微笑シリーズ。この白い丘に咲くものはなにもない | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

微笑シリーズ。この白い丘に咲くものはなにもない

ヒナゲシ君が今年初めて玉虫細工を町へ売りに行ってきたと聞き、僕はヒナゲシ君に安奈のことを訊いた。
安奈は僕の幼なじみ、この村でも貧しい家の子で小さな赤い看板の酒場でポールダンサーをしていた。安奈はバカだったけど、器用は良かった。安奈をバカにする奴もたくさんいたけど、いつの間にかそいつは安奈に金を貢ぐようになっていた。その美貌が、偶然村の裏山を調査しにきた石油王の老人の目に留まり買われた。去年の雪が初めて降った日の話。
安奈がたらしこんだと言った方がいいか。だけど左うちわの生活は安奈の油断するとこぼれ落ちてしまいそうな涙の裏返しだったから。僕は去年の初雪を、家の欠けた櫛歯の窓からじっと見ていた。
「驚いたさ。金持ちになったのはいいが安奈が、あいつらと仲良くするのもいいが、指にピカピカ光る石をつけようが、メイドをあごで使おうが、それこそ裏の実家を潰してしまおうが、そんなことはおれの問題じゃないが、安奈は毛皮を首に巻いていたんだが」
「毛皮を?」
が、でリズムを取り一気にまくし立てたヒナゲシ君の普段は気味が悪いほど青白い顔が薄いピンク色になっていた。あまり高い山ではないけど、裏山の頂はまだ灰色の帽子をかぶっている。ヒナゲシ君が町からの帰り道、のったりとした薄寒い坂道を歩き頬をかじかませたのか。それもあるのだろうけど、やはりヒナゲシ君は怒っていた。
「あいつはもう仲間にしてやらない」
ヒナゲシ君は吐き捨てるように言って、実際にタンを荒れる夜の度に酒を飲み込んできたあまり掃除の行き届いていない酒場の黒ずんだ床に吐いた。
というのもこの村では毛皮はご法度だからだ。よその人からすれば畑仕事と狩猟、もしくは酒に溺れ野垂れ死ぬことしかすることはないであろうと評すること絶対のこの村だが、狩猟は禁止されている。獣の肉はよその人から畑で取れる果実や川で取れるタコなどと交換している。
裏山に住む動物は神の使い、そう子供の頃から聞かされてきた。代々聞かされてきた。特にキツネは人命よりえらい。この村の葬式はキツネ葬だ。キツネの寄生虫だらけの腸を通ると天国にいける。だからこの村の人間が毛皮を身につけることなどありえない。きっと僕も子供ができたら、何も考えずにそう教え、山の動物を殺さないようにとしつけるんだろう。
「首に、首によう、巻きつけていたんだが」
ヒナゲシ君、君は僕になんと言って欲しいのか。今宵も荒れそうだ。
マンドリンが鳴る。僕らの後ろではポールダンサーが踊っている。去年村にやってきたおぼこのポールダンサーは未だに腰の動きがカクカクと固い。安奈の後がまにみんな興味を示さなかったからそれもしょうがない。

酒が回り始めた僕の脳裏に安奈の思い出がちらほら流れた。学生時代、安奈はよく黒板を爪で引っ掻いて、耳を塞ぐ僕らを尻目にカラカラと笑う子だった。いい加減にしろと怒られるとなぜか笑いながらくりくりした瞳に涙を溜めていたっけ。キャンプファイヤーの夜に誰かと消えて、次の日その夜のことを自慢してたっけ。夏休みの度に髪の色が変わって、二学期初日に安奈の毛を刈ることは定例行事だったっけ。
高校の卒業式が近づいてきたある日、僕と安奈は珍しくふたりきりになった。土手の途中、小さな岩の上。
「どうして君はそんなことばかりするんだ」
訊いた僕に安奈は微笑んでそれだけで、
「君は将来どうするの?」
と訊いてきた。
「家の畑を継ぐよ」
と返した僕ははっとして安奈の顔を見た。安奈の家は畑を持っていなかったから。
安奈はじっとなった僕を見てくすりと笑った。
「卒業式が終わったら、あたしちょっと変わる気がする。性格とかじゃなくてさ、環境とかじゃなくてさ。あたしはどうしようもないバカだから何をしたって独りきり。親友も別にいないしね、彼氏も実はいらないしね。ずっと楽しく暮らしたいとか思ったりするけど、それは難しいって先生に言われてさ。早漏のくせにさ。ふふふ。それは難しいって言うから。みんなそれは難しいって言うから。難しい顔して言うから。難しいの雰囲気にやられて楽しくやっていけないわ。あきれかえった声でみんなあたしを笑うから。卒業式が終わってさ。ちょっと変わるの今までのあたしから。これでも引っ込み思案だったりしたのよ信じられる?あたしが自信を持てたら、その時君を抱いてあげるよ」
僕は何も応えなかった。
「君はあきれてないから。あきれかえった声で笑わないから。他の男はさ、あたしを抱いたことしか自慢できないような人生にしてやるの。ふふふ」
安奈は無造作に地面に光ファイバー通信用のUSB端子を差し込むと、手のひら大の機械をさらりと操り僕に書いているという日記を見せた。その日記はとても生々しくて、生活の澱の沈殿物のようで、読むことは苦しく、僕はただ漠然と端々を見ることしかできなかった。
「ふふふ、さがすのかな。君はさがす?。あたしがこの村を出たら君はあたしをさがす?」
安奈はそういうと、酒場に向かって歩いて行った。僕はしばらく座ったまま川の流れなどをじっと見ていた。
それから安奈は立派なポールダンサーになって、そして冬の始まる前に村を去った。

酔いつぶれ、あまつさえムエタイ使いのバウンサー、トムヤムにボコボコにされたヒナゲシ君をわらの詰まった納屋に力いっぱい投げ飛ばし、僕は「君は自分が文字通り踏んだり蹴ったりだと思っているのかしらないけど、巻き添えでトムヤムに首相撲から膝を突き上げられた僕のが踏んだり蹴ったりなんだからな」と吐いて捨て、こいつこのまま死んでくれないかなと本気で望みながらその場をあとにした。
ヒナゲシ君はとても上等な玉虫細工を作るけど、基本、クズだ。

それからしばらくして、村には安奈の噂があらゆるままに吹いては流れた。村人から安奈のことを訊かれたヒナゲシ君が意気揚々となり、安奈の母親のことなどすっかり忘れ、あたかも先生気取りで話を作りながら村中に吹聴した結果だ。中には、
「安奈は生娘の経血をはった風呂に入って若さを保とうとしてる」
などという中世の女王様みたいな噂まであった。
これなどは一笑にふすものだが、
「安奈は裏山をつぶす気だ」
「安奈は裏山の動物を狩り尽くす気だ」
「安奈はこの村に復讐する気だ」
等々、半ば現実味を帯びた話に村人は次第に飲まれていった。ヒナゲシ君の話の真偽はともかく、毛皮を巻いていた、という言葉がまるで呪文のように村を包んだ。
それに合わせ開かれた村のネット集会を僕はひとりロムって眺めていると、
「やられる前にやれ」
という流れに議題は解決をみた。議題は、誰が町へ行き安奈を殺すか、になった。
僕がロムってると、ハンドルネーム「名無しだが」と名乗る人物が、
「新山さんちのチョウジって安奈と仲良かったんだがwww」
と書き込んだ。
チョウジとは僕のことだ。僕はヒナゲシ君の精神を再度再度再度再度改めて疑った。
どうやら、僕以外の村の男は安奈を抱いたことがあるらしい。安奈に耐性があると思われたのか、安奈に同情してしくじることを避けるためか、汚い仕事は兄弟にさせたくないためか、あとは僕の了承ひとつ、というところでネット会議は終わり、後日村の代表であるトムヤムが僕の家へとやってきた。トムヤムは、わかってるな、と言いたげな目で僕を見据える。トムヤムはこの国の言葉を喋れないからしょうがない。僕はうなずくと、ひとつ条件をメモにして渡しトムヤムを帰した。よもやこんな形で安奈をさがしに出掛けることになるとは思いもしなかった思いで僕の胸はいっぱいだった。といっても別に悲しくはない。殺すか殺さないか、すべては安奈と話をしたあとの話だと僕はネット会議後に決めていた。

次の日、朝早く僕は監視者であるトムヤムと町までの道案内役であるヒナゲシ君とで村を出た。ずた袋にマムシ一匹を持って。安奈はある日不幸なことにマムシに咬まれて死んだとさ、という寸法だ。もう春だというのに町までの山道には所々雪が残っていた。
もう少しで町に着くという最後の分かれ道まで来た。峠のラブホテルの傍らに安奈の写真が使われた大きな都市再開発の看板が出されていた。写真の安奈は僕が知ってる安奈より洗練された美しさだった。
僕は分かれ道の真ん中で立ち止まると、いやらしい笑みを浮かべながらヒナゲシ君に「あの夜のこと思い出さないか?こいつにボコボコにされた夜を」と言った。ヒナゲシ君はにやりと笑うと、「あの時は酒が入っていた」と言い、目で頷いた。
「おーいトムヤム。あのお城にちょっと寄るってのはいかが?」
ぎらついた目でヒナゲシ君はトムヤムに言ったが、トムヤムは僕達の言葉を理解できない。ヒナゲシ君は馴れ馴れしくトムヤムの肩に手を回し、馴れ馴れしく唇に吸い尽く。トムヤムは気持ち悪さを微塵も隠さずにヒナゲシ君を振り回して、どう、と倒した。
「トムヤムてめえ何しやがんだバカ野郎が!」
変にはっきりとトムヤムを罵倒して首をかっきる動作をしたヒナゲシ君。僕はその間急いでトムヤムの死角へと動いた。僕とヒナゲシ君がトムヤムを挟み目で合図を交わす。ムエタイ使いのトムヤムにタイマンで勝てるなどと思ってもいないふたりだ。
隙を見て僕はがっしと後ろからトムヤムをフルネルソンに固め、脚をトムヤムのきれいにくびれた腹に巻きつけた。脚を腰回りに巻きつけたのは、ただフルネルソンに決めただけではトムヤムのムエタイ妙技により振り回されて倒されるのが関の山だからだ。上半身と下半身の可動範囲を同時に消す目的もある。子泣き爺のように吸い尽く僕を背にトムヤムは倒れこそしなかったが、文字通り手も足もでない。
ヒナゲシ君が「ががががが」とタンが絡んだ声で笑うと、トムヤムを殴りつける為に手を振りかざした。



終わり、にしたいなあ……………。続きはまだ一文字も書いてねえでげす。げすってお前。いや自分でもわかってるんですよ。だったら投稿すんなよってさ。でも、悲しいかなこれが現実なのよね。……………こうなるんだよ。ノープランだとこうなるんだよ。