微笑シリーズ。この白い丘に咲くものはなにもない(3) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

微笑シリーズ。この白い丘に咲くものはなにもない(3)

首長族の民族衣装できらびやかに着飾った手乗り馬のロードロが全身白塗りになった小人達の前衛舞踏の輪に入りひんひんと上品にいななく。
ピアノ弾きは席をアコーディオン弾きのミゼリに渡すと、ミゼリは狂ったように鍵盤を叩きつけた。耳を塞ぐ大人達を尻目にして、ミゼリは夜よ裂けろと弾き狂った。小人達とロードロの踊りはいつしか、一定の振付を繰り返すようになり、輪の真ん中には空中ブランコ師のカタリロが。ピアノもいつの間にかボレロに変わっていた。そして段々と増えて行く楽隊、叩けよティンバル、唸れオーボエ、吹きつけろバスクラリネット、サーカスだアコーディオン。
はじめ戸惑ったオーディエンス達も、気がつけばステージに釘付けになって、目も耳も心でさえも、奪われた。
「掴みはOK」
僕は冷静に興行の成功を確信した。変な空気の中で変な動きはしにくいじゃない。なるだけ盛り上がらせないといけない。
それからはサーカスの本領発揮だ。ピエロの伊藤さんの音頭によって次々と演目は流れていった。軽業師のフレミンゴ兄弟、タコ女のヒトミ、大蛇使いロシナンテ、駄目ジャグラーのマイケル・ホイ、パントマイマーケン、いつも通り素晴らしいパフォーマンス。

シャム双生児のマアサとミヒルが静かにステージに登場する。最後の演目はふたりによる悲劇の恋物語だ。ここからが本番。シャム双生児のマアサとミヒルのたったひとつの膨らんだドレススカートの中に僕は潜んでいる。観客にバレないよう突然ステージの中央に現れるためだ。ちなみにマアサとミヒルには脚は四本あるが性器はひとつしかない。以前マアサを抱いた時、ミヒルは寝た振りをしていたっけ。スカートの中にいるけど別に石油王みたくいじくったりはしないのさ。
ふたりの男から求愛されるマアサ、その内ひとりはミヒルが恋していたテスラからだった。なぜ私じゃないのか。しかし姉から離れることができないミヒル。同体であるが一心ではないという悩ましさ。そのようなストーリーで劇は進む。あ、僕はすでにスカートの中から出て、セットの木の裏にいるけど、何か?いや、そういう移動法が必要だったんだって。マジで。だからしょうがないじゃないか。

劇の最後、恋い死にしそうになるほどの痛みは憎しみへと変わり、姉を手に掛けた妹。決闘の末に必殺「無限コイル固め」で愛する権利を勝ち取ったテスラ。さあ、マアサを抱こうとした時には、すでにマアサは死んでいた、すなわち、同体であるミヒルも直に死ぬのだ。時間に限りのある選択を迫られたテスラは女を抱くことにする。抱いたその時、嗚呼、ミヒルは性器から何も感じなかったのだ。というストーリーが幕を閉じようとした頃、どんでん返しでサンタクロースが登場、藪から棒に願いごとを叶え大団円という寸法。だって無理矢理でもうやむやでもハッピーエンドがいいじゃない。
この時に、姉の命を救うために「この悲劇の姉妹の為にどなたか命を投げ打ってもいいという慈愛に満ちた人はいませんか」と観客に呼びかけ、参加を促す。劇のできもあり次々と手をあげる観客達、なかにはパイオツ丸出しでアピールするセレブリティもいる始末。しかし、当然、僕は安奈を選ばなければならない。だが、安奈は終始、無表情で冷めた目をしてステージを見ていた。傍らの石油王は僕達を金にならないことをしているなというあざけりの目で楽しそうに見ていたけど。
こういう事態は想定済みだ。背中の袋から飼い慣らした鳩を取り出すと、宙へと放つ。鳩はぐるぐると観客達の上を回ると、そっと安奈の肩に止まった。万雷の拍手とため息が会場に溢れる。計算通り。
このトリックはこうだ。あらかじめ鳩に安奈と同じ香水の匂いを覚えさせていたという都合のいいトリックだ。安奈が有名人なら他にも安奈の真似して同じ香水をつけている人がいるんじゃないのかって?、そうだな、じゃあ、安奈の香水は石油王しか買えない石油の香水なのだ!…え、無理がある?、じゃあ香水はやめにして、えっと…鳩…鳩…ピジョン……ピジョンミルク…うん、あらかじめ安奈の毛皮にピジョンミルクをスポイトでピュッとね、そう、名前忘れたけど空中ブランコ師が空中からピュッとね、うん。それが目印になったと。そもそもホテルのバーでどうやって空中ブランコをするのかだって?、そんなことこっちは考えたこともねえよちくしょう!!
さて、
さて、じゃねえよ!!けどまあいいか!!………なんか今すごくがっかりされてる気がする…。

ここまで凝った演出と会場の盛り上がりに抗うことなど出来ようかいや出来まい。それが出来るのは地球上で石原都知事ぐらいだろう。NO、と言いますからね。断固、NO、と言いますから。
安奈も、あまり気乗りはしなかったが、そっとステージに登った。石油王はバカみたく笑っている。今から僕は安奈を劇中で殺す。そして本当に殺す。サンタクロースのナイフで。
ステージに登った安奈にそっと耳打ちをする。
「安奈、久しぶりだね。僕がわかるかい?」
安奈は僕がステージの上から見ていてはじめてその無表情から表情を変えた。
「久しぶりじゃないトムヤム」


完。








まあね。

安奈はにこりと昔と変わらぬバカの顔になって、
「久しぶりね」
と小さく言った。今まで気がついていなかったのも仕方ない。サーカスのサンタクロースなのだ。僕の顔にはおどろおどろしいメイクが施されている。
「おお、見よ!今ここに、このふざけた人の世にひとりの天使が現れた!」
大袈裟にサンタクロースは言った。
「どうやら、この生き馬の目を抜く人々の中にも“たったひとりだけ”自らを犠牲にできると手を挙げた人物がいたようだ!」
セレブリティはこの手のジョークが好きなのだ。嫌になっちまうぜ。
「この女人の命は犯した現世の罪と引き換えに、私が天国へ運ぶと約束しよう!」
そしてセレブリティは天国へ行きたいと強く願っている。これは古今東西いつの時代も同じだ。きっと天国には金のなる木がはえていると思ってるに違いない。というのはちょっと毒を吐いてみようかなと思ったから書いただけで、本当は形あるものに金を払うことに飽きただけだろう。
「さあ、事は一刻を争う。眠れ!安奈と呼ばれ愛された者よ!安心立命の内に眠りにつくのだ!」
演技の合間に僕は安奈の耳元でそっと、
「大丈夫、君を苦しませやしないさ」
とつぶやいた。安奈は学芸会で演じるジュリエットにでもなったかのように愉しげで、ふらりと微笑むと、台の上に仰向けに横たわり瞳を深く閉じた。
「人の子よ忘れることなかれ。子羊達よ忘れることなかれ。奇跡は常に犠牲に照らされやってくるのだと!」
サンタクロースは懐からナイフを取り出した。ここにいる人は皆、このナイフをイミテーションだと思っている。
サンタクロースは、
「安奈、裏切り者には死を!」
と、ところどころ声を裏返しながら叫んだ。
裏切り者と呼ばれ、安奈はかっと目を見開いた。その目は全てを察したようだった。が、何を言う間もなく、ナイフはすでに心の臓を一突きにしていた。
ブルブルと小刻みに体を震わせながら、ナイフとサンタの腕を掴み、口をパクパクと動かす安奈の“演技”に、観客は大きな拍手を贈った。パクパク、パクパクとまさしく必死に口を動かす安奈をサンタはじっと見ていた。
「け・が・わ・を・・・・・・・」
だが、安奈の意志はサンタに伝わることはなかった。何と伝えたかったのか、それはもう誰にもわからない。
次のセリフを言わないサンタに姉妹が訝しんだ時、サンタはナイフを安奈の胸から抜いた。同時に血がスプリンクラーのように吹き出し、サンタのヒゲを赤く染めた。まだ、観客の半分は演出だと思っているが、団員はこの異常事態に気がついた。姉妹がへなへなとよろめき腰をおろすと、団員が次々にステージに上がり、サンタを突き飛ばし安奈の容態を確認した。しかし安奈はもう果てていた。
ようやく事態が飲み込めた観客達は悲鳴をあげ、足早に逃げ出そうとした者もたくさんいたし、ステージに上がり押さえつけられたサンタの頭を石ころのように蹴飛ばしたものもいた。人の波をかき分け、顔面蒼白の石油王はふらふらとステージに上がろうとしたが途中で「ひん」と声を出すと、目がぐりりと裏返り白目になって倒れ、痙攣して、しばらく誰もそれに気がつかないまま、死んだ。
その混乱の間、あははあはは、とサンタクロースはわらい、何度も何度も頭をゴンゴンと床にたたきつけたものだから、サンタの頭と床の間に厚いタオルを敷くハメになった。

石油王の葬儀はしめやかに行われ、石油王は一族の墓に埋葬された。ファミリーから嫌われていた安奈は、それでも、ファミリーの手により雪の積もる見晴らしのいい丘に埋葬された。安奈の母親は葬儀に参列することもなかった。
血まみれのサンタクロースは刑務所に入れられたが裁判所への護送際に買収されたポリスの手引きで近づいたヒットマンの刃に刺され、死んだ。その死に顔はわらっていたという。
村の裏山の開発は、我復讐せんとばかりに進められ、村人は約束された新しい村で奇怪な雪崩に巻き込まれ、皆死んだ。

安奈の墓に花を手向けくる者は誰もいなかった。初雪が降ると安奈の墓は雪の中に埋もれ、春まで姿を現さない。



終わり。だよね。これ、終わり、だよね。ていうか、「久しぶりねトムヤム」って書いちゃった時点で心が折れる音を聞いちゃって。砂場の棒倒しで云うなら、ぐらぐらしてる棒を削る部分を慎重に慎重に考えていたら空からやってきた一羽のカラスにすいっと棒を持ってかれちゃった感じ。相変わらず下手だなたとえが。だから予定していた僕と安奈の幻想的な会話シーンをなくし、やっつけ感満載の結びになったのはどうでもいい秘密な話。