小さじいっぱいのマボロシ(10) | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

小さじいっぱいのマボロシ(10)

「あの人に連絡はしたのか?」

「うん。今日は泊まるって」

「怒ってなかったか?」

「さあ。案外、近くに来てたりして」

「盗聴されてたりな」

「ねえ、そんなことよりやるなら早くしてよ。おかしくなっちゃいそう」

「なってもいいが、終わったあとにしてくれ」

アカリの通う制服に似るよう数枚のコスプレ制服からパーツを流用し出来上がった特製制服を着用し、アカリの髪型に似るよう器用にイザマがカットした黒髪のカツラをかぶり、横たわった高梨。そのたわわな胸が僅かに隆起している。

「早くしてよね」

「ああ。おい、腕をどけてくれ。いや、そのまま組んで、いやいや、やっぱりどけてくれ」

イザマは早速、床に横たわる高梨を上下左右から何枚もデジタルカメラに収めた。

「もういい?」

「デッサンもしておく。手に覚えさせることは大事なんだ。イメージと、体を、おっと、動くな。ああ、もう少しスカーフをひねる感じに、そうだ」

イザマは鉛筆とボールペンを使い、メモ帳に偽アカリを描き上げる。それはデッサンというよりも人体の設計図のようであった。イザマはすらすらとこなれた手つきでそれを書き上げた。

「よし、まあこんなものだな。起きていいぞ。おい、高梨君、おい」

どうやら高梨は寝入っていたようで、イザマを少し呆れさせ、また安堵に似た感情をもたらしイザマの精神的均衡に一役かった。

「終わった?」

「まだ始まったばかりだ」

「げげ、あー神様。狐が憑きませんように」

膝をつき腕を組み、天井に向け祈りを捧げる高梨に、

「狐憑きなら神道だろ。そのスタイルが効くかな。それに、それはもう脱いでいいぞ」

そう言うとイザマはすぐに作業に取りかかった。

「ねえ、私も何か作りたい」

「ふむ。じゃあコレとコレを混ぜて、この色に近づけてくれ、ああその色じゃないのだった。そうだなあ。あそこのビルの壁の色に近づけてくれ」

「ふうん。………………………………こんな感じ?」

高梨が差し出した小石大のものを受け取り、じろりと観察するとイザマはアメ玉みたく口にしゃぶりぺっと吐き出した。

「少し違うな。もう少し甘い感じを出してくれ」

「甘い?なにそれ、わかりかねます。砂糖でも混ぜろっての?食えんのこれ。うわっ、ちょっと!そんなもんよこすな!汚いなあ」

黙々と作業に没頭するイザマ。と高梨。作業に飽き始めた高梨は全くイザマの作業と関係のないものを作っている。時折イザマにちょっかいをだしながら。

「へえ、あんたにそんな才能があったなんて」

「これでも昔…ところで君は一体何を、なんだねそのおどろおどろしいものは」

「これ?これは愛の形なんだよへへへ」

「君には愛がそんな不気味な形に見えるのか」

「歪なパズルもあるんでしょ?」

「うん?」

「へへへ、あの人にあげよう」

「それならいいが。じゃあ一旦これをオーブンに。緑を確かめたい。プチトマトだなんて厄介なもの植えてやがって」

作業が終盤を迎えた頃にはすっかり真夜中になっていた。

「今更だけど、こんなもんでどうなるっていうの?ていうかさっさと」

高梨が言い終わる前にイザマは口を出した。

「おれは警察じゃないんだよ。それどころか犯罪者だ。死体なんか発見した日には色々と面倒だ。ただでさえ現場に足を踏み入れている。不審な足跡発見だ。下手をしたら、まさかおれが犯人になることは無いだろうが、2、3日ぐらいは拘留されるかもしれない。確固たる証拠もないし」

「無いの!?」

「無い。しかし確信はある。だから彼女には自首をしてもらう」

「ああ、そう。でも他にも方法があるでしょうに」

「うむ。確かにあまりスマートな方法ではないな。だが、ふむ、これはおれからのプレゼントさ。犯した罪を思い出してもらうね」

「ふうん。まあいいや。だけど、それ、色が変だけどそっくりね。すごいもんだわ」

「色はバッチリだったろ。イメージ通り出来た。1号機にしてはなかなかどうして、苦心した分自信作だ。心残りがあるとしたら、胸の形がなあ、君では再現不可能だったもので」

「バカ!」

隙だらけのイザマの後頭部に高梨の糸を引くようなナックルアローが炸裂した。

「ぐはあ。なにもそんなに、うん?ああ!腕が、腕があ!おれの自信作が…」

珍しく感情を吐露したイザマの手にあるそれの腕は、衝撃の瞬間イザマにぎゅむっと握られた為にあさっての方向に曲がってしまった。

「…高梨君、人を殴るのもいいが時と場所を考えてくれないか」

「今、目の前に、あんたが、いた」

「……くっ」

「なはははは。死体を弄ぶなどと神をも怖れぬ所業をしでかすから天に代わって罰と免罪を与えたもうたのだ!」

こうして長くも短くもある蒸し暑い夜は過ぎていった。明け方になり、ようやく全ての作業を終えたイザマ。と高梨。

「いいかい。これで最後だ。これから君に仕事を頼む。おそらく今日も原田さんは駅前に居る。君は原田さんの顔を知らないが、東口駅前に太ったおばさんがずっと立っていればそれが原田さんだ。ひょっとしたら駅の向かいにあるハンバーガー屋の2階にいるかもしれんが、きっと駅前に居る。見つけたら連絡してくれ。居なかったらその時はまたその時として、君は彼女をマークするんだ。彼女が家に帰るまで。まず君がそのハンバーガー屋に入った方がいいな。あそこは24時間営業だったはず。そして彼女が家に入る少し前におれに電話をするんだ。あとは追って指示する。おれ?おれはちょっと用がある。なに、大した用事ではないがね」

街は静かに目覚め始めていた。

原田発見。高梨からのメールを受信したイザマは用を果たすべく、誰もいなくなった原田宅へ出掛けた。原付を走らせ、住宅街の入口で徒歩に切り替える。朝のつぶらな光線が庭々の緑と統一感の無い家屋共を照らす。これからやることに、イザマは、それでも、陰鬱な気持ちになりながら、えっちらおっちら歩を進めた。敏子の家まであと少しというところで、9月のむわっとした風が吹きわたりイザマに吐き気を促した。それは熱帯夜から引きずる暑さと湿度と、そして悪臭を運ぶ風だった。いつからこの匂いが漂い始めたのだろうか。もう、街は動き出す。

「高梨君、作戦変更だ」

「変更もなにも、私知らないけど」

朝食をかじる高梨は急遽、帰宅を命ぜられた。

「なんで?おい、ちょっと!おい!…なんで………………うん?」

むげもなく通話を切られた高梨の眼下で、敏子は携帯電話を手にした。そして、駆け足でタクシーを捕まえた。