微笑シリーズ。民間潜入捜査官
「てめえら、ちゃんとパンしとけよ」
おれの一声で、パンパンパンと黒星の安っぽい渇いた音が廃ビルの一室に鳴り響き、ひとりの裏切り者の命が失われた。
おれの正体に気づきはじめやがった。
そいつはこの世界に身をやつしたおれのはじめて出来た兄貴分だったが、なに、“裏切り者”の末路は哀れなものだ。
おれはヤクザだがヤクザではない。久々にそのことを思い出させてくれたことは感謝しよう。
潜入捜査。日本でも限定的にその捜査方法が解禁され幾年が過ぎたが、警察はそれにおよび腰だ。わざわざそんなことをしなくても、危険な奴ら、と警察はもともとツーカーの間柄だからだ。まるでマジシャンが陳腐なトリックを超能力と言いはり新興宗教の教祖になるように、警察の中にはこの世界に入る奴もいる。安いテレビドラマのように危ない組織の後ろ盾に警察官僚がいることなどザラなのだ。そのことはこの世界に入って嫌というほど身にしみた。
おれはあるヤクザに潜入捜査をしている。もともとテレビ局のADをしていた。いや、今もテレビ局の職員なのだ。ヤクザに入ってもう10年も過ぎただろうか。なぜヤクザに潜入捜査をしているかというと、理由は至ってシンプル、“ヤラセ”のためだ。おれがテレビの世界に入ったとき、上司から最初に言われた言葉は「事件がないなら作り出せ」だ。ヤクザになって例の兄貴分に最初に言われた言葉が、「事件を起こしたら死んで詫びろ」だったのだから、これではどっちがヤクザかわからない。
スクープを欲した自己顕示欲の塊の、坊主が捨てた煩悩をこねてヒトガタにしたようなディレクターの指示でこの世界に入ったが、どうやらおれはテレビよりヤクザの世界があっていたようだ。喧嘩なんかしたことなかったが、今の世の中喧嘩をするヤクザの方が珍しい。ましておれは潜入捜査という役割からくる職務意識に支配され、必要以上に、ステレオタイプともいえるヤクザ屋を演じてやった。日本語もままならない奴らの中で頭角をあらわすのはそれほど難しいことではなかった。
はじめて部下がついた頃から、そのディレクターにちらほらと情報を報せていた。おれはシャブ班になっていたから、もっぱら芸能人の麻薬使用についてだった。何人も、著名人がおれのせいで検挙され、そのたびに事前に情報をつかんでいたうちのテレビ局はスクープ映像をものにした。
ある時は、おれが関わった麻薬取引の現場にカメラを入れさせたこともあるし、部下にショッキングな殺人を示唆させたこともある。捕まった部下はおれのことなど黙して語らなかったっけ。
おれはちゃんと事件を作り出し、それを報道するテレビ。カジノ行為をした“違法パチスロ店”を検挙する警察のように、マッチポンプの所業だ。
しかし、さすがにやりすぎた。特に殺人はまずかった。組織の中で行き場をなくしたおれは組長から、言うなれば再教育を受けた。より闇に潜らされたのだ。おれはシャブ班から処刑班になった。警察組織でいう公安部か、裏切り者を闇に秘す、ヤクザの世界でも特に鼻つまみ者の役割だ。
この時からおれはテレビに情報を売らなくなった。周りから懐疑の目で見られるようになってそんなことをする余裕もなかったし、裏切り者を始末する裏切り者という立場にジレンマを抱えていたこともある。人間、成り上がるために演じられる役割はひとりひとつだ。テレビ屋でヤクザ、までは演じられた。しかし、テレビ屋でヤクザで処刑人、までは演じきれない。どれかを捨てなければならない。おれはテレビ屋を封印した。おれがテレビ屋だということがバレたらどうなるか、それはおれが一番よく知っていた。
兄貴分はおれの、自分でさえ忘れていた役割を過去から掘り出してきた。それは意外なところからと言うべきか案の定と言うべきか、女から報れた。例のディレクターが酔っ払って、スクープ映像を撮るために部下をヤクザに潜入させていたこともある、とクラブのねえちゃんに自慢したからだ。過去形だというのも、悲しくはなかったがやるせなくなった。おれには親兄弟もいないが、帰る場所を失ったような気持ちになった。
それを知り、おれを訝しんだ兄貴はおれに直線で言ってきた。
「お前を信じるぞ」
馬鹿な男だ。おれは兄貴が情報を売っていると、兄貴におれの役割を仮託させ、兄貴に裏切り者の烙印を押した。そして兄貴は死んだ。おれが殺した。おれの過去をおれが殺した。もう過去にビクビクすることもない。
しかし、それと同時に、おれの中でテレビ屋の自覚が蘇ってきた。蘇ってきた、では前述したことに矛盾するから、新生したと言えばよいか。仕事に慣れ、余裕がうまれたからだろうか、油断が生じたからだろうか、はたまた酔席の戯言とは言えおれを売った上司の鼻をあかしてやりたかったからか、というのは冗談で、今回兄貴を強引に処刑したことでおれは立場を危めていた。お前はもう用済みだと、消される日が近づいていることは、おれが一番よく知っていた。死に花を咲かそう。おれが生きてきた証を残そう。おれはテレビ屋でヤクザで処刑人。そんなおれが生きた証を、闇の中より明るみにでよう。おれはまた、事件を作ることにした。今までにない、大きな事件を。
久しぶりにディレクターに連絡を入れた。連絡先などとうに変わっていたが、なに、今のおれに手に入らない情報などない。誰の暗い過去さえ洗い出せる、マスコミ以上に。
ディレクターは突然のおれからの連絡に驚きつつも、おれの話を聞くと喜び勇んで撮影の準備に取りかかった。
おれの作る事件は、大まかに言えばこうだ。現政権のトップがヤクザから命を狙われている。
ディレクターは知らないが、暗殺者はおれだ。
風そぞろの雲が重い日に、予定通りおれは政治家のタマを狙った。雨天順延はない。SPに守られた人物をどうやって狙うか、なに警備厳重なホワイトハウスのパーティーに堂々と民間人が潜入した事件があった。スナイパーライフルに迷彩服を着た、いかにも暗殺者、な服装でことに取りかかるわけではない。我が身をかえりみなければ、シンプルだ。独占スクープをさせなきゃならないから、他にカメラがある状況でそれをやるわけにはいかない、ディレクターはその日、密着取材を敢行していた。世論に揺られ庶民的な生活をアピールしたい政治家は、昼食にハンバーガーチェーン店で、“ディレクターの指示通り”直接本人が注文カウンターに立つ予定だ。その時、おれはやる。カメラは一台。もちろんSPはたくさん周りを取り囲んでいるが、おれは処刑班にいた男だ。いつだって警戒されていたし、ターゲットに殺されそうになったことさえある。警戒されずにターゲットに近づくことなど身をもって培ってきた。
おれの本当の事件は、有力政治家殺害さる、ではない。その殺害事件の黒幕がテレビ局であった、という部分だ。ふたつを合わせまさしく国を揺るがす事件になるだろう。暴露してやる。法廷から、国会から、おれはそれを叫んでやる。それがおれの存在証明だ。叫ぶ前に消される可能性もあるが、なに、犯罪者は重大な犯罪者ほど厳重に保護されるものだ。
昼飯時、混雑するハンバーガー店の注文カウンターの一列に政治家がならんだ。モーゼが海を裂るようなSPによる民衆整理は行われなかった。それでは意味がないからだ。市井に日本のトップあり、権力者も列にならぶのだとイメージアップを計るためには。もちろんディレクターの要望にその政治家が頷いた形だ。
カメラの位置関係から、政治家は予定通りの位置にいる。おれもカメラに政治家が倒れる様がちゃんと映るように、政治家の隣に陣取る。やる前に、予定を知っているカメラを回す店外のディレクターと目があった。ディレクターは特に何も目で返しはしなかった。実行犯がおれだと気がつかなかったのだ。
政治家の頭をピストルで素早くぶち抜くと、おれは捕まった。
おれは召喚された国会尋問で、事件のあらましを思う存分ぶちまけたが、同じく召喚された当の元ディレクターはおれが元ADだったという部分は認めたものの、知らぬ存ぜぬの一点張りで、一時はおれが精神異常者であると結論づけられた。おれはそれでも構わなかった。噂は時に真実よりも強い。
結局、精神異常者のままだと死刑にできないので、どうやらおれは健全な精神異常者らしい。すこやかなる精神異常者だ。的を射ている。
おれの部下達が元ディレクターを殺したと、おれは刑場に向かうクロークの途中で刑務官聞いた。
もうすぐどこかの国でおれの銅像が建つらしい。近い将来、世界は今より混沌とするだろう。良かった。おれは死んでさよならだ。
終わり。
これも最悪中の最悪。
これ自体、これ全体でボケだってのは伝わっているのだろうか?
おれの一声で、パンパンパンと黒星の安っぽい渇いた音が廃ビルの一室に鳴り響き、ひとりの裏切り者の命が失われた。
おれの正体に気づきはじめやがった。
そいつはこの世界に身をやつしたおれのはじめて出来た兄貴分だったが、なに、“裏切り者”の末路は哀れなものだ。
おれはヤクザだがヤクザではない。久々にそのことを思い出させてくれたことは感謝しよう。
潜入捜査。日本でも限定的にその捜査方法が解禁され幾年が過ぎたが、警察はそれにおよび腰だ。わざわざそんなことをしなくても、危険な奴ら、と警察はもともとツーカーの間柄だからだ。まるでマジシャンが陳腐なトリックを超能力と言いはり新興宗教の教祖になるように、警察の中にはこの世界に入る奴もいる。安いテレビドラマのように危ない組織の後ろ盾に警察官僚がいることなどザラなのだ。そのことはこの世界に入って嫌というほど身にしみた。
おれはあるヤクザに潜入捜査をしている。もともとテレビ局のADをしていた。いや、今もテレビ局の職員なのだ。ヤクザに入ってもう10年も過ぎただろうか。なぜヤクザに潜入捜査をしているかというと、理由は至ってシンプル、“ヤラセ”のためだ。おれがテレビの世界に入ったとき、上司から最初に言われた言葉は「事件がないなら作り出せ」だ。ヤクザになって例の兄貴分に最初に言われた言葉が、「事件を起こしたら死んで詫びろ」だったのだから、これではどっちがヤクザかわからない。
スクープを欲した自己顕示欲の塊の、坊主が捨てた煩悩をこねてヒトガタにしたようなディレクターの指示でこの世界に入ったが、どうやらおれはテレビよりヤクザの世界があっていたようだ。喧嘩なんかしたことなかったが、今の世の中喧嘩をするヤクザの方が珍しい。ましておれは潜入捜査という役割からくる職務意識に支配され、必要以上に、ステレオタイプともいえるヤクザ屋を演じてやった。日本語もままならない奴らの中で頭角をあらわすのはそれほど難しいことではなかった。
はじめて部下がついた頃から、そのディレクターにちらほらと情報を報せていた。おれはシャブ班になっていたから、もっぱら芸能人の麻薬使用についてだった。何人も、著名人がおれのせいで検挙され、そのたびに事前に情報をつかんでいたうちのテレビ局はスクープ映像をものにした。
ある時は、おれが関わった麻薬取引の現場にカメラを入れさせたこともあるし、部下にショッキングな殺人を示唆させたこともある。捕まった部下はおれのことなど黙して語らなかったっけ。
おれはちゃんと事件を作り出し、それを報道するテレビ。カジノ行為をした“違法パチスロ店”を検挙する警察のように、マッチポンプの所業だ。
しかし、さすがにやりすぎた。特に殺人はまずかった。組織の中で行き場をなくしたおれは組長から、言うなれば再教育を受けた。より闇に潜らされたのだ。おれはシャブ班から処刑班になった。警察組織でいう公安部か、裏切り者を闇に秘す、ヤクザの世界でも特に鼻つまみ者の役割だ。
この時からおれはテレビに情報を売らなくなった。周りから懐疑の目で見られるようになってそんなことをする余裕もなかったし、裏切り者を始末する裏切り者という立場にジレンマを抱えていたこともある。人間、成り上がるために演じられる役割はひとりひとつだ。テレビ屋でヤクザ、までは演じられた。しかし、テレビ屋でヤクザで処刑人、までは演じきれない。どれかを捨てなければならない。おれはテレビ屋を封印した。おれがテレビ屋だということがバレたらどうなるか、それはおれが一番よく知っていた。
兄貴分はおれの、自分でさえ忘れていた役割を過去から掘り出してきた。それは意外なところからと言うべきか案の定と言うべきか、女から報れた。例のディレクターが酔っ払って、スクープ映像を撮るために部下をヤクザに潜入させていたこともある、とクラブのねえちゃんに自慢したからだ。過去形だというのも、悲しくはなかったがやるせなくなった。おれには親兄弟もいないが、帰る場所を失ったような気持ちになった。
それを知り、おれを訝しんだ兄貴はおれに直線で言ってきた。
「お前を信じるぞ」
馬鹿な男だ。おれは兄貴が情報を売っていると、兄貴におれの役割を仮託させ、兄貴に裏切り者の烙印を押した。そして兄貴は死んだ。おれが殺した。おれの過去をおれが殺した。もう過去にビクビクすることもない。
しかし、それと同時に、おれの中でテレビ屋の自覚が蘇ってきた。蘇ってきた、では前述したことに矛盾するから、新生したと言えばよいか。仕事に慣れ、余裕がうまれたからだろうか、油断が生じたからだろうか、はたまた酔席の戯言とは言えおれを売った上司の鼻をあかしてやりたかったからか、というのは冗談で、今回兄貴を強引に処刑したことでおれは立場を危めていた。お前はもう用済みだと、消される日が近づいていることは、おれが一番よく知っていた。死に花を咲かそう。おれが生きてきた証を残そう。おれはテレビ屋でヤクザで処刑人。そんなおれが生きた証を、闇の中より明るみにでよう。おれはまた、事件を作ることにした。今までにない、大きな事件を。
久しぶりにディレクターに連絡を入れた。連絡先などとうに変わっていたが、なに、今のおれに手に入らない情報などない。誰の暗い過去さえ洗い出せる、マスコミ以上に。
ディレクターは突然のおれからの連絡に驚きつつも、おれの話を聞くと喜び勇んで撮影の準備に取りかかった。
おれの作る事件は、大まかに言えばこうだ。現政権のトップがヤクザから命を狙われている。
ディレクターは知らないが、暗殺者はおれだ。
風そぞろの雲が重い日に、予定通りおれは政治家のタマを狙った。雨天順延はない。SPに守られた人物をどうやって狙うか、なに警備厳重なホワイトハウスのパーティーに堂々と民間人が潜入した事件があった。スナイパーライフルに迷彩服を着た、いかにも暗殺者、な服装でことに取りかかるわけではない。我が身をかえりみなければ、シンプルだ。独占スクープをさせなきゃならないから、他にカメラがある状況でそれをやるわけにはいかない、ディレクターはその日、密着取材を敢行していた。世論に揺られ庶民的な生活をアピールしたい政治家は、昼食にハンバーガーチェーン店で、“ディレクターの指示通り”直接本人が注文カウンターに立つ予定だ。その時、おれはやる。カメラは一台。もちろんSPはたくさん周りを取り囲んでいるが、おれは処刑班にいた男だ。いつだって警戒されていたし、ターゲットに殺されそうになったことさえある。警戒されずにターゲットに近づくことなど身をもって培ってきた。
おれの本当の事件は、有力政治家殺害さる、ではない。その殺害事件の黒幕がテレビ局であった、という部分だ。ふたつを合わせまさしく国を揺るがす事件になるだろう。暴露してやる。法廷から、国会から、おれはそれを叫んでやる。それがおれの存在証明だ。叫ぶ前に消される可能性もあるが、なに、犯罪者は重大な犯罪者ほど厳重に保護されるものだ。
昼飯時、混雑するハンバーガー店の注文カウンターの一列に政治家がならんだ。モーゼが海を裂るようなSPによる民衆整理は行われなかった。それでは意味がないからだ。市井に日本のトップあり、権力者も列にならぶのだとイメージアップを計るためには。もちろんディレクターの要望にその政治家が頷いた形だ。
カメラの位置関係から、政治家は予定通りの位置にいる。おれもカメラに政治家が倒れる様がちゃんと映るように、政治家の隣に陣取る。やる前に、予定を知っているカメラを回す店外のディレクターと目があった。ディレクターは特に何も目で返しはしなかった。実行犯がおれだと気がつかなかったのだ。
政治家の頭をピストルで素早くぶち抜くと、おれは捕まった。
おれは召喚された国会尋問で、事件のあらましを思う存分ぶちまけたが、同じく召喚された当の元ディレクターはおれが元ADだったという部分は認めたものの、知らぬ存ぜぬの一点張りで、一時はおれが精神異常者であると結論づけられた。おれはそれでも構わなかった。噂は時に真実よりも強い。
結局、精神異常者のままだと死刑にできないので、どうやらおれは健全な精神異常者らしい。すこやかなる精神異常者だ。的を射ている。
おれの部下達が元ディレクターを殺したと、おれは刑場に向かうクロークの途中で刑務官聞いた。
もうすぐどこかの国でおれの銅像が建つらしい。近い将来、世界は今より混沌とするだろう。良かった。おれは死んでさよならだ。
終わり。
これも最悪中の最悪。
これ自体、これ全体でボケだってのは伝わっているのだろうか?