小さじいっぱいのマボロシ(13) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

小さじいっぱいのマボロシ(13)

「悪い知らせ?」

イザマはくるりと回り、荻原と相対した。

「気味悪いわね。相変わらず」

「生まれつきでね。それで悪い知らせとは」

「あんたに拾わせた仕事のことだけど、ふん、探偵ごっこご苦労様。よくもまあ立派に無実の人間を凶悪な犯罪者に仕立てあげましたこと」

「…………どういうことです?原田敏子が無実だと?」

イザマは荻原を睨みつけた。

「無実、というには少し過ぎたかもしれないけど、少なくとも、アカリを殺したのは原田敏子ではない」

「そんなこと、私の推理に」

「推理?推理、ふふ、推理ですって?あはは。安楽椅子探偵を標榜してるのか知らないけど、あんたのやり方は雑すぎる。遊びじゃないのよ、現実は」

「しかし、原田は自供を」

「あらあら、今度は原田敏子の自供?ほら吹きの自供?ふふふ、あんたのやり方は聞いたわ。ふふふ、誘導尋問どころか洗脳尋問といったところかしら。ただでさえ曖昧な記憶と精神に、あなたは何をしたのかしら」

荻原は一枚の写真を取り出してイザマに渡した。それは敏子宅の庭を写したものだった。

「丸投げするのもなんだから、私は私で調べてみてねえ。その写真とあなたが撮った写真、見比べてみなさい」

言われた通り、イザマは間違い探しを始めた。

「………棒、緑の、つるを巻きつけたり幹を支えたりする細い棒が、おれの写真にはない」

「よくわかりました。私が撮った写真は初日に撮ったもの。あなたが敏子の家にいるときにね。さて、その棒の中身が空洞で、空気が通るようになっていて、土の中に埋まっていた二枚繋げられたゴミ袋の中からアカリの遺体とともに出てきた、としたら?」

「中からだって!?」

「あんたは何も知らない。そもそも、アカリが死んで埋められたとしたら、この季節、遺体が腐臭を発するまでに、横たわった上に土を被せた程度の深さでは5日もかからないでしょうに」

「まさか、そんなまさか」

「そう、確かに、敏子からアカリへの虐待はあったのでしょう。あの日もあったのでしょうね。発作的な錯乱が。ただし、敏子はアカリを殺してまではいない。それはあんたに言われたイメージが曖昧な記憶に重なっただけ。アカリは生きたまま土に埋められた、いや、自ら埋まったのよ。脱出しようとすればできただろうにそれをしなかったようだもの」

「しかし…敏子もアカリさんの寝姿を知っていた。おれは横たわるアカリさんの腕の形など示唆していいない」

「誰がアカリに土をかけるのを手伝ったと思うの?」

「…敏子しかいない」

「そう、敏子しかいない。そしてその時の記憶はあら不思議、朝目覚めるとすっかり消えてなくなった。…かくれんぼ、か。娘は娘でいかれていたみたいねえ。まるで壊れた時計と狂った時計の親子だわ。ま、いかれた理由は敏子とおんなじというところかしらね。母親に愛を以て捜してもらいたかった。ふん」

イザマは慄然とする感情を禁じ得なかった。

「生きていたというのかあの時、土の中で」

イザマは唇を噛み締めた。

「なぜ、なぜアカリさんは死に至った。なぜ」

「さあね、もしかしたら自身の中でタイムリミットを課していたのかもしれない。もしくは、景観を変えることでヒントを与えたのかもしれない。単に死にたくなったのかもしれないし、空気が吸えなくなって錯乱状態に陥ったのかもしれない。でも、まあ、知ったこっちゃないわ。あんたが考えなさいよ。ふふ。とにかく、あんたの推理は間違いだらけだったってことを言いたくてねえ。今も原田敏子は娘をその手にかけてしまった苦悩に苛まれているわけね。罪も、本来より、重くなるかしら、精神鑑定次第かしらね。警察に?ふん、私が依頼されたわけじゃなし。わざわざそんなことする暇はないわ。ずっと壁を見ているだけの男に、現実は厳しいねえ。じゃあ、帰るかな。私は忙しくてね。ふん」

高梨に手を出したら殺す、そう言い残し、荻原は消えた。イザマはしばらく壁を見ずに、どこを見るでもなく煩悶としていた。しばらくしてふとアカリの携帯電話のことを思い出した。イザマには少し気になっていたことがあった。それは携帯電話の前回画面表示機能でサイトを遡れたことだ。ということは、データを消して以来一度も電源が落とされていないということになる。データは消したのに、だ。イザマはそれをもうひとりの敏子の無知か覚醒時間の関係によりおかしたささいなミスだと思うことにしていた。だが、携帯電話のデータを消したのがアカリ本人の可能性が強くなった現在、アカリが自分でデータを消したならば、イザマは思い出す、最初に表示された画面を、占い結果が出ていた画面を、

「黒下土星人のあなたの運勢は…」

イザマはがばっと丸まった背を起こし、携帯電話で黒下土星人という星の下に生まれた人物は何年何月何日生まれの人物のことか調べた。調べた結果、それはアカリの生年月日でも敏子の生年月日でもなかった。あれはヒントだったのだ。土の下にいると、母親に向けたメッセージ。

イザマはどすんと椅子に腰掛けると、くるりと回り、ビルの壁を見つめて言った。

「そんなのわかるわけねえだろ!」

その日付は敏子の夫、アカリが好きな父親の命日だった。



終わり