマロカリス教団に忠誠を誓っていた私など、どうとでもなると、そう思っていたのだろう。神見が生まれた同時期に、私の親は事故で死んでいる。そう、そうだよ。殺されたんだよ。先代のことを信じきっていた私は、ああ、それを知るのにどれほどの時間を私はあいつの手のひらの上で過ごしてきたというのか。邪魔者はみな殺してしまう癖があるんだ、あいつには」
「おれの家族も同じく、か」
「そうだ」
「で、その話と実行犯とに、なんの関係があるんだ?。大変な目にあわされてえのかよ?」
「わからないのか」
「なんだよ」
「実行犯だなんて、そんな後ろめたい邪魔者、どういう目にあったかわからないのか?」
「………なるほど。しかしだ。あんたの話は信憑性が乏しいぜ。なんせ元身内だからなあ。いや、今だって身内かもしれない男だからなあ。そもそも、邪魔者は殺すって、あんたはまだ生きてるじゃないか」
「見ろよこの私を。今にも死にそうだ。この店だって来月にはなくなるよ。そういうふうに追い込まれたんだ。教団も名が売れたから、荒療治はやめたみたいだよ。じきに私は死ぬよ」
「…警察には行かないのか?」
「君だって、行かないだろ?。その理由は、その理由に行き着いた道は違えど、きっと同じようなものだよ」
「食えなくなるから死ぬのか?」
「いや、少し違う。今後もあいつは私をずっと、ずっと今のように邪魔してくる。この先ずっと、何をやってもきっと、うまくいかない。それを考えると、死にたくなるんだ。それに、私は生まれてこの方、ずっと、人生に目印があった。それの為ならば、変な話だが命も惜しくないほどだった。それももうない。生きてたって何にもないんだよ。この先ずっと、苦しみしかない。だったら、死ぬ。それがあいつが、喧嘩別れした私にかけた呪いだ」
「喧嘩別れだと?」
「親の死の真実を、まるで反吐を出すように、汚く罵りながら、あいつは私に語ったよ」
「そうか。復讐しようと思わないのか?」
「復讐だって?。私が?。私に復讐する権利はない。惨めに死ぬんだよ。それが、せめてもの償いだ」
「………あんたが、おれんちを燃やした奴らを殺したのか?。悪事に手を染めたことへの償い?」
「そういったことだ」
「へえ、あんたが。そりゃどうも」
「いや、礼には及ばない」
「当たり前だろムカつくな!。だいたいなんだよ!。お前みたいな奴を真面目のじ抜きってんだよ!。肝心なとこに目がいってねえ!」
続