宅配屋と喫茶店(15) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

宅配屋と喫茶店(15)

「え?、なにそれ、どういうこと?」
祐平はふたりに、素直に疑問をぶつけた。答えたのは克明だった。
「それがさ、なあ、こいつ、あのおばちゃん好きになっちゃって」
適当に、祐平と沖田、どちらもからかおうとして克明は胸に失敗の二文字を刻んだ。
ついつい無意識に克明は祐平とジュディの関係を揶揄してしまったと思ったからだ。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
沖田が克明を小突いた。
祐平は克明が思っているような気持ちにはなっていない。克明に秘め事の現場を見られていたなんて思いもしなかったからだ。なので、ひとりてんてこまいの克明だ。
「まあ、そりゃそうだ。なんせおばちゃんだしな。熟熟じゃねえか。それに所長のお姉さんだし、まったく」
克明は取りつくろうとしてジュディを卑下したが、それは、克明の中では、祐平をバカにしていることと同じだった。ちらりと祐平を見ると、祐平はうっすらと自虐的な笑みを浮かべているように、克明は見えた。
「とまあ、だけど、ちんちくりんだし、髪の毛赤いし、年の割にはきれいなんじゃないかな。才能も、あるんだろ?、おれは知らねえが、うん。才色兼備の美、美熟女ってところか。それになんせ金を持ってる。働かなくていいし、結婚して離婚した暁には財産分与でがっぽりだぜ」
克明は自分でも何を言っているのかてんやわんやだ。
「確かに逆玉ではあるけど、土居さん、さっきからなんか変ですね」
祐平にそう言われ、克明は、てめえが言うんじゃねえ、と思った。
「土居さん、ひょっとして、あの人のことが」
沖田が祐平に同調した。
「バ、バカ言ってんじゃねえ」おれは祐平を思って………。
「なるほど道理で土居さんに女っ気がないわけだ。僕らとは見ている世界が違ったんだな。ホモではなく熟専だったわけだ」
「なるほど、高窪さん。長年の疑問が晴れた気がします」
「おいお前ら、やめろ。違うわ。ババア抱くぐらいなら若い男抱くわって違うよ!違う!断じて違う!」
「バイ、か」
「バイ、ですね」
「違うよ!やめろ!」
「あれかな、おれが思うに土居さんは、精神の本質では女なんだけど、そこんところがレズなんじゃないかな」
「ああ、オナベのホモみたいな感じですか」
「そうそう、ほんとは精神と体が一致してないんだけど、不一致なんだけど、たまたまもうひとつ不一致があって、うまい具合に性の歯車がからからと小気味よい音をたてて回り、その結果バイだと」
「高窪さん、では土居さんはどっちなんですかね?」
「ああ、ボルトとナットのことでしょ?、凸と凹の関係ね。ナットだったら、嫌だなあ」
「ひきますねそれは」
「勝手なことで盛り上がってんじゃねえ!。なんだよお前はナットだって!。納得いかねえよ!」
「うわ出た。土居“ナット”克明のナットギャグ」
「ははは」
「ナットギャグってなんだよ!。つい言っちゃった事故だよ!」
「他にはどんなナットギャグがあるんですか?」
「他に!?、…………抜き差しならない状況で♪ボルトでぐるぐるぐるぐるかき回されて♪ネバネバネバネバボルトとナットが糸をひく♪これはおれのナットの話じゃなくて納豆の話だぜ♪」
……………。
「………調子に乗りやがったこいつ」
「調子に乗ったってお前!お前がやらせたんだろ!」
「土居さんって簡単に生き恥をさらすんですね」
「生き恥ってお前な!。好きでやったんじゃねえよおれは!」
「好きでやったんじゃない。では、好きでやったらどうなるんですか?」
「それはね、ナットナットってお前!。好きでやらないよ!おれ好きでナットギャグなんかやらないよ!。つうかナットギャグってなんだよ!」
「怖い。怖いわ。土居“バカ”克明」
「もはや通り名がバカになっちゃったよね!?」
「土居“土居克明”土居」
「沖田お前のは意味わかんねえよ!。土居って三回言ってるしな!。土居で挟むなよ!。ひっくり返っちゃうだろオセロみたく」
「また調子に乗った」
「なんかごめんね!。今のは確かに調子に乗ったわ」
「うわ、今沖田君の聞いて土居さんの顔の真ん中から蝉が羽化するような光景が目に浮かんだわ」
「開かない!、ぱっくり開かないよ俺の顔は!」
「下半身はぱっくり開くのに!?」
「開くのに!?じゃねえよ!。開かないし!。おれはマトモだ!。あ、マトモっていうと本職の人に申し訳ないけども」
「なにその気づかい」
「やっぱり土居さんはそっちの住人なんですね」
「うるせえな!。沖田お前は早く行けよ!」
「ああ、そうでした。では高窪さん、失礼します。では」
「おれには!?、おれには別れの挨拶ないの!?」
「ああ」
「ああじゃねえよ!」
「では、えっと、汁男優さん、ゴチになりました」
「汁男優ってお前な!。…まあ払うよおれが」
「あ、じゃあ僕のも」
「お前は自分で払えよ!」
「えっ、体では払えませんよ?」
「当たり前だろ!、沖田ほんとに帰っちゃったし」
「はぁあ」
「はぁあ」


「あ、つい訊きそびれましたけど、沖田君って、あの、あのこと知ってるんですか?」
祐平は山下ジュディの謎をひけらかさないように慎重を期してそう言ったのだが、克明にはキス事件のことが思い浮かんだ。
「し、知るわけないだろ」
「えっ?、じゃあなんで沖田君はあの人と会うんですか?」
祐平の頭の中には大きなクエスチョンマークが浮かんだ。
「なんでだって?」
克明の頭の中には祐平のマニアックな性癖が浮かんだ。
「お前、そんなのが好きなの?」
「は?」
「へ?」
「なんですか?」
「いや、その、スワップ的な」
「はあ?」
「ああ、いやいやいやいや、知らないんですけど」
「はあ?、あの、何を言ってるのかさっぱりなんですけど」
「え?」
「………あの人の正体を沖田君が知っているのかってことですよ?」
「あ!、ああ、そっちね」
「そっち?」
「いやいや、なんでもない。おれがどうかしてた。あの人があの山下ジュディかどう」
「バカ!」
「ふたりきりの時にバカって言うな!。ごめんごめん。あの人があの人かどうかってことね」
「はい」
「さあ、知らねえ」
「……一回殴っていいですか?」
「冗談だよ。もちろん知ってるよ。びっくりしてたけどな」
「へえ、なんで沖田君が呼ばれたんですかね?」
「それはおれにもわかんない。あいつもわかんないって」
「自分で言うのもなんですけど、僕ならまだわかる話ですよね」
「まああんな仲になればな」
「あんな仲?」
「いや、一日中一緒にいたわけだし、今日休みだしさ。な。沖田はジュディに」
「バカか?」
「すまん。なんでも沖田はジュディが所長に頼んで今日休みになったって話だぜ」
「ああ、なるほど。だからか」
「はた迷惑な話だよな」
「大体ジュディはなんで」
「おい」
「へ?、大体ジュディは」
「おい!」
「は?、大体ジュディは」
「バカヤロー!」
「バカって言うなバカって!」
「お前、人のこと散々バカって言っておいてなんだそれは」
「だから大体ジュディは」
「バカヤロー!」
「バカって言うな!」
「なんなんだよもう」
「大体山下ジュディはどうして」
「もう山下ジュディって普通に言っちゃってるしさ。さっきまでのおれはなんだったんだよ」
「ああ、土居さんの顔を見てたらついついバカって口から漏れちゃって」
「そんな根本的な問題だったの!?。おれ指摘の類だと思ってたけど!?」
「どうしてジュディは僕らんとこに来たんですかね」
「いや、知らないけど」
「使えねえ奴だなあ」
「おかしい。おかしいよ。この短時間でおれのポジションがおかしくなっちゃったよ。大体っつうなら、お前はなんで今日ここにいるんだよ」
「ああ、せっかくの逢い引きの邪魔を」
「もうめんどくせえよ」
「言ったじゃないですか。暇だったからですよ。あ、これからどうします?」
「…これから?」
「大の男がこのままここでずっとこうしてるわけにはいかんでしょう」
「そっちな」
「そっち?」
「い、いや、なんでもない。じゃあこのあとどうする?」
「そっちってまさか、そんな恋人同士じゃないんですから」
「ホテル事情じゃねえよ!。めんどくせえ、めんどくせえよ!」
「これからの話もいいですけど、とりあえずここの会計は土居さん持ちですよね?」
「ああもうわかったよ、めんどくせえな」
「やった!。すいませーん!。チョコレートサンデーください!」
「女!。ステレオタイプの女のノリか!」


ふたりはそのあと、カラオケに行って、場の盛り上がりに気を遣うことなく、日頃のストレスを吐き出すように、思い思いの歌をがなりたててうたった。
夜が本格的に始まる前に、明日のことを思い、ふたりは解散に至った。

帰り際、恐る恐るマスター宅の玄関に目をやると、普段祐平が使う不在票と祐平の書き置きがドアに挟まったまま残っていた。日頃のクセで電気メーターの円盤の動きを目で追う。時間の割にゆっくり回る電気メーターは、やはり不在を意味していた。
祐平は書き置きを抜き取り、階段を昇った。
部屋の前に着き、ポッケから鍵を取りだそうと目線を下にずらすと、一枚のメモがドアの前に落ちていることに気がついた。
メモには奥さんの達筆で、今日は出かけるのでごめんなさい、との旨が書かれていた。どうやら朝に、きっと自分と同じように、ドアに挟んでいたらしい。
宅配屋である自分がそれに気がつかないとは、祐平は自虐的に笑った。