きらきら
キラキラがどうしても聴くに耐えないので町に出ました。
目的もなく歩いていると、変なことを思い出しますね。あれは三年程前かしら、おれが当時ステディな関係になりたくてしょうがなかった女性と、やっとのことでデートにこぎつけた日。デート、というよりも、ただメッシー君化してただけかもしれないけど。
とあるレストランに行った。ウェイターが凛とした、当時も今もおれに不相応なレストラン。覚えたてのワインなんか飲んで、それなりにいい雰囲気になったもんだよ。
コースのメインディッシュが運ばれてきた頃、おれは自身のある異変に気がついた。異変といっても勃起したわけじゃない。おれの右肩に見たことのない小指の爪程の昆虫が止まっていた。おれは焦った。今思えば焦る必要などないのだが必要以上に焦った。ひとつのミスが、彼女とおれを永久に分かつグランドキャニオンのような大峡谷になると思い込んでいたから。それにおれには脳裏に焼き付く嫌な思い出があった。
中学生の頃、電車通学をしていたおれは、ある日の帰りの電車でこの時と似たような経験をしたことがある。おれの肩には毛虫が這っていた。その時もおれは肩の異変に気づかず、ボーっと吊革につかまり次の三連休はあと何日で来るかなんかを計算していた。もうすぐ下車駅というところで、前に座ったおばさんがおれに話しかけてきた。驚きと汚らわしさと心配とおかしみをない交ぜにした不思議な表情でおばさんは、「肩に毛虫がいるわよ」と言った。えっ、とこちらも多分現状が把握出来ていないであろうことがうかがえる不思議な顔をしたはずだ。なぜかゆっくり肩を見る。確かに毛虫がわさわさうごめいている。一瞬、動きを止める。周りをみてみると、辺りの乗客はみんなおれの肩をみてる。この時も焦った。このまま素知らぬふりをして家まで持ち帰るか?なんて考えたりした。だが、そうもいかん。なにせ注意されたのだから、無視するわけにもいかない。そうして、ナイーブ甚だしい年代だったおれは涼しい顔をし、周りに飛ばないよう毛虫を払い落とすと、踏み潰した。ああどうも、とおれはおばさんに会釈した。下車駅が近くてよかった。ナイーブ全盛期のおれには
とてもそのまま何十分もおばさんに踏んづけた毛虫を見詰められながら電車に揺られ続けることはできなかっただろう。なんてことはないことかもしれないが、おれにとってちょっとしたトラウマで、以降電車に乗る前は目立たないように全身を払ってから乗るようにしてる。
レストランで肩に得体の知れぬ虫を見た時、おれはこの時のことを思い出した。だから余計焦った。しかし、幸い、彼女は虫に気がついていないよう。あの時と状況が違うところといえば、虫の存在におれが真っ先に気がついたことだ。あの時はおばさんに注意されたから余計シビアな選択を迫られたのだ。今なら誰にも気づかれず事態を処理できる。おれは体験を経て成長したのだ。
「おいしそうだね」などと言い、彼女の視線を料理に注がせる。おれは彼女がメインの小綺麗なステーキにナイフとフォークをあてがったのを確認すると、右肩の虫に向かってふっと息を吹きかけた。その時、今にもタキシードを着た老齢のピアノ弾きが出てきそうな落ち着いたレストラン店内に、ぴゅるり、と似つかわしくない高音が鳴り響いた。
はっ、とした時には時既に遅し。彼女がぽかんとした顔で右を向いて口をとがらせているおれを見ている。おれは口笛を鳴らしていた。なまじ虫を吹き飛ばそうとしたことで、息は強く、口笛は羊飼いが野っ原で牧羊犬を誘導するような、とてもきれいでよく通る口笛となった。
店内のみながはっとしておれを見る。不幸なことに、右を見るおれの視線の先に待機しているウェイターがいた。ウェイターはつかつかとおれ達のテーブルへとやってきて、「お呼びでしょうか?」と告げた。口笛でウェイターを呼ぶ、一体おれは何者だ。空いてないグラスを指し、「もう一杯水をください」そう言った。
おれは思った。これからレストランで肩に虫がとまった時には、指パッチンで虫を潰そうと。
その後彼女とどうなったか?うむ、その後彼女にはおれのリコーダーを吹い……………。
目的もなく歩いていると、変なことを思い出しますね。あれは三年程前かしら、おれが当時ステディな関係になりたくてしょうがなかった女性と、やっとのことでデートにこぎつけた日。デート、というよりも、ただメッシー君化してただけかもしれないけど。
とあるレストランに行った。ウェイターが凛とした、当時も今もおれに不相応なレストラン。覚えたてのワインなんか飲んで、それなりにいい雰囲気になったもんだよ。
コースのメインディッシュが運ばれてきた頃、おれは自身のある異変に気がついた。異変といっても勃起したわけじゃない。おれの右肩に見たことのない小指の爪程の昆虫が止まっていた。おれは焦った。今思えば焦る必要などないのだが必要以上に焦った。ひとつのミスが、彼女とおれを永久に分かつグランドキャニオンのような大峡谷になると思い込んでいたから。それにおれには脳裏に焼き付く嫌な思い出があった。
中学生の頃、電車通学をしていたおれは、ある日の帰りの電車でこの時と似たような経験をしたことがある。おれの肩には毛虫が這っていた。その時もおれは肩の異変に気づかず、ボーっと吊革につかまり次の三連休はあと何日で来るかなんかを計算していた。もうすぐ下車駅というところで、前に座ったおばさんがおれに話しかけてきた。驚きと汚らわしさと心配とおかしみをない交ぜにした不思議な表情でおばさんは、「肩に毛虫がいるわよ」と言った。えっ、とこちらも多分現状が把握出来ていないであろうことがうかがえる不思議な顔をしたはずだ。なぜかゆっくり肩を見る。確かに毛虫がわさわさうごめいている。一瞬、動きを止める。周りをみてみると、辺りの乗客はみんなおれの肩をみてる。この時も焦った。このまま素知らぬふりをして家まで持ち帰るか?なんて考えたりした。だが、そうもいかん。なにせ注意されたのだから、無視するわけにもいかない。そうして、ナイーブ甚だしい年代だったおれは涼しい顔をし、周りに飛ばないよう毛虫を払い落とすと、踏み潰した。ああどうも、とおれはおばさんに会釈した。下車駅が近くてよかった。ナイーブ全盛期のおれには
とてもそのまま何十分もおばさんに踏んづけた毛虫を見詰められながら電車に揺られ続けることはできなかっただろう。なんてことはないことかもしれないが、おれにとってちょっとしたトラウマで、以降電車に乗る前は目立たないように全身を払ってから乗るようにしてる。
レストランで肩に得体の知れぬ虫を見た時、おれはこの時のことを思い出した。だから余計焦った。しかし、幸い、彼女は虫に気がついていないよう。あの時と状況が違うところといえば、虫の存在におれが真っ先に気がついたことだ。あの時はおばさんに注意されたから余計シビアな選択を迫られたのだ。今なら誰にも気づかれず事態を処理できる。おれは体験を経て成長したのだ。
「おいしそうだね」などと言い、彼女の視線を料理に注がせる。おれは彼女がメインの小綺麗なステーキにナイフとフォークをあてがったのを確認すると、右肩の虫に向かってふっと息を吹きかけた。その時、今にもタキシードを着た老齢のピアノ弾きが出てきそうな落ち着いたレストラン店内に、ぴゅるり、と似つかわしくない高音が鳴り響いた。
はっ、とした時には時既に遅し。彼女がぽかんとした顔で右を向いて口をとがらせているおれを見ている。おれは口笛を鳴らしていた。なまじ虫を吹き飛ばそうとしたことで、息は強く、口笛は羊飼いが野っ原で牧羊犬を誘導するような、とてもきれいでよく通る口笛となった。
店内のみながはっとしておれを見る。不幸なことに、右を見るおれの視線の先に待機しているウェイターがいた。ウェイターはつかつかとおれ達のテーブルへとやってきて、「お呼びでしょうか?」と告げた。口笛でウェイターを呼ぶ、一体おれは何者だ。空いてないグラスを指し、「もう一杯水をください」そう言った。
おれは思った。これからレストランで肩に虫がとまった時には、指パッチンで虫を潰そうと。
その後彼女とどうなったか?うむ、その後彼女にはおれのリコーダーを吹い……………。