孤独なポッポちゃん | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

孤独なポッポちゃん

昔、僕がガキの頃、地元の本屋でね、店員の目を盗み自作の本を平積みしていく若い女性がいたんですよ。“万押し”ですね。短い髪をツインテールに結っててね。いつもキャプテンサンタの服着ててね。仮にポッポちゃんと呼びましょうか。大学ノートに、赤黒い色のへたくそな字でおどろおどろしいタイトルが書いてあって。僕は怖くてたまらなかったものです。その本を見つけても手を出せなかった。店員は慣れた様子で発見次第バックヤードにその本を持っていく。きっと捨ててたに違いないでしょう。
先日、何年かぶりにその本屋に行ったんですよ。甥の絵本を買ってこいと頼まれましてね。そしたら、キャプテンサンタの服を着たツインテールの女性がいまして。甲高い声でぶつぶつとなにやら呟きながら店を回って、店員の目の死角へ死角へと移動してるんです。ポッポちゃんだと思った僕はちょっと離れたところから万引きGメンの如く彼女を密着マークしましてね。ミステリーコーナーで立ち止まった彼女はやっぱり手に持っていたビニール袋から一冊のノートを取り出して、置いたんです。伊坂某氏の新刊の上に置いたんです。そして女性は脱兎の如く店をあとにしました。その際万押しGメンの僕の横を通り過ぎまして、よく顔を見れたんですが、あの頃とあまり変わりない顔してたんですけど、眉間に一本、ブッチャーの額のような縦割れの深いシワがありまして、時の流れを実感しました。
僕はポッポちゃんが置いていったミステリーコーナーまでいくと、あの頃出来なかったことをしました。相変わらずの大学ノート、相変わらずの奇々怪々な表紙。手に取りドキドキしながら本を開きました。とても汚い字で、シミなどもあったものですから、何を書いているのかわかりませんでしたが、びっしり埋め尽くされた文字をところどころ読みとると、どうやらミステリーではないということだけはわかりました。
僕は本を閉じると、ボールペンを取り出して、大学ノートのバーコードを消しました。そして、隣に新しいバーコードを書いてやったのです。バーコードリーダーよ読み取れと願いを込めて。そしてそっと伊坂某氏の上に置き直しました。僕がミステリーではないと判断しても、そこは本人のチョイスですからね。
その時です。
「なにしてるお前」
店内にあの甲高い声が響きました。後ろを振り返ると、ポッポちゃんが目をむき出して僕を見ています。見ています。スペインの香りを出すならば、エル・ミ・テイマス。ああ。
ポッポちゃんは僕に下卑た言葉で文句を言ってきました。万押しGメンの常ですかね。僕はやや焦りましたが、揉み合いになったら投げ飛ばす自信があったので、ちなみに僕は幽霊と揉み合いになったらその幽霊が幽霊像にあるまじき屈強なレスラーの幽霊でない限り勝てる気がするから幽霊は怖くありません同じ理由でゴキブリも怖くありません、僕は冷静に、バーコードについて解説しました。
その熱意が伝わったのか、ポッポちゃんは「ありがとうありがとう」と言うと、ビニール袋から一冊の大学ノートを取り出して僕に渡してきました。そして、奇声を上げながらまた脱兎の如く店を出ていきました。渡されたノートを開くと、そこには、置いていった本と全く同じ内容と思われるものが書かれていました。きっと何冊も何冊も同じ内容の本を書き綴っているのでしょう。
はっと気がつくと店内中の人々が僕を見ています。見ています。スペインの香りを漂わせるならば、エル・ミ・テイマス。ああ。
僕はそっと伊坂某氏の新刊の上に渡されたノートを置くと、そそくさと店をあとにしました。誰かあの本買ってやらないか。買ってやったらポッポちゃんは。そう願いながら店をあとにしました。僕は買いません。だって僕はGメンだから。
きっとあの二冊も、バックヤードのゴミ箱へと捨てられるのでしょう。何冊も何冊も捨てられたことでしょう。今までもこれからも。ゴミ箱に積み上げられたポッポちゃんの本はどこに向かうのか。人々の目を見ています。ポッポちゃんの本は人々の目を見ています。そしてポッポちゃんも実は本を通して人々を見ています。スペインの風が吹いたならば、エル・ミ・テイマス。ああ。