宅配屋と喫茶店(3) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

宅配屋と喫茶店(3)

そんな大量の宅配物を前に猫の手も借りたいと、会社は無差別に臨時ドライバーを雇う。ほぼ面接もなく、説明会後に即実地に出て、あとは野放し。といっても、この求人に応募してくる人の八割方は経験者であり、車、主に軽バン、も持ち込みが多い。自営もしくは日雇い形式の契約をどこかの“運送”会社としているドライバーの出稼ぎとして利用する人も多い。彼らはいわばセミプロなので、問題という問題はないようだ。また、重ね重ね言うが、猫の手も借りたい状況で満足な研修などしている隙はない。
バイトは宅配一個につきいくらという給与方式になっている。祐平の会社では一個につき140円である。届けた数が多ければ多いほど給料が上がるわけだ。一日100個届ければそれすなわち14000円が給料に足されるのだが、車持ち込みの場合ガソリン代等の経費はでない。持ち込みでない場合、単価は下がる。
多い人はこの12月で50万円ほど稼ぐであろうか。宅配数にして一日約150から200個がその目安だ。場合によってはそれ以上も可能といえば可能だが、しかしこれには少しからくりがある。八割方経験者ということは、八割方の人間が多く荷物をさばける地域を知っているということだ。
多く荷物をさばける地域とは、宅配物を受け取る場所すなわち営業所から近いこと、営業所と現場の往復時間が短ければ短いほど多く宅配物をさばけるのは言うまでもない。また移動に時間がかからないことから一度に軽バンに積む量を減らせる。あの荷物どこいった、と探す手間や引っ張り出す手間が省ける。これはとても作業効率に影響する。そんなものはじめから整理整頓して積み込めばいいと思われるかもしれないが、それがなかなかどうして軽バンの荷台の広さでは、うまく行かない。それにそれは宅配物を破損させてしまうリスクを低くする。欲と時の圧迫感からくる焦りから、まるでテトリスのように、積載量を無視して目一杯積み込むと、もともと宅配便専用に作られていない軽バンの荷台では必ず下になった宅配物が破損することになる。たとえ担当エリアが営業所から多少遠くても、実は宅配物を目一杯積まずに何度か営業所と往復した方が効率的なのだ。そしてもうひとつ稼げる地域の条件とは、当然といえば当然だが、人口密集域であること。たとえば団地だ。これも移動時間を大幅に削れるし、団地は在宅率も高い。統合すると、営業所の近くの大型団地が含まれ
た地域がベストだ。この条件が揃えばかなりの数を稼げる。ちなみに、宅配物は基本的に死ぬほどあるので宅配個数の数的上限に気を使う心配はほぼない。
この夢のような「稼げる担当エリア」はまるで牢名主のような古参の臨時ドライバーが手中におさめることになる。もちろんどの営業所の近くにも近所に団地があるわけではなく、地図とにらめっこした牢名主たちによる人気の営業所ランキングというものがあることは1ミリでも頭を働かせれば知れよう。臨時ドライバーは営業所ごとに契約するため、契約前に稼げる担当エリアがほかの“同業者”に取られていることを知ると契約“寸前”にエサを求めて湖を移動する渡り鳥のようにあっちこっちの営業所を飛び回り少しでも稼げるエリアを手に入れる人もいる。彼らがことごとく稼げる担当エリアを手中におさめる理由は、なんやかんや言うまでもなく、ちょっとした政治力というやつか。地獄の沙汰の渡り方を知らない新参者は往々にして遠くへと労働に出される。頑張っても一日100から130個ぐらいが限度であろうか。収入にして30万から35万円。働き蟻は老いた、いつ死んでもいいアリだというアリの社会とは逆だ。

祐平はまず山と溢れる担当エリアの宅配物を自分用と臨時ドライバー用とに分ける。これは朝に一回、昼に一回、夕方に一回ある作業だ。

「昨日は眠れたか?」
「ああ、林田さん、おはようございます」
せっせと仕分けしていた祐平に話しかけた林田という男は、この営業所が管轄する地域のセンター長だ。センター長とは、まあ、現場方のトップと言うか、兄貴分というか、ま、一応管理職だ。学校の部活動でいうキャプテンがその役割に近い。30半ばの、明らかに昔ヤンキーだったであろう雰囲気をまとったパリッとしたいい男だ。
「はい、眠ることしかしませんでしたね」
「そうか」
林田は少しはにかんで言った。そして、
「お前んとこの沖田君はどうだ?」
と、訊いた。
「いいですよ。なんてったって若いですからね。物覚えが違いますよ。もう地図はばっちり覚えちゃって。礼儀正しいし。体力あるし。それにほら、文句言わないし」
「だろうなあ、いい子そうだもんなあ。なんとかさ、祐平君も彼をこっちに引っ張る方向でなんとか、ね」
林田は祐平に付いた珍しく祐平より若い臨時ドライバーをスカウトする気なのだ。彼の実家は板金屋をしていて、本人はその仕事の手伝いをしていた、ということになっているが、親の話ではほぼニートだったらしい。親の話と書いたが何も履歴書を親と一緒に出しにきたわけではない。いや、親と一緒に出したといえば出したのだが、沖田の実家は昔からこの会社の集荷をしている、その縁があるのだ。だから面接は彼の実家の受付で行われた。どのような話し合いの経緯の末にこのバイトをすることになったのかは知らないが、祐平の会社からすればそんなことは関係なく、もちろん即決だった。
「それって、どっちですか?」
「うむ、お前と同じだな」
祐平が訊ねたのは、この繁忙期の臨時ドライバーとして常連になって欲しいのか、それとも社員になって欲しいのかだった。そして、お前と同じ、と言われたということは社員としてという意味だ。祐平はバイト上がりで、この林田に口説き落とされたのであった。バイト時代にこのエリアを担当していたことから、繁忙期にはこっちに来るのだ。しかしこの業界、繁忙期以外の日頃の業務には人手は十分こと足りている。スカウトという形で社員を抱えこむ必要性は無い。だが、祐平の例などはよくあること、この業界には特に若い社員が辞めていくサイクルがある。この12月のシーズンが終わり、ひと息ついたころにそれは佳境に入る。
祐平は、また誰か辞めるのか、と思ったが口には出さず、
「厳しいんじゃないですか。実家の跡継ぎでしょ、彼」
と言った。
「いや、跡継ぎはオヤジさんの弟子がいる。それに沖田君は次男坊だし、大丈夫だろ」
林田は根拠の無い自信に溢れているようだった。これも宅配ハイによる産物であろう。
「まあ、頑張ってみます」
「彼が何かミスしても怒るなよ。いつもニコニコで対応しろよな」
「いやあ、彼はもう怒らせるようなヘマをしませんからね。今からヘマをしても、それはご愛敬で済ますような信頼を築き上げちゃいましたから、彼」
「そうか、ますます欲しいな」
林田はそう言うと、自分のトラックに戻っていった。

祐平が会社のトラックに宅配物を積み込んでいると、その沖田がやってきた。時刻は7時。

「おはようございます」
「おはよう」
長い髪をして色白でいかにもニートという風貌だが、それに反して、背はさほどではないもののやたら体格がいい。どうやら、格闘技が好きで鍛えているようだ。このことを克明に話したらきっと克明も、ますます欲しいな、というのだろうと祐平は思った。沖田に迷惑がかかると思い、今まで克明には沖田のことは言わなかった。個人情報が漏れるなどあってはならない。
沖田は会社支給のパステルグリーンのジャンパーを着ている。この宅配員ご用達の衣装、実は盗難防止のため宅配物と同じくバーコードで管理されている。というのも、現在お客様に宅配する場合の口上として、正確には「○○宅配です」と言わなければならないことになっているが、これが実に通りが悪く、「宅急便です」で済ますことがもっぱらだ。中には、ちゃんと、どちらの会社ですか?送り主はどちらからですか?、と訊いてくる防犯意識の高い客もいるが大抵はそれで通る。条件反射で鍵を開けてしまう人もいる、その宅配の服装が宅配業者の証になっているからだ。これは犯罪に使えると祐平は何度思ったことか。目と耳が認識した情報は脳の持っている仮想情報と直接つながってしまう。それが思い込みだ。オートロックのマンションなど誰かがその格好を信用して玄関を開けてしまい一度入り込んだら…、侵入できない場所はないのではないかと思えるほどこの服は人に与える効力がある。だからこそ、厳重に管理をしている、のだが、沖田は家に持ち帰っている。沖田だけではない。臨時ドライバーはみんなだ。ま、盗まれた時に誰が盗んだかはすぐにわかるということ
か。それにこの貸し出し用のジャンパー、洗ってるのは所長の奥さんだったりする。所長とはまさしく営業所の長で、当然事務方である。

「昨日はよく、ね…休まれましたか」
「おかげさまでね」
眠る、という言葉を選ばないあたり、相変わらず気を遣える人間だなと、祐平は思った。と同時に、気を遣ってやってるんだぞと気付かせようとしてくるんだよな、とも思った。

臨時ドライバーは週休一日だが、社員はどんなに忙しくても完全週休二日制になっている。臨時ドライバーは遅くとも11時ごろには帰路に着くが、この時期、祐平たちは深夜3時ごろ家に帰って、5時には家を出ることなどざらで、そうじゃなかったら死ぬだろう。しかしそれでも、その状態で最長三日間一日中ずっと休憩なしで忙しなく小走りで移動し、車を走らせているのだから、怖いものだ。ハイになっていなければ確実に居眠り運転が続出していることだろう。