宅配屋と喫茶店(20) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

宅配屋と喫茶店(20)

……………。

長い昔話ながらもひとり語りで語りきり、マスターは満足げに腕を組んで、なにやら、うんうん、と頷いた。
「…そんで、話ってのはなんだったかな?」
沈黙を破ったマスターのつぶやきに、祐平はずっこけそうになったが、はて何を話していただろうか、祐平にもわからなくなっていた。
「ああ、そうだ。祐平君とあいつが似てるって話だったっけかな」
いつの間にか脱線していた話の筋を思い出したマスターは、同時に、似てる、と言われた祐平が頭に血がのぼったことを思い出して気まずく咳払いをひとつ。
狂ってしまうだなんだとガタガタ体を震わせまでした祐平は、さっきまでの感情が嘘のように冷めきり、しかし、ああまでした手前、なんちゃって、とはいかず、歯がゆく身悶えるのみだ。
「…………僕、そんな乱暴な性格してませんよ」
祐平がようやく吐いた言葉だった。
「そりゃそうだ。ははは」
なぜか照れ笑いをしながらあっさり自説を撤回した発言をしたマスターに、祐平はもうどうしていいかわからなくなった。先程の取り乱した思考とは違い、理性ありきの混乱だ。
「だけどよ、あれだよ。動と静っつうかよ。根っこの部分っつうか背中合わせっつうかよ。これが似てんだ」
ますます祐平はわけがわからなくなり、まるで初めてのデートのときのように混乱をきたし、
「どこが、ですか?」
などと、掘り下げたくないのにしょうがなく口走った。
「そらよ、タバコの呑み方だって」
祐平はギクリとした。
「違うし」
(違うのかよ!。)
「コーヒーの飲み方も」
祐平はギクリとした。
「違うし」
(違うのかよ!。)
「だけどよ。姿形や生き方」
祐平はギクリとした。
「も、まったく違えしなあ」
(違うのかよ!。)
「やっぱり似てねえっちゃ似てねえんだけども」
(結局似てねえんじゃねえかよ!。)
「なんつうかなあ、話のリズムとか、目上の人との、まああいつがおれんとこの親父と話してた姿と今の祐平君とがダブるんだよな。嬉しがり方とか、お世辞のいいようとかよ。それで、あっ、と気がついたんだ」
(あるんじゃねえか。ってあっちゃ駄目なんだよちくしょう。)
「…そうですか。親父と僕が、に、似てますか」
実際そう口に出すと、祐平は自分で自分を全否定している気になり、自己嫌悪の極致に陥りそうになった。やはりまだまだ精神の振り子は、ささいなことで左右の極に振れ動く、不安定な状態であるらしかった。

また、喫茶店の雰囲気が、正月のめでたさを意に介さず、暗くなった。
バツの悪そうなマスターは、なにか思いついたように、
「おっ」
と、言うと、
「似てるといやおめえ、祐平君。君は君の姉ちゃんに」
と、話し出したが、その半ば、
「ちょっとあんた」
と、奥さんが止めた。
止めたはいいが、祐平の耳にはすでに、自分にはいないはずの姉の存在を示唆した言葉が届いていたものだから、
「姉ちゃん?、なんの話ですかそれは」
食いつかずにはいられない。
「ほら」
と、奥さんがため息をついた。
「この際だ」
と、マスターがつぶやいた。

「祐平君はあいつのことを嫌ってるようだが、あいつは、まああれでもお前をかわいがってなあ。あいつはほれ、自分の楽しいこと押し付けることでしかコミュニケーションってやつをやれねえとこあんだろ?」
「はあ、そうですね」
「そんで、ちょっと気に食わねえことあると怒って怒鳴ってよ。まあ、気のいいときはかわいがって、ちょっと気に食わねえことあると怒鳴って、不器用な奴だが、確かにあいつは祐平君を、いや、あいつだけじゃねえ。祐平君とこの両親は、あまり表には出してねえんだろうが、確かに君を人一倍かわいがったんだ。ふたり兄弟とはいえ末っ子ってこともあったんだろうけど」
再び話が長くなりそうなので、祐平は思い切って、
「僕に姉がいたんですか?」
と、マスターの話を遮り、核心を問うた。
「うむ、いた」
と、マスターは短く答えた。やればできるじゃねえか。
「いた、ということは」
「ああ、ピョコピョコ歩き回り始めたと思ったら、あっちの世界に呼ばれちまった」
祐平はそんなことなどまったく知らなかった。祐平の受けた衝撃は如何ばかりか。
「へえ、はじめて知りましたよそんなこと」
呑気な調子で応えた祐平。
祐平は結構平気だった。そんな昔の話をされても、祐平は実感のひとつもわかない。まして、知らなかったのだ。両親や兄、親戚からそのことを聞かされたこともなければ、先祖の墓参りの折、両親から特別な表情、感情を垣間見たこともない。赤の他人の死を聞いた、それが祐平の本音だった。
「あいつはほれ、無神論者だからな。神輿を私闘のダシに使うような奴だからよ。そんでもだいぶまいっちまってたんだが、気丈によ、なくしちまったもんはしょうがねえ、そっちに手を回すより、腹んなかの子にってな」
「腹のなかの子…」
「そう、それが祐平君だよ」
「へえ」
祐平はやはり、我が身のことながら他人の話を聞いているようだった。現実味というものがまるでない。どうしてこうも重い話をしているのにマスターから現実味が微塵も感じられないのか、祐平は少し考え、「ああ、こいつがちょっと酒臭いからだな」と納得することにした。
「あの子は、ユウコちゃんっつったかな」
「なるほど、だから僕の名前が」
「そうなんだよ。あんなことがあってなあ。さすがのあいつもあの子を忘れるなんてできなかったんだろうなあ。おれの前じゃ女房が決めやがったっつってたけど、やっぱり、忘れられねえよなあ」
「だから僕は、その姉の分までかわいがられた、と」
「そういうことになるな」
祐平はマスターの話を整理する係りになってしまった。
「では、その姉と僕が似ているっていうのは?」
司会まで始めた。
「あれはよ。祐平君ちょっと前になんだ、あれはなんだ、山下シャディっつったか」
「山下ジュディのことですか?」
「おう、それよ」
祐平は、マスターが実家の隣に店を持っていた時期とジュディの少女時代が被っているはずだと思い至った。
「ちょっと待ってください、マスターは山下さんちのジュディさんを知っているんですか?」
この質問にはマスターではなく奥さんが、
「あの山下さんちの彼女が山下ジュディだとは知らなかったわ。あなたからあの話を聞くまでは」と、答えた。ついでに、
「あの子昔は学校抜け出してちょくちょくうちに来てたわ」
と、足した。
ミーハー気分全開で、祐平は「そりゃすごいですね」と言ったら、
「今もたまにふらっと来るわよ」
と奥さんが言ったものだから、祐平は、姉がいた、と聞かされたときより衝撃を受けた。
「ほんとですか!?」
「ねえ、世界って思ったより狭いわ。あの子どっかで事務員やってるとか言ってたんだけどねえ。世界が狭いと言えば、あたし達が向こうで店をやるって時も、まさかお隣が高窪さんだなんて思いもしてなかったわ。祐平君と同じ。偶然」
「へえ、そりゃなんというか、で、マスター」
下手くそながら真面目に司会業をこなす祐平。カオスに支配された喫茶店。
「そのジュディがよ」
何事もなかったように平然と語り出すマスター。
「あれだよ、祐平君がさ、彼女におでんぶっかけられたって話したろ」
「ああ、今もやけど痕が残ってるって話ですね」
余計な使命感に燃えてきた祐平だ。
「彼女におでんぶっかけられたの、祐平君じゃなくて、ユウコちゃんなんだよ」
「えっ!?、それは、どういうことですか?。でも僕の右膝には…ていうか、まさか、姉はそのおでんのせいで」
「そんなことはないよ」
「そりゃそうですね。でも、確かに僕の右膝には」
「それはお前さんがな、ある日、同じ位置に、自分でおでんぶっかけたんだよ」
「…偶然、ですか」
さすがにこれには少しくるものがあった。だが、
「偶然、だな。生まれ変わりっつうのも気味がわりいってなもんだ」
「ちょっと、気味がわりいってマスター。不謹慎でしょ」
「いやごめんごめん、なはは」
「ははは」
「ほほほ」
カオスの嵐はそんなことなどお構いなしに吹き荒れた。
どうしようもない不思議な空気が店内を包んだその時、営業中ではないのに、カラランと来客を告げる店の扉の鈴がなった。

「あけましておめでとうございます」
客は明るい声でそう言うと、扉を閉めずにずかずか店内に入ってきた。祐平は、聞き覚えのあるその女性の声に、振り向いて客の顔を確認するのをためらった。
「おう、おめでとう。久しぶりだな。今ちょうどおめえの話してたんだ」
「あたしの話を?。ふうん。そちらは?」
祐平はギクリとした。
「ああ、この人はお前が昔、神社の祭りのおでんぶっかけてやけどさせた子の弟だよ」
「えっ!?、なぜそのことを、ていうかなんですって!?」
ジュディは驚きの声をあげた。ジュディの登場に、祐平はもっと驚いているが。
「ちょっとあんた」
「なはは、いいってことよ」
「いいってこともないでしょうに」
「なはははは」
「ははは、どうも山下さん。その節は」
バカ笑いするマスターに頼りがいはなく、ええいままよ、と、祐平は振り向き、ジュディに向かって会釈をした。
「えっ!?。あ、あんたは」
さすがにこの時のジュディの驚きは祐平のそれを超えた。
「いやどうもすみません。あっ、おでんかけられた姉は、そのあと死んでしまったそうですよ」
「なっ」
祐平は司会として情報を共通させようとしただけだったのだが、如何せん話方が下手くそだった。これではまるでジュディが殺したようだ。それに気づいた祐平は慌てて誤解をといた。
しかししかし、その祐平の慌てっぷりがジュディにうつり、ジュディが慌てふためくなか、喫茶店の開かれっぱなしの扉の外から中の様子を覗き込む人影を、祐平は見た。そいつと目があった。
「あ!」
「は!?」
祐平の目にうつったそいつは、祐平の採用アプローチを華麗に断り、さらなるアプローチをかけようとそいつのプライベートの携帯電話に電話したセンター長が、電話にでんわ、と嘆き、道端で偶然会ったりしたら気まずいことうけあいの沖田その人だった。

「なんだよ、そちらはどちらさん?。みんな顔見知りみたいだなあ」
マスターは呑気に赤提灯をぶら下げている。
「なんでもいいやな。正月だ、めでてえもんよ。すべてひとくくりでよ。めでてえもんだぜ」
そんなマスターの戯言に耳を貸す人間がひとりいた。ジュディだ。
「めでたいことのついでなんですけど」
なすべきことを思い出し、肝の玉が落ち着いたジュディはそう言いながら、一旦外に引っ込んだ沖田を手招きして呼び寄せた。沖田は特に祐平に向けてぺこりと頭を下げ、店に入ってきた。
「マスター、奥さん、あたしさ、この人と結婚することになった」
「はあ!?」
「え!?」
「すみませんどうも」
「なはははは。めでてえもんよ。全部ひっくるめてな」

さらにさらに、このとき、さらなる来訪者が開きっぱなしの喫茶店に我が物顔で入ってきた。
「どうも。よう、チン太、おめでとう」
その男を見た祐平は、…………。
男はしんと静まり返った店内を見回すと、
「なんだよ、たまに寄ってみれば、雁首そろえてまあ、妙な顔ばかりだな」
と、言った。




終わ

…らない。続