微笑シリーズ。米印でなんと読む。あな…
『お前さ、米をどう思ってる?』
「米を、か?」
『どう思ってる、どう認識してる?』
「米を、か?」
『どう思ってるんだよ!』
「なにも怒らなくてもいいだろ」
『おいどう思ってるんだよ!』
「なんだよその自白をせまる刑事みたいな口調は。お前がやったんだろ的な」
『お前がやったんだろ!』
「話変わっちゃったよ」
『お前がやったんだろお前が!』
「なんもやってねえよ。何の容疑がかかってんだおれは」
『ストーカーしてるだろお前!』
「よりにもよってストーカーかよ」
『やったんだろお前!やってるんだろお前!』
「やってねえよ!ストーカーしてない!」
『どうせやってるんだろお前は』
「どうせ、とか言うなよ」
『どうせいつの日かストーカーで捕まるんだろお前は』
「また話が変わってるよ!」
『どうせ近い将来ストーカーで捕まって、泣きじゃくんだろ?』
「わかんねえよ」
『わかんねえってなんだよ!』
「仮にストーカーで捕まっても泣きじゃくるかどうかはわかんねえよ!」
『そんなとこに引っかかって食い下がってくんじゃねえよ』
「それは、そうだな」
『ストーカー野郎が』
「はい、もうストーカーしないように気をつけますとしか言えないよ」
『お前、あの娘のことどう思ってんだよ』
「なんなんだよもう、誰のことだよ」
『あの、居酒屋のカヨちゃんのことだよ』
「誰だよ。知らねえよ。居酒屋のカヨちゃんなんかまったく知らねえよ」
『あのあばずれ女のことだよ』
「だから誰なんだよ。あばずれ女のカヨちゃんなんか知らねえよおれ」
『どう思ってんだよ。あばずれで、つきあう男つきあう男みんな中古のクラウンに乗ってるカヨちゃんのことを』
「タチわりいなおい」
『どう思ってんだよ!』
「ああもう、お体に気をつけて、お体に気をつけて、だよ!」
『なんだそれ』
「知るか」
『じゃあ、米のことどう思ってんだよ』
「また米」
『米のことどう思ってんだよどう認識してるんだよ!』
「わかったよ!、米だろ、えっと、コシヒカリ、コシヒカリ的な」
『はあ!?』
「あれだろお前、米はコシヒカリ的な…存在感だろ」
『ああ!?』
「コシヒカリ的な存在感だろ!」
『はっ』
「なんだよ鼻で笑いやがって」
『てんで、てんでお話になりゃしませんぜ』
「なんだその口調」
『てんでお話になりゃしやせんぜ!』
「なんなんだよ」
『米のこと訊かれて、コシヒカリ的な存在感だと答えられた日にゃ、はっ』
「鼻で笑うなよ」
『てんでお話になりゃしやせんぜ』
「うぜえよもう」
『お笑いぐさだあ』
「うるせえな」
『そもそもコシヒカリ的な存在感って一体全体、どういう意味だっつうお話ですよ』
「そりゃお前、今日はコシヒカリの銀シャリだ的な」
『なんだそれ、戦後の話じゃねえんだから』
「でもあるだろ、なんか存在感が米には」
『はっ』
「いちいち鼻で笑いやがる。鼻持ちならねえ奴だよ」
『うわうわうわ、やめてくれるかなそういうの』
「そうやっていっつもお前は人を鼻にかけた態度とりやがって、鼻につくんだよお前の態度」
『あ、鼻で思い出したけど、おれ一時期本気で絵本作家になりたくてな』
「ふざけてたら変な導線ふんだ!」
『絵本っつっても色々あるけど、赤ちゃんに毛が生えた程度の幼児向けの絵本ってあるだろ?』
「あれだろ?、ストーリー性があまりないやつだろ?」
『そんな言い方ないだろ。イラストに、まず目で楽しませながら、ページめくると、キリンさんを見つけたよ、ってかかれてるみたいなやつ』
「ああ」
『でさ、まずは考えてみたわけ、こういう絵本はどうだろうってさ』
「うん」
『それがさ、
どうしてゾウさんのお鼻は長いの?
』
「ああ、そういう、Q&A方式のあるな」
『そう、でさ、まさか進化論をぶつわけにはいかないだろ、幼児向けの本でさ。だから、本を作るにあたってその禅問答めいた問いかけから考えついちゃったんだけど、どうしてもさ、どうしてもよ、そのおれからの答えがさ、
どうしてゾウさんのお鼻は長いの?
の答えがさ、
それはね、ゾウさんはちんちんも大きいからだよ
になっちゃうんだよ』
「最低だな」
『もう、それ以外思いつかなくてな』
「なんでだよ」
『おれの背負ったカルマ、だな』
「カルマだなんて答えられても」
『それで、絵本作家になるのはあきらめた』
「あきらめれて良かったな」
『おれ思うんだけどさ』
「なに?」
『やっぱり鼻がでかいやつはあそこもでかいのかな?』
「知らねえよ」
『マリエ、とか』
「女じゃねえかよ早速かよ」
『あいつ絶対エグいちんこ持ってるだろ』
「なに言ってんだよお前は。でかいもなにも」
『いやいや、エグいちんこだよ』
「でかいんじゃなくて?」
『大きさは普通ですよ。ただ聞きしに勝るエグさのちんこ』
「もう鼻とか関係ねえのかよ」
『絶対持ってるだろ』
「持ってるわけねえだろ」
『絶対ふところに忍ばせてるだろ』
「携帯してるの意味の持つだったのかよ!、マリエとはいえ、普段からふところにエグいちんこ忍ばせてるわけないだろ」
『ストラップに付けてるでしょ?』
「エグいちんこのストラップなんか付けてるわけないだろ。そもそもエグいちんこってどんなちんこだよ」
『ええ?付けてないの?』
「付けてねえよ」
『3つ付いてるストラップの内2つはエグいちんこでしょ?』
「んなわけあるかって。ていうかじゃあ残りの一個なんだよ」
『残りの?、そりゃエビのストラップだろ』
「は?」
『寿司のエビよ。あれが一貫付いてるでしょ?』
「なんでそんなもんマリエはチョイスしたんだよ。エビって」
『エビ一貫とエグいちんこ二本ぶら下げてるでしょ?』
「だからぶら下げてるわけないだろ」
『ぶら下げてないの?』
「おれに聞くなよ。聞くまでもないだろ」
『二本のエグいちんこしゃぶって、お口直しにエビ食べるでしょ?』
「食べるってそのエビ、プラスチックじゃなくて本物の寿司なのか!?」
『本物の寿司でしょ?』
「おれは知らねえけど」
『二本のエグいちんこしゃぶって、エビ食って、しまいにはマナーモードの携帯電話いれちゃうでしょ?』
「そこはエグいちんこいれればいいんじゃないか?」
『それで収録に臨んでるでしょ?』
「そんなわけあるか」
『ええ?、マリエならやりかねないでしょ?』
「お前の願望の話になってるよな」
『絶対やってるでしょ?』
「やってねえだろ」
『お前はやってるでしょ?』
「おれ!?」
『お前は絶対やって、お前、お前がやったんだろお前!』
「やってねえよ!なんだよ!久しぶりの微笑シリーズだからって話の展開自由過ぎるだろ!」
『某勝間女史は』
「なんなんだよ」
『あいつさ、おれあいつのことまったくと言っていいほど知らないんだけど、おれさ、あいつのこと“デカちん”って呼んでんだ』
「そろそろやめろとけよ。いい加減にしないと大人の制裁が下されるぞ」
『絶対デカいだろあいつ』
「デカくねえよ!、まず、持ってねえもん」
『絶対デカいだろ』
「だから、なんか過密スケジュールで怒られるぞ。朝に三分置きにに怒られるぞ」
『やれやれだぜ』
「どんな言いぐさだよ!」
『えっと、米の話でしたね』
「うわ、あんだけ米の話に執着してたのに投げやりに」
『お前は米を存在感のあるもの、まあ主食イコール米だと捉えてるってことだよな?』
「まあ、まあな」
『わたしは、わたくしは、ああうん、うんうん』
「いちいち長いんだよ。喉なんか整えやがって。お前この情報媒体が文字だけだって知ってるだろうが」
『わたくしは米を野菜だと思っています』
「…は?」
『わたくしは米を野菜だと思っています。野菜だと認識している所存でございます』
「所存でございますってお前」
『わたくし、米を野菜だという認識で日々楽しく生活を送る所存でございます』
「いやまあ、勝手に送れよ」
『わたくし米を野菜という』
「しつこいよ!しつこいな!」
『米は野菜だろ』
「いやいや、主食だろ」
『主食の野菜だろ?』
「いやまあ、野菜っつうか、主食だろ」
『お前が主食と認識している野菜が米だろ?』
「うーん、いや、やっぱり米は主食であって野菜にカテゴライズされないだろ」
『米は野菜だよ』
「米は主食だよ」
『主食って野菜だろ?』
「そもそも、お前が言う野菜って、おれはサラダ的感覚として認識しているわけだけど、それでいいの?」
『うん』
「じゃあやっぱり米は野菜じゃないだろ」
『米は野菜だろ?』
「いやいや、サラダは主食にならないだろ?」
『でも米は肉じゃないだろ?』
「うん、肉ではない」
『じゃあ一体主食って、なに?』
「わかんない。以上、平行線ボケでした。さて」
『うん』
「米は野菜と認識しないだろ」
『米は野菜だろ?』
「米は主食だろって二回目の非建設的議論ボケでした」
『勝手に名称変えるなよ』
「まあ、でも米は主食だよ」
『いや、米は野菜だよってめんどくさい!』
「まさかの、まさかのボケがボケをめんどくさがる事態に!」
『うぜえ』
「…はい」
『あのさ、なんでレストランではライスをフォークで食うか知ってる?』
「知らない」
『あれは、米を主食としていない西洋人は米を野菜のひとつだと認識しているからサラダフォークで食うんだよ』
「お前は西洋かぶれか!」
『かぶれてねえよ!』
「かぶれてんじゃねえかよ!」
『まあ聞けよ』
「うん」
『素直!、っとまあ、おれはそのことをなんかで見聞きして、なるほどって思ったわけ』
「西洋かぶれか!」
『まあ聞けよ』
「うん」
『素直!、でさ、日本人は米に特別な感情抱いてるっつうか、ある意味米の食い方に無頓着だよな。こんな身近にある米なのに、炊いて茶碗についで食うってことしか発展しなかった。主食だからって、ずっとそのままにしてきてよ。かくあるべしってやつよ。日本人ってのはさ、なんつうかなあ、一度なんとかなったものに対して、そのままにしておく癖があるよな。なんとかやっていけてるものはそのままでいいじゃないっつうかさ』
「ああ、保守的というか」
『全然違う。まったく違う』
「あっそう」
『手持ちの箱にあわせて収まるタイプなんだよ日本人は。箱の中のもんでなんとかなってるんならそのままでいいみたいなさ。あれだよ、飛脚だよ』
「飛脚だって!?」
『どんなリアクションだよ。よく言うだろ、情報の伝達を早くするのに日本は必死こいて飛脚を速く走らせようと鍛えたのに対し西洋では自動車が発明されたって話を』
「自動車を!?」
『………あれみたいにさ、日本人こそ米を知らないんだよ。主食として扱われちゃってるから』
「西洋かぶれか!」
『かぶれてねえよ!まあ聞けよ』
「いやだ!」
『反抗!、とまあ何が言いたいかと言うと、米を野菜だと認識すると、おかずの概念が変わってくるんだよ』
「へえ、すごいや博士!」
『適当か!』
「まあ、例えばどういうことよ」
『そうだな、それこそ、サラダをおかずにメシを食うことに抵抗がなくなる』
「気持ち悪いメシ食ってんなお前」
『サラダとサラダを食ってるわけだから気持ち悪くなんかない。だから、おれも今までマヨネーズご飯っつうものに激しく抵抗感があったんだけど、サラダだからマヨネーズつけて食うのも普通になった』
「はあ」
『それにあれだよ。よくいう炭水化物同士の取り合わせね』
「お好み焼き定食とかな」
『あれも米はただの野菜だと認識すれば、まったく違和感がない。お好み焼きとサラダを食ってるわけだからね』
「ほう」
『あと甘いものとの食い合わせな。中に米がごっそり入った変なケーキが西洋にはあんだろ?、ああいうのもまったく違和感がなくなった。ミルクの中に米入れるのも違和感がない。だって米は一野菜だから』
「なるほどねえ」
『要は、おれはなんでもおかずにしてメシを食えるようになったってわけさ』
「ちゃんちゃん、だな」
『ちゃんちゃん、だな』
終わり。ケータイから一度に送れる文字数限界に焦った結末。編集はしない。なぜなら暇なときに書き足していく方式だから。
「米を、か?」
『どう思ってる、どう認識してる?』
「米を、か?」
『どう思ってるんだよ!』
「なにも怒らなくてもいいだろ」
『おいどう思ってるんだよ!』
「なんだよその自白をせまる刑事みたいな口調は。お前がやったんだろ的な」
『お前がやったんだろ!』
「話変わっちゃったよ」
『お前がやったんだろお前が!』
「なんもやってねえよ。何の容疑がかかってんだおれは」
『ストーカーしてるだろお前!』
「よりにもよってストーカーかよ」
『やったんだろお前!やってるんだろお前!』
「やってねえよ!ストーカーしてない!」
『どうせやってるんだろお前は』
「どうせ、とか言うなよ」
『どうせいつの日かストーカーで捕まるんだろお前は』
「また話が変わってるよ!」
『どうせ近い将来ストーカーで捕まって、泣きじゃくんだろ?』
「わかんねえよ」
『わかんねえってなんだよ!』
「仮にストーカーで捕まっても泣きじゃくるかどうかはわかんねえよ!」
『そんなとこに引っかかって食い下がってくんじゃねえよ』
「それは、そうだな」
『ストーカー野郎が』
「はい、もうストーカーしないように気をつけますとしか言えないよ」
『お前、あの娘のことどう思ってんだよ』
「なんなんだよもう、誰のことだよ」
『あの、居酒屋のカヨちゃんのことだよ』
「誰だよ。知らねえよ。居酒屋のカヨちゃんなんかまったく知らねえよ」
『あのあばずれ女のことだよ』
「だから誰なんだよ。あばずれ女のカヨちゃんなんか知らねえよおれ」
『どう思ってんだよ。あばずれで、つきあう男つきあう男みんな中古のクラウンに乗ってるカヨちゃんのことを』
「タチわりいなおい」
『どう思ってんだよ!』
「ああもう、お体に気をつけて、お体に気をつけて、だよ!」
『なんだそれ』
「知るか」
『じゃあ、米のことどう思ってんだよ』
「また米」
『米のことどう思ってんだよどう認識してるんだよ!』
「わかったよ!、米だろ、えっと、コシヒカリ、コシヒカリ的な」
『はあ!?』
「あれだろお前、米はコシヒカリ的な…存在感だろ」
『ああ!?』
「コシヒカリ的な存在感だろ!」
『はっ』
「なんだよ鼻で笑いやがって」
『てんで、てんでお話になりゃしませんぜ』
「なんだその口調」
『てんでお話になりゃしやせんぜ!』
「なんなんだよ」
『米のこと訊かれて、コシヒカリ的な存在感だと答えられた日にゃ、はっ』
「鼻で笑うなよ」
『てんでお話になりゃしやせんぜ』
「うぜえよもう」
『お笑いぐさだあ』
「うるせえな」
『そもそもコシヒカリ的な存在感って一体全体、どういう意味だっつうお話ですよ』
「そりゃお前、今日はコシヒカリの銀シャリだ的な」
『なんだそれ、戦後の話じゃねえんだから』
「でもあるだろ、なんか存在感が米には」
『はっ』
「いちいち鼻で笑いやがる。鼻持ちならねえ奴だよ」
『うわうわうわ、やめてくれるかなそういうの』
「そうやっていっつもお前は人を鼻にかけた態度とりやがって、鼻につくんだよお前の態度」
『あ、鼻で思い出したけど、おれ一時期本気で絵本作家になりたくてな』
「ふざけてたら変な導線ふんだ!」
『絵本っつっても色々あるけど、赤ちゃんに毛が生えた程度の幼児向けの絵本ってあるだろ?』
「あれだろ?、ストーリー性があまりないやつだろ?」
『そんな言い方ないだろ。イラストに、まず目で楽しませながら、ページめくると、キリンさんを見つけたよ、ってかかれてるみたいなやつ』
「ああ」
『でさ、まずは考えてみたわけ、こういう絵本はどうだろうってさ』
「うん」
『それがさ、
どうしてゾウさんのお鼻は長いの?
』
「ああ、そういう、Q&A方式のあるな」
『そう、でさ、まさか進化論をぶつわけにはいかないだろ、幼児向けの本でさ。だから、本を作るにあたってその禅問答めいた問いかけから考えついちゃったんだけど、どうしてもさ、どうしてもよ、そのおれからの答えがさ、
どうしてゾウさんのお鼻は長いの?
の答えがさ、
それはね、ゾウさんはちんちんも大きいからだよ
になっちゃうんだよ』
「最低だな」
『もう、それ以外思いつかなくてな』
「なんでだよ」
『おれの背負ったカルマ、だな』
「カルマだなんて答えられても」
『それで、絵本作家になるのはあきらめた』
「あきらめれて良かったな」
『おれ思うんだけどさ』
「なに?」
『やっぱり鼻がでかいやつはあそこもでかいのかな?』
「知らねえよ」
『マリエ、とか』
「女じゃねえかよ早速かよ」
『あいつ絶対エグいちんこ持ってるだろ』
「なに言ってんだよお前は。でかいもなにも」
『いやいや、エグいちんこだよ』
「でかいんじゃなくて?」
『大きさは普通ですよ。ただ聞きしに勝るエグさのちんこ』
「もう鼻とか関係ねえのかよ」
『絶対持ってるだろ』
「持ってるわけねえだろ」
『絶対ふところに忍ばせてるだろ』
「携帯してるの意味の持つだったのかよ!、マリエとはいえ、普段からふところにエグいちんこ忍ばせてるわけないだろ」
『ストラップに付けてるでしょ?』
「エグいちんこのストラップなんか付けてるわけないだろ。そもそもエグいちんこってどんなちんこだよ」
『ええ?付けてないの?』
「付けてねえよ」
『3つ付いてるストラップの内2つはエグいちんこでしょ?』
「んなわけあるかって。ていうかじゃあ残りの一個なんだよ」
『残りの?、そりゃエビのストラップだろ』
「は?」
『寿司のエビよ。あれが一貫付いてるでしょ?』
「なんでそんなもんマリエはチョイスしたんだよ。エビって」
『エビ一貫とエグいちんこ二本ぶら下げてるでしょ?』
「だからぶら下げてるわけないだろ」
『ぶら下げてないの?』
「おれに聞くなよ。聞くまでもないだろ」
『二本のエグいちんこしゃぶって、お口直しにエビ食べるでしょ?』
「食べるってそのエビ、プラスチックじゃなくて本物の寿司なのか!?」
『本物の寿司でしょ?』
「おれは知らねえけど」
『二本のエグいちんこしゃぶって、エビ食って、しまいにはマナーモードの携帯電話いれちゃうでしょ?』
「そこはエグいちんこいれればいいんじゃないか?」
『それで収録に臨んでるでしょ?』
「そんなわけあるか」
『ええ?、マリエならやりかねないでしょ?』
「お前の願望の話になってるよな」
『絶対やってるでしょ?』
「やってねえだろ」
『お前はやってるでしょ?』
「おれ!?」
『お前は絶対やって、お前、お前がやったんだろお前!』
「やってねえよ!なんだよ!久しぶりの微笑シリーズだからって話の展開自由過ぎるだろ!」
『某勝間女史は』
「なんなんだよ」
『あいつさ、おれあいつのことまったくと言っていいほど知らないんだけど、おれさ、あいつのこと“デカちん”って呼んでんだ』
「そろそろやめろとけよ。いい加減にしないと大人の制裁が下されるぞ」
『絶対デカいだろあいつ』
「デカくねえよ!、まず、持ってねえもん」
『絶対デカいだろ』
「だから、なんか過密スケジュールで怒られるぞ。朝に三分置きにに怒られるぞ」
『やれやれだぜ』
「どんな言いぐさだよ!」
『えっと、米の話でしたね』
「うわ、あんだけ米の話に執着してたのに投げやりに」
『お前は米を存在感のあるもの、まあ主食イコール米だと捉えてるってことだよな?』
「まあ、まあな」
『わたしは、わたくしは、ああうん、うんうん』
「いちいち長いんだよ。喉なんか整えやがって。お前この情報媒体が文字だけだって知ってるだろうが」
『わたくしは米を野菜だと思っています』
「…は?」
『わたくしは米を野菜だと思っています。野菜だと認識している所存でございます』
「所存でございますってお前」
『わたくし、米を野菜だという認識で日々楽しく生活を送る所存でございます』
「いやまあ、勝手に送れよ」
『わたくし米を野菜という』
「しつこいよ!しつこいな!」
『米は野菜だろ』
「いやいや、主食だろ」
『主食の野菜だろ?』
「いやまあ、野菜っつうか、主食だろ」
『お前が主食と認識している野菜が米だろ?』
「うーん、いや、やっぱり米は主食であって野菜にカテゴライズされないだろ」
『米は野菜だよ』
「米は主食だよ」
『主食って野菜だろ?』
「そもそも、お前が言う野菜って、おれはサラダ的感覚として認識しているわけだけど、それでいいの?」
『うん』
「じゃあやっぱり米は野菜じゃないだろ」
『米は野菜だろ?』
「いやいや、サラダは主食にならないだろ?」
『でも米は肉じゃないだろ?』
「うん、肉ではない」
『じゃあ一体主食って、なに?』
「わかんない。以上、平行線ボケでした。さて」
『うん』
「米は野菜と認識しないだろ」
『米は野菜だろ?』
「米は主食だろって二回目の非建設的議論ボケでした」
『勝手に名称変えるなよ』
「まあ、でも米は主食だよ」
『いや、米は野菜だよってめんどくさい!』
「まさかの、まさかのボケがボケをめんどくさがる事態に!」
『うぜえ』
「…はい」
『あのさ、なんでレストランではライスをフォークで食うか知ってる?』
「知らない」
『あれは、米を主食としていない西洋人は米を野菜のひとつだと認識しているからサラダフォークで食うんだよ』
「お前は西洋かぶれか!」
『かぶれてねえよ!』
「かぶれてんじゃねえかよ!」
『まあ聞けよ』
「うん」
『素直!、っとまあ、おれはそのことをなんかで見聞きして、なるほどって思ったわけ』
「西洋かぶれか!」
『まあ聞けよ』
「うん」
『素直!、でさ、日本人は米に特別な感情抱いてるっつうか、ある意味米の食い方に無頓着だよな。こんな身近にある米なのに、炊いて茶碗についで食うってことしか発展しなかった。主食だからって、ずっとそのままにしてきてよ。かくあるべしってやつよ。日本人ってのはさ、なんつうかなあ、一度なんとかなったものに対して、そのままにしておく癖があるよな。なんとかやっていけてるものはそのままでいいじゃないっつうかさ』
「ああ、保守的というか」
『全然違う。まったく違う』
「あっそう」
『手持ちの箱にあわせて収まるタイプなんだよ日本人は。箱の中のもんでなんとかなってるんならそのままでいいみたいなさ。あれだよ、飛脚だよ』
「飛脚だって!?」
『どんなリアクションだよ。よく言うだろ、情報の伝達を早くするのに日本は必死こいて飛脚を速く走らせようと鍛えたのに対し西洋では自動車が発明されたって話を』
「自動車を!?」
『………あれみたいにさ、日本人こそ米を知らないんだよ。主食として扱われちゃってるから』
「西洋かぶれか!」
『かぶれてねえよ!まあ聞けよ』
「いやだ!」
『反抗!、とまあ何が言いたいかと言うと、米を野菜だと認識すると、おかずの概念が変わってくるんだよ』
「へえ、すごいや博士!」
『適当か!』
「まあ、例えばどういうことよ」
『そうだな、それこそ、サラダをおかずにメシを食うことに抵抗がなくなる』
「気持ち悪いメシ食ってんなお前」
『サラダとサラダを食ってるわけだから気持ち悪くなんかない。だから、おれも今までマヨネーズご飯っつうものに激しく抵抗感があったんだけど、サラダだからマヨネーズつけて食うのも普通になった』
「はあ」
『それにあれだよ。よくいう炭水化物同士の取り合わせね』
「お好み焼き定食とかな」
『あれも米はただの野菜だと認識すれば、まったく違和感がない。お好み焼きとサラダを食ってるわけだからね』
「ほう」
『あと甘いものとの食い合わせな。中に米がごっそり入った変なケーキが西洋にはあんだろ?、ああいうのもまったく違和感がなくなった。ミルクの中に米入れるのも違和感がない。だって米は一野菜だから』
「なるほどねえ」
『要は、おれはなんでもおかずにしてメシを食えるようになったってわけさ』
「ちゃんちゃん、だな」
『ちゃんちゃん、だな』
終わり。ケータイから一度に送れる文字数限界に焦った結末。編集はしない。なぜなら暇なときに書き足していく方式だから。