あいーん!(3) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

あいーん!(3)

その後、幸一さんから聞いた話では、お父さまはこの世に生を受けてからこのかた一度も社会に出たことがない生粋のニートであるらしいのです。生き様は顔に出ると言います。おそらく、社会に出たことのないお父さまは今まで一度も社会の苦汁をなめたことがないために、齢50を越えても(56歳)あんなに若々しい姿なのだろう、とは幸一さんの推測。しかし、およそ10年前、完全なひきこもり生活を始めてから謎の若返りをし始めたとのことです。30歳を越えた時点で非童貞だったため“魔法使い”になりそこねたお父さまが、60を境に“仙人”になろうとしているのではないかとはさつきさんの談。ですから、「若い頃(40代)」の写真を居間に飾り、標準の姿を忘れないようにしているとのことです。

あのようなお父さま(容姿は完璧なのだけど)がなぜあんなに美しいお母さまと結婚できたのか。なんでも、超絶美少女だったお母さまは常に周りからモテてちやほやされていたとのことです。しかし、20歳の時、まったくそれが通用しない男性、つまりお父さまに出逢い、その様子に新鮮なときめきを抱いたようです。お母さまは周りに反対されればされるほど突っ走るタイプなようで、周囲の反対を押し切り、実の親から勘当されてまでもお父さまと結婚なさったそうです。その時、既成事実として生まれたのが幸一さんです。お母さまは大学を中退し、ちょうどその頃お父さまのご両親にご不幸があり、身よりのないお父さまと息子を養うためお勤めに。それからずっと家族を養ってきました。その間家族が増えているわけですから不思議としか言えません。しかしそれも10年前までの話。それからその役目は幸一さんに移った模様です。

そうそう。お母さまは鬼籍にお入りになったわけではありません。お母さまは10年前、お父さまが若返りし始めた時、「あの人だけ若返るのは反則!」と、幸一さんが無事就職したこともあり、“若返りの薬”もしくは“老いる薬”を探しに西へと旅に出たっきり行方がわからないそうです。居間の写真の横に置いてあった“鈴”は、「シャレ」と幸三くんは言います。

その日、わたしは自分の家に帰ると、しくしく泣きました。わたしも今はなき先輩方同様、「耐えられ」そうになかったからです。

次の日、休もうかとも思いましたが、わたしは出社しました。重い足取りで会社の廊下を歩いていると、デスクに向かっていつも通り働く幸一さんが見えました。幸一さんはわたしに気がつくと、屈託のない笑顔でわたしに手をふりました。その爽やかなことといったら。その姿を見て、わたしは、頑張ろう、と決心しました。

こうして、わたしと月島家との壮絶な闘いが始まったのです。



第1話、完


次回、幸二さんの恋、幸三くんの恋、変わった趣味編を予定。こうご期待!!